第59話:メンタルよわよわ王子様
円城寺秋良は姉である佐久間夏姫に勝ったことがない。
小さな頃から自分の前を歩いてくれて、自分を引っ張り続けてくれた。明るく社交的な姉と引っ込み思案な妹、両親も姉のことばかり褒めていた。
学校でもみんなの人気者。成績は二人とも全然だったけど、それでも卓球で培った運動能力は学校での人気を確かなものとしていた。
同じ日に生まれたのに、自分とは随分大きな差である。
卓球でもそう。
上手で、前向きで、明るくて、アグレッシブ。王道を行く万能ドライブマン。格好いいと思った。同時にああなれないとも思った。
だから、ちょっとした反骨心でカットマンを選んだ。
ただ、それだけの理由。
薄っぺらくて、嫌になる。
姉と一緒じゃなければ何も出来なくて、シングルスでも散々な成績。自分よりもずっと下手くそに見えるのに、何故か勝てない。勝ち方がわからない。
ダブルスも姉が勝ってくれたようなもの。自分はただ繋いでいただけ。其処に誇りを感じていたのだけれど――
『私、青森田中へ行くから』
姉は名門青森田中へ誘われ、妹は宙に浮いた。
置いて行かれた。いつかそうなる気はしていたけれど、いざ直面するとなかなか苦しい。双子の姉妹とはいつまで一緒にいるべきなのだろうか。
母はその選択に激怒していた。父はその選択を肯定して、そのまま離婚。父と姉、母と妹に別れて、今に至る。
姉がいなければ意味がない。どうせ勝てない。何をやってもダメだった。今なんて姉の真似をして、高校デビューで格好つけている。
冷静に考えたら、ダサいことこの上ない。
そんな自分が嫌いだった。
変わりたい。変わるんだと思っていた。
それなのに――
〇
「11-5、佐久間夏姫が先取」
手も足も出ない。情けなくて顔を上げることも出来ない。
みんなに申し訳がない。
「すまない、みん――」
「このアホー! なぁに、負けとんじゃい!」
「アホはテメエだアホチワワ」
もがもが、と暴れ回る小春を花音は押さえつけて、
「でもピリッとしてねえのは小春の言う通りだぞ。この夏合宿じゃうちで一番勝ってたじゃねえか。すずさんは別としても」
秋良にどうしたんだよ、と言う視線を送る。
「……すまない」
真っ白な頭で給水しながら、秋良は俯くしかない。出来る気がしていた。小春や、花音の戦いぶりを見て、自分も、と。
でも、出来なかった。
「秋良、あんたって意外と小心者よね」
「せ、先輩」
突如、神崎沙紀が秋良の肩を揉み始める。ついでに光も其処に参戦、妙に手慣れた手つきでマッサージを行っていた。
老人孝行の二人ゆえ、これがまた上手い。
「リラックスだよ、秋良ちゃん」
「……そ、そうは言いましても」
「光の言う通り。それに練習試合なんだし負けても良いんだけどね」
「よくない!」
「チワワ!」
再び始まる小春対花音の醜い攻防を他所に、
「自分を駄目だって思う気持ち、私もわかるよ」
佐村光は秋良を真っ直ぐ、見つめて言葉を紡ぐ。
「私も、沙紀ちゃんも、去年は本当にダメダメでね。部も私一人、廃部の危機。それが私たちの、明菱卓球部。青森田中に比べたら、それはもう見劣りするよ」
「……そんなことは」
「でもね、湊君が来て、ダメダメだった私に光が差したの。人が増えて、沙紀ちゃんも戻ってきてくれて、大会だって少しだけ勝てた」
「……」
「私も頑張ったよ。今はこの中で一番弱いけど、大会じゃ一番勝ち進んだんだから。そんな私の、とっておきの魔法のかけ方を教えてあげる」
「……魔法?」
「簡単だよ。私は、あの不知火湊の弟子だぞ! って、無い胸を張るの」
「……あっ」
「自分に魔法をかけるの。そうしたら……勇気が湧いてくるから」
「……」
「それに湊君の教え子なら楽しまなくっちゃ。勝ち負けより、力を出し切れなくて終わっちゃうことの方が、湊君はがっかりすると思うなぁ」
佐村光は円城寺秋良に、自分が心の中でしていた魔法をかける。
「ちなみに私、黒峰先生の命によりみんなの試合、撮影しています。湊君も当然、見るよ。だから……まずは楽しもう。ねっ」
「……はい」
自分の背中には彼がいる。そして、その背中を彼が見る。
「さあ、深呼吸だぁ!」
「すー、はー」
「うん、いい感じ。Go for Broke! 当たって砕けろー!」
「あはは、砕けないよう、頑張ります」
円城寺秋良は心の中で魔法をかける。彼女たちの中ではまだまだ指導してもらった期間は短い。でも、何度も言葉をかけてもらった。
何度も打った。打ち合った。
その経験は、姉には無いものである。
「さすが元部長、私はほんと、まだまだだなぁ」
「そんなことないよぅ」
最初のセットに向かう背中には気負いが満ち満ちていた。勝とうとする思いが強過ぎて、何処か体が硬くなっていた感じもあった。
だが、今は少しだけ柔らかくなった。
姉への強い意識、その中のいくばくかが――自らの心の中へと向けられる。
心の中の、憧れの人へ。
「お姉ちゃん。知ってる?」
「……何?」
「湊君、私たちには凄く、言葉が汚いんだよ」
「……?」
自分に魔法をかける。
「私たち、だけ!」
円城寺秋良には技術があった。カットはもちろん、ドライブだって練習では上手く、綺麗な弧線を描いていたし、その他の小技だって前中後問わず、丁寧で、きちんとした技術を修めている。姉と組んでいた時は出す必要がなかった。
だけど今は、一人だから。
「……おいおい」
「卓球は、メンタルなスポーツだな」
鈴木、青柳は目の前の光景に驚愕する。
「姫路ほどじゃないが……こういうタイプかい」
「メンタルで勝てない者は、逆にそれが裏返った時……強者と化す。勝つために必要なものは、すでに備えているからだ」
卓球はメンタルなスポーツ。どれだけ上手い者でも、ドツボに嵌まった時は勝てなくなる。それが卓球と言うスポーツである。
だからこそ、地金である技術は宝物なのだ。
「くっ」
綺麗な弧を描き、その下回転はコートの手前に落ちる。きちんと、コート内でもう一度跳ねる球。台上で上手く処理する必要がある。チキータのように強く返すか、ツッツいてセーフティに返すか、夏姫は迷わず強く打ち返す。
それを、
「悪いね、夏姫。あとで見返されるらしいんだ。だから、格好悪いところは見せたくない。好きな人には……よく見られたいだろう?」
完全に読み切りバックハンドで綺麗に、届かない場所へカウンターを決める。威力、コースともに文句なし。ボールタッチも丁寧で、何よりも所作が美しい。
「……秋良ァ」
「格好、付けさせてもらう」
自分に魔法をかけ、円城寺秋良を演じる。不知火湊に鍛えられた、明菱高校の王子様、それが自分であると自らに刻み込む。
勝ち負けではない。
格好良く見せる、そういう卓球をしよう、そう思った。
あの黒崎豹馬との試合で、憧れの人がそうしてくれたように。
〇
「へっくし」
湊は冷房をガンガンに効かせた保健室でくしゃみをした。これはまさか夏風邪か、自分は馬鹿なのか、と自問自答をする。
その間、
「ぅぅぅ」
頭を撫でる手が止まり、姫路美姫が唸り声をあげる。
慌てて頭を撫でるも、
「……ぅぅ」
何故か眉間にしわが寄ったまま。まさかあちらの様子をエスパーしているわけでもないのだろうが、乙女のセンサーは何かを察知しているらしい。
「……お腹が空いたのかな?」
ただし、湊がそれを察することはないので、ここのやり取りに意味はない。
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