第33話:夏の覇者来る
さすがに高校生、成長期を経てフィジカルも本格化してきたのか、一般の部門とほとんど遜色がない。実際に徹宵たちはもう其処で戦っている。
僕が弾き返された壁の先で。
「みんな、強いですね」
「一応、全国区同士の練習試合ですからね」
卓球が上手い。これは当たり前の前提条件として、その上に強靭なフィジカルが乗っかっている。これが今の卓球界の水準なのだろう。
色々違うけど、特に足回りが全然違う。
筋肉の鎧だ。それが加速を、瞬発力を、がっしりとしたフォームを支えている。
「あの二人はどう思いますか?」
「……そりゃまあ、強いですよ。今の僕よりもずっと」
徹宵、あと黒崎何とか君、前での捌きなら負ける気はしないけど、中陣より後ろだと際立つ圧倒的なフィジカルの差。僕にあの球は追いつけない。僕にあの球は届かない。僕はあの姿勢から強い球を返せない。
そんなやり取りが当たり前のように繰り広げられる。かつての僕が、父さんが切り捨てたものが彼らを支えている。
強い、それ以外の言葉がない。
「上手さは?」
「……それ、今要ります?」
「技術も重要でしょう? 卓球と言う競技は」
「……技術は徹宵の方がありますね。と言うか、黒崎君は全部が粗い。正直、基礎的な技術に関してはこの場でも下の方な気がします」
「ほほう。では、君と比べたら? もちろん、技術で」
この乾って人、嫌な目で僕を見るなぁ。
「……技術なら、俺ですよ」
「黒崎君以外だと?」
「それでも俺でしょ」
あ、嘘でも僕の方が下手くそです、と言っておけばよかったのに、言わんでいいことを言ってしまった。この人、よくわかってるなぁ。
今の僕は決して、決して、フィジカルを軽視したりはしない。それがこれからの卓球に必要な要素だと言うことも理解している。
ただ、一方で父から、そして周りから刷り込まれた考えも……僕の中にはある。
卓球は技術、俊敏性、反射速度、身体は極力軽量化し、翅の如く台を舞え。
体を鍛えるなど邪道である、と。
そう、かつての僕は嫌いだったのだ。今、目の前で繰り広げられている力強い卓球が。特に黒崎君のような、技術が足りていないのに強い卓球が。
いや、今だってそうだ。
徹宵なら許せるけど、黒崎君の完成度は僕の美学が許さない。
それが刷り込まれたバイアスだと言うのはわかっているのだけれど。
「黒崎君、中学から卓球を始めたんですよ」
「……それは凄いですね」
「ふふ、顔には道理で、と書いてありますがね」
「……」
「先ほどの話を被りますが、青森田中は中高一貫でして、其処の中学に未経験の黒崎君を入学させたのが、あそこにいる青森田中の総監督、田中富士恵先生です。不知火君はご存じですか?」
「……卓球界で知らない人、いないでしょ」
「それはそうですね」
かなり前の世代だが世界選手権で六個の金メダルを獲得するなど、日本女子卓球界の黎明期を支えた名選手であり、現在は名門青森田中の総監督として男女の垣根を超え、幾人もの名選手を手掛けた名選手と名将を兼ね備えた大人物。
さすがの僕も知っている。と言うか、会ったことがある。
特待の話、青森田中からもあったから。やめていたのに。
「でも、よく未経験の子を口説けましたね」
「そこはまあ、他校のことですので詳細は知りません。ただ田中監督が自ら赴き、口説いたと言うのは噂になりましたね」
僕から見ても卓球を選ぶ意味がわからないスペックだと思う。身長はたぶん百八十後半、手足も長いし、あと顔もクソ小さい。ムカつくけどイケメンだ。卓球はフィジカル軽視が蔓延っていたけれど、身長に関しては昔から高い方がいい、とされてきた。長い手足は物理的に届く距離を伸ばすからね。
しかも俊敏で、後ろに下がっても平気で打ち抜けるパワーもある。機動力と打力をこのレベルで兼ね備えたフィジカルは卓球じゃなかなかお目に罹れない。
選ばないんだ、こういう人たちは卓球を。紅子谷もそうだけど、男子はもっと顕著だ。野球、サッカー、バスケ、テニス、バレー、人気スポーツから順番にその競技に応じたフィジカルエリートがその道を選び取っていく。日本なら野球じゃないかな。下種な話だけど競技で稼げる額も重要だ。
野球、サッカー、テニスとかバスケ、バレーはまあ、国内じゃそんなに稼げないと思うけど、やはり野球とサッカーは別格だ。特に国内なら野球、本当に桁違いに稼げる。だから皆目指す。それがすべてではないだろうけど――
わざわざそこで上を目指せる人が、わざわざ卓球を選ぶかと言われたら、答えはノーだろう。中国の強さは其処にある。日本なら野球を選ぶ子が卓球を選ぶんだから、そりゃあ基礎スペックからして違う。
それが国技たる所以。と、考えが逸れ過ぎたか。
「卓球は徹宵の方が上。だけど――」
気迫、技術、鍛え抜かれた鉄人の肉体をもってしても――
「ヨォ!」
黒崎何とか君の天賦を前に押され気味。あいつも結構不器用だから、ああもう、何でそれを素直にクロス狙うかな。それは追いつかれるってわかっているだろ。完全に山張られているし。俺ならあそこは浅めのカットで台上、はバチクソ上手く切れた場合だけど、とにかく浅いので極力前に誘い出す。
相手も俺と前で勝負したくないだろうから、当然後ろへ下がるために無理なプレーが出てくるはず。其処で勝つんだよ、徹宵。
俺なら、其処は、俺なら――
「……」
以前の自分なら考えるまでもなく、前にこだわり前へ張り付けさせていた。でも、今の自分ならもう少し選択肢はある。一線級に通用する技術ばかりじゃないけれど、餌としてなら通用するはず。たぶん、きっと。
試してみないと、わからないけれど。
だから、少し思った。
俺の卓球、今の卓球で戦えるのか否か、を試してみたい、と。
○
「なんや今日、湊君来るんやなかったん?」
「そのはず、ですけど」
「遅いわぁ。待ちくたびれたで、ホンマ」
不知火湊が来る、この情報を星宮が持って来てから、龍星館女子卓球部はその話でもちきりであった。何せ同世代の元神童である。ルックスこそ大したことはないが、其処はもう自分たちのいる世界での実力者である。
人気は絶大、普通に龍星館のメンバー内にもファンが潜んでいる。求道者、侍然とした雰囲気が刺さったコア層は未だに現存しているとか何とか。
まあ、そうでなくとも、
「久しぶりに勝負したかったにゃあ」
「山口君の時みたいな卓球だと面白そうですね」
「それにゃあ」
星宮、有栖川、それに犬猫のように湊の知り合いもいるのだ。結構な歓迎ムードである。加えて県予選での山口徹宵との戦いを見た者も多く(のちに映像を観たもの含め)、実力のある男子選手とやれる機会を欲している者も多い。
「アノ、ココガ、んと、ピッタリ、コナイ、デス」
「そうだね。粘着と違ってもっとこう、押し込む感じかな。動きとしてはこう。ぐっと、球をラバーに食い込ませて、弾く」
「ヤテ、ミマス」
中にはよくわからないから普段通り、練習をしている者もいた。まあ、彼女は彼女で少し前から随分雰囲気が変わり、自分のやり方に固執せずコーチ陣に相談するようになった、と皆驚いていたのだが。
しかも、
「聖、練習オワタラ、勉強!」
「はいなぁ」
あまり打ち解けず孤立していたがこのようにチームのメンバーとも少しずつ会話が増えてきた。特に、
「何の勉強?」
「そらもう日中のお勉強やがな」
「……?」
「ナユタンは理解が遅いわぁ。ボクが日本語教えて、シンシンがチャイ語教えて、てな具合やね。やっぱチャイ語、便利やからね。卓球界じゃ特に」
「……趙さんはなんで?」
「なんや友達出来たらしいで。日本の。やり取りしたいんやと」
「それは良いこと」
「ほんまにな。三年の先輩方には悪いけど、負けて良かったかもしれんね。これでシンシンが実力発揮してくれたら来年は安泰やろ」
「……また私が負けるかもしれませんよ」
「それは困るわぁ。せやから、今日はリベンジしてもらうで」
「一応、そのつもりです」
誰もが勝利を疑わなかった龍星館の敗北。その汚名をそそぐ好機はすぐさま目の前に現れてくれる。これを逃す手はない。
練習試合でも、いや、練習試合だからこそ勝ちに行く。
この世代は自分たちの方が強いのだ、と格付けするために。
「……ぞろぞろと仰山足音しとりますなぁ」
「来た」
夏の敗北は、夏の間に雪ぐ。
「青森田中女子卓球部、失礼します!」
「失礼します!」
そして格付けを望むのはあちらも同じ。
「ほな、ボクらも夏の王者に挨拶しとこかァ!」
「よろしくお願いします!」
双方、臨戦態勢。ギラギラと闘志を漲らせた者ばかりである。
名門同士、強豪同士の間に火花が散る。
そんな中、
「なゆちゃん!」
「ひめちゃん」
ゆるい、ゆる過ぎる雰囲気の二人ががしっと抱き合う。
「……前より、増量」
「言わないでぇ」
ぷにぷにと腹周りを揉みしだく那由多。それをくすぐったそうにして身をよじる相手は、青森田中一年エース、
「姫路! もう少しこう、なんだァ!」
「語彙力ぅ」
「ご、ごめんなさい主将。でも、お友達だから」
姫路美姫。ちょっぴりファットな女子高生である。
「でも残念」
「どうして、なゆちゃん」
「調整失敗したひめちゃんだと、勝敗が決まっているから」
那由多の実質的な勝利宣言に、
「……大丈夫。わたし、動けるぽっちゃりさんだから。だから――」
姫路美姫は笑顔のまま、
「今日も勝つね」
お返し。星宮那由多に宣戦布告をする。
「ほんでも短期間で太り過ぎやろ。こらもうぽっちゃりさんやなくて、おデブちゃんに片足ツッコんどるで。うりうり」
「や、やめてくださいぃ」
「聖ィ! うちのもんにその、駄肉をつつくなッ!」
「語彙力あるのかないのかはっきりしてください、主将」
夏のインターハイ覇者、青森田中女子卓球部襲来。
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