第27話:灼熱の合同練習
青陵二年生エース、橘真理。技術と運動量を兼ね備えたドライブマン、ドライブウーマンであり、古豪青陵の看板を背負う女傑である。
「ラァ!」
女子選手とは思えぬ激烈なドライブを放つ。
それを――
「士ィ!」
明進一年エース、鶴来美里のバックハンドが切り裂いた。
「サァ!」
「……ちぃ」
まさに熱戦、互いに北信越大会で龍星館相手に煮え湯を飲まされ、鶴来は有栖川に、橘は星宮に敗れ去っている。
ちなみに団体戦も両校とも出たが、明進はコロッと富山の代表に初戦で敗れ去った。その辺りの総合力はまだまだ、である。むしろ青陵の方が勝ち上がったほど。
ただ、結局北信越の覇者も龍星館、であった。
「熱い戦いだな、おい」
「次、小春もやりたいなぁ」
「お前のそのハートの強さは才能だわ」
「……?」
明菱一年、紅子谷花音と香月小春は自分たちの試合が終わり、両校のエースが白熱する試合を観戦していた。
「激しいのに美しい卓球ですね、部長」
「少し上手くなったからわかる、基礎技術の差よねえ」
「私は技術じゃ負けていませんがね」
「試合で負けてたら一緒でしょうが。この馬鹿ちん」
「えへへ」
同じく一年の円城寺秋良、二年部長の神崎沙紀もまたその熱戦に見入っていた。素人同然だった頃とは違い、今は沙紀自身もかなり上手くなったし、それ以上に龍星館主将に言われた通り、様々な選手の試合を分析してきた。
その結果培われた審美眼が言う。
あの二人は、そう言うレベルなのだと。
「円城寺、お前後でカットからの両ハンド死ぬまでやるから覚悟しとけ」
「……こ、怖いね、湊君」
期待の有望株、だった円城寺秋良であったが、技術はぴか一なのにいまいち勝ち切れず、その株価は日に日に下降線を辿っている。
勝率だけならば相手次第だが小春の方が上であろう。
「今時のカットマンは隙あらば打つ。粒高(表ソフトの粒粒が高いラバー。回転を逆で返せる)を捨てる人も多い。下手なドライブマンよりガツガツ攻めるのが今のカットマンだ。その辺、何度も注意したよなぁ、円城寺ィ」
「ご、ごめんなさい」
「ごめんで済んだら多球練習は要らねえんだよ。吐くまでやるか?」
鬼湊、出来ないことをやれとは言わないが、出来ることをやらない、やれないことに関しては鬼の如くねちねちと詰めてくる。
普段の王子然とした雰囲気が委縮するほどの鬼のゴン詰めを見せる。
が、
「不知火生徒」
「何です……か」
さらに上の大鬼が目を光らせていることで、
「公共の場です。言葉には気を付けなさい」
「あ、そう、でした。すいません」
小鬼、不知火湊は少しトーンダウンする。
「……倒れるまで、な」
「まあ、それならいいでしょう」
「いいんかい!」
沙紀のツッコミが冴えわたる。結局、抑え込む方もそれなりにぶっ飛んでいるため、普通の部活にはならない、と言うのが明菱卓球部の現状である。
その鬼練習の成果は――
「……明菱卓球部、また強くなっていました」
「まだ県予選からそれほど経っていないと言うのに、ですか」
「……はい」
明進の監督、それと青陵のコーチが離れた場所で今日の明菱、その活躍は結果以上に彼ら指導者からすると驚きに溢れていた。
「エースは香月、ですね」
「あの勝負強さは師匠譲りか。真似られるものではないのだけど」
「才能としか」
まず、香月小春。たった四か月にも満たぬ卓球経験とは思えぬほどの上達速度。青陵の橘や明進の鶴来らのようなフィジカルのある相手には少し弱い部分もあるが、それを差し引いたとしても異常な勝負強さがある。
練習前の挨拶として青陵、明進、明菱でレギュラークラスをガンガン1セット勝負で回しているのだが、鶴来、橘は別格としても小春も普通にちょくちょく勝つ。もはやこの環境が当たり前、と言わんばかりの立ち振る舞い。
それでいて本人は、
「むぅ」
鶴来だろうが橘だろうが、負けたら悔しいと思えるのだから大物であろう。
来年と言わず、おそらく秋にはさらに飛躍してそうな逸材である。
「紅子谷はどうです?」
「一番鍛えたい素材でしょ。よくぞ卓球を選んでくれた、って感じですか」
「あはは、わかります。青森田中の豹馬くん、みたいな」
「中学からなら今頃、その辺の学校にいたかもしれませんね」
そして指導者として一番魅力的に映るのは紅子谷花音、である。裏裏剛力から放たれる豪快極まるパワードライブは男子と同等。女子のカテゴリーから逸脱したパワーである。比較的フィジカルの強みが薄い競技ではあるが、王者中国の鬼フィジカル、欧州の白人や昨今ではアフリカ系の黒人も徐々に台頭してきており、ルール改正の追い風も受けて選手の大型化、フィジカルの重要性が増している。
その中に在って花音の桁外れな体躯は誰が見ても魅力的であろう。バレーやバスケに流れるはずの子が卓球へ来てくれた。
育てたくない、と言う指導者がいるならば見てみたい。
まあ、湊の父のような例外もいるが。
「そちらには竜宮がいるじゃないですか」
「紅子谷相手は楽しそうにしていますね」
同じく規格外の竜宮レオナとはバチバチの間柄。意識しているのはレオナの方で、花音の方はちょっとうっとおしい、と思っていそうだが。
「神崎もいい」
「ええ。頭のいい子です」
上記二人の原石からは若干評価は落ちるが、部長の神崎沙紀も強豪校目線で見てかなり良い、と言う評価となる。プレーの全てからインテリジェンスが感じられ、曖昧な部分がない。スポーツマンに多い感覚でこなしてしまう、と言うことがなく指導者としても指導しやすい、優等生な選手と言える。
馬鹿正直な優等生、と言う意味ではなく、
「あっ」
「しっ!」
本当の意味での優等生、である。
多少フロックな部分もあるが決勝まで駒を進めた明進、総合力ではその明進を上回る古豪の青陵、その二校に挟まれてまるで気負うことなく、馴染んでいること自体がすでにおかしな話なのだ。
それにもう一人、
「まさかあの佐久間姉妹の片割れが明菱だったとは」
「それなりの話は貰っていたと思いますがね」
円城寺秋良、旧姓佐久間。彼女の加入もまた両校の指導者からすれば盲点であった。いくらじゃない方、とは言え地元の学校やそれなりの強豪からは絶対に話が来ていたはずである。それを蹴って卓球をやめた。それなのに今、たまたま母方の地元で不知火湊と巡り合い、卓球を再開したのだ。
ただまあ、現状だけで言えばかなりお粗末なミス待ち戦術、カビの生えた古のカットマンスタイルが染みついた明菱の穴、と言えるだろう。今のカットマンはほぼオールラウンダーと同義。粘り、揺さぶり、隙を作ったらドン。かつてのカットマンが受動的であったのに対し、現代のカットマンは能動的な動きが求められる。
無論、未だに古のカットマンスタイルは完全に絶えたわけではない。実際に今夏、県予選で星宮那由多を苦しめた能登中央の子はまさにそのど真ん中、相手がミスをするまで絶対にミスをしない、と言う戦型であった。
だが、そのスタイルを貫くには無尽蔵のスタミナがいる。忍耐とスタミナ、古来カットマンはそれが求められてきた。
ブランクのある円城寺には悲しいかな、技術はあっても体力がない。粘り切れない。そもそもダブルスで姉に決めてもらっていたから粘り通した経験もない。
技術はある。その部分は鶴来や橘と遜色ない。
ただ、卓球に限らずあらゆる競技は上手いだけでは勝てない、勝てなくなってきている現状があった。
小春のような勝負勘、花音のようなフィジカル、沙紀のような頭脳、何か彼女なりの手札を増やさねば勝率は上がってこないだろう。
逆に言えばその点さえクリアしたなら壁の先には――
「ッシャア!」
「……やるねえ、鶴来」
「橘さんも相変わらずですね」
「昔ボコボコにされた古傷が痛むよ」
あそこ、かもしれない。
「さて、そろそろ始めますか。合同練習、を」
「ですね。歯を見せられないぐらい、シゴキ倒しましょうか」
「夏ですから」
「あはは、夏ですねえ」
指導者勢、動き出す。
体育館の空気がひりつく。強豪の夏、勝つための地金を支えるのは、実戦経験も大事だがやはり普段の練習なのだ。
ゆえに指導者たちは修羅となる。勝ちたいと願う者たちのために。
○
文武両道、学生には文と言うもう一つの本分がある。
高校三年の夏、大学受験に向けて飛躍するための天王山がこの時期。基礎などを積み上げるのはここが最後の時期であろう。夏が過ぎれば赤本などの過去問を詰め、受験本番に向けた仕上げの日々が待っている。
なればこそ、この時期が本当の意味で勝負なのだ。
その戦場に、
「……」
明菱卓球部元部長、佐村光がいた。塾の夏季講習、自宅で勉強できるから、と親に言ったのだが、受験生なんだから、と講習に押し込められた。本当は青陵との合同練習に顔を出して、球出しなど手伝いたかったのだが。
何よりも、出来れば能登への合宿に行きたい。憧れだった部活の合宿、そこになんとか参加するため、合同練習を諦めた。
親への説得材料として、模試でいい点を取らねばならない。そうして初めて佐村光の、生まれて初めての夏合宿が幕を開けるのだ。
ゆえに本気の本気、しばらく部活から遠ざかっていたのはそのためである。何故か親友の沙紀が湊を近づかせぬためにテスト期間中暗躍していたこともあり、前々皆と顔を合わせられていない。忘れられてしまうかもしれない。
その恐怖が彼女の筆を走らせる。
答案と真剣ににらめっこする光の顔、たぶん湊が見たら「こういう先輩もいい」とクソみたいな感想を漏らすほどに、いつもと違う表情であった。
そんなこんなで昼休み、知人のいない光は隅っこで食事をとる。周りは友達と来ている人や、元々塾の知り合いで輪が出来ており入り辛い。
早く合宿でみんなに会いたいなぁ、とおばあちゃんお手製の弁当を食す。
其処に、
「お隣、いいですか?」
「あ、はい」
誰かが隣に座る。それほど広くない建物なので、昼食を取る場所を探し彷徨い、同じくボッチの光の隣と言う答えに辿り着いたのだろう。
何も言うまい。光もまた結構なコミュ障である。
ちらりと隣の様子を窺う。眼鏡をした頭の良さそうな、地味だが何処か気品をまとう怜悧な目元。こんな人が一人なのか、と光は驚く。
ただ、その人は食事に手を付けず、ずっとスマホの画面を見ていた。
そして、
「……そう、ですか」
彼女は天を仰ぐ。まるで、とても大事な何かが壊れたみたいで、その悲痛な表情は光の気を引いた。コミュ障だけれど、
「あの、どうしましたか?」
勇気を振り絞り、声をかける。
「……貴女は、明菱の」
「……え?」
しかし、声をかけた相手は何故か光のことを知っていた。
「卓球部、でしょう?」
「あ、うん」
「私も卓球部でしたから」
「……ご、ごめんなさい。私――」
「いえ、勝手に私が知っていただけですから。知らないのも当然です」
「め、明菱の元卓球部部長、佐村光です」
「はい。私は龍星館の元部長、如月です。よろしくお願いします」
「りゅ!?」
周囲の視線が向けられるほど、光は大きな声で驚いた。眼鏡をしていると湊同様、随分雰囲気が変わるのでわからなかったが、よく見れば龍星館でレギュラーを務めていた部長の如月、であった。
「あ、あれ?」
だけど今は確か、
「今って、インターハイ中じゃ」
「ええ。私は実力的に劣っていたので、レギュラーを辞退して部活をやめたのです。部長と言うだけで選ばれるほど優しい環境でありませんが、多少下駄は履かせてもらえますからね。選ぶ側にも多少の情はあるでしょうし」
ほんのわずかな差。それならば部長を、となるのはある意味当然。しかし、如月はそれが許せなかったのだろう。わざわざインターハイを前に部をやめた。それが進路に大きな影響を及ぼすことなど理解しながら。
気高き選択である。
「ですが今、少し後悔しています」
「どうしたんですか?」
「……こうなるのなら、私が泥を被るべきでした」
「……あっ」
如月のスマホ、その画面に映るは――
○
「し、死ぬ」
「こ、小春、も」
「み、水、水ぅ」
「……」
死屍累々、明菱の面々だけではなく明進、青陵の強豪たちもまたひざを折り、腰を落とし、地面に這いつくばる。
何しろ、
「立て! 次はオールフォア行くぞ!」
「は、はい」
「元気よく!」
「はい!」
鬼が、
「はいはいはいはいはい、ガンガン行くぞ。ちゃきちゃき捌け。全面フリー、好きに打っていいぞ。ほれどうしたどうしたァ」
「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ」
この灼熱の体育館に、
「戻り速く。台上丁寧に!」
「はぁい!」
「……へ、返事はもっと、キリっとして欲しいかな」
「はい♡」
「……」
三人いた。ただし一人は今、青陵のエース、もとい恥部がべったりマンマーク。どれだけ横に振ろうと、縦に振ろうと、死に物狂いで追いついてくる。
瞳にハートマークを浮かべながら。
いつもの切れ味を欠く湊。
「……た、立たなきゃ。会長に、寝取られる」
「何よ、会長って」
「……」
「つか、寝取るも何も秋良のもんじゃねえだろ、あいつ」
「小春のだよ?」
「お前のでもねえよ」
へろへろの明菱一同、さすがに極限までシゴキ倒されると地金の脆さが浮かび上がってくる。長年競技で培ってきた気力体力の差はなかなか埋まらない。
そんな中、
「た、大変です!」
「何だ、練習中だぞ!」
本日別メニューをこなす青陵の二軍、其処の生徒が体育館へ飛び込んでくる。一軍コーチの叱責も何のその、
「龍星館が負けました! 青森田中に!」
「っ!?」
全国最強が敗れた。その衝撃が全てを塗り潰した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます