第26話:夏が来た!

「お、王子、なんで、なんで卓球部なんかに入っちゃったの!?」

「すまないね。部員が足りずに廃部寸前、と言われてしまったらね。私が所属することで少しでも役立てるなら、と入部した次第さ」

(……廃部寸前とは言ってないんだが?)

 高校生にとって苦行の定期イベント、期末テストを終え夏休み目前と言ったところで事件は起こった。とうとう、円城寺秋良の取り巻きに漏れたのだ。

 彼女が『悪名』高き卓球部へ入部したことが。

 休み時間、彼女自身の取り巻きに詰め寄られる秋良、それを尻目に盗み聞きする湊の構図。小春と花音は机の上で爆睡していた。

「あ、あの、不知火ってやつめちゃくちゃだって聞くし」

「確かに口はよくないね。でも、競技には真摯だよ。だから承諾したのさ」

「SMプレイが横行しているって話も」

「まさか。ここは学び舎だよ。ただの噂さ」

「ドスケベの巨乳好きだって風の噂が」

「……へえ。確かにそんな噂は、聞いたことがあるような気がするね」

(おい! 確かに巨乳は好きだ! でもドスケベじゃない! 心身ともに健全なただの男子高校生だぞ! 人聞きが悪い!)

 総体を見にきていたなら、草加により仕掛けられたあの醜態は見られたことになる。だが、なぜ学校で噂になっているのか。まさか秋良が噂をばらまくとは思えないし、小春と花音には噂を振りまく友達がいない。

 何故、そう思った湊は頭を抱えるしかない。

「……世の中釣り合いさ」

「……自分だけハーレムとかよ、許されねえよなぁ」

「ハレムは酒池肉林ではないし、酒池肉林に想像しているようなスケベな光景は含まれないぞ。そもそもハレムとはオスマン帝国の統治機構の一種で――」

 謎の三人衆がにやついていたことを湊は気づけなかった。よくよく考えたら誰かを引きずり下ろす悪意ある噂など、こいつらぐらい性格が終わっていないとありえないのだから真っ先に疑ってしかるべきであった。

 後々、文藝○秋に天才は巨乳好き、と垂れ込む裏切り者の存在が、この時の犯人を湊に理解させるのだが、それはまだずっと先の話。

「危ないって」

「そんなことないさ」

「王子が心配なの」

「あはは、ありがとう。でも大丈夫だから」

「ほら、あの眼鏡なんか気持ち悪いし」

「殺すぞ」

「え?」

「ん? 私、何か言ったかな?」

「ううん。たぶん、聞き間違いだと思う」

(殺すぞって言っただろ! あいつら全員耳おかしいんじゃないか? ってか、円城寺も円城寺だろ。いきなりどうしたあいつ)

 空耳力の高い取り巻きを抱え込んだ王子様、こと円城寺秋良。ツッコミどころしかないが、これで湊がしゃしゃり出た日には火傷する未来しかないため不動を貫く。

(と言うかあいつ、中学時代はふわふわロングでお嬢様っぽかったのに、何故か高校で姉に寄せて男っぽくしてんのは何でだろう?)

 今更中学時代とのギャップに言及する湊。言及と言いつつ口に出さないのはビビりだから。背はさすがに自分の方が高いけれど、あの王子様っぽいルックスを見るに喧嘩をしたら負ける気がする。練習中以外は下手に出るしかない。

 と言うかこの男、やはりデリカシーは欠片も備わってない模様。姉への憧れとか、未練とか、こう、色々な感情を察する気は微塵もない。

 高校デビューかな、ってな具合。

(まあいっか。どうでも。とりあえず僕も寝よ)

 不知火湊、逃げの入眠。


     ○


「期末テストの結果が出揃いましたね。我らが卓球部も上々の成績で安堵しております。特に不知火生徒、よく五十位以内に滑り込みました」

「えへへ、いやぁ、どうも」

 学年四十八位、スパルタ女帝黒峰の目標設定からはギリギリであるが大幅なジャンプアップを決めた湊。決め手は黒峰お手製のプリントである。

「次はさらに上を目指しましょう」

「……え?」

 しかし、ここで期待に応えてしまったがために、次から次へと上を目指すことになってしまうのだが、それはもう少しだけ先の話である。

「小春はどうだったんだよ?」

「ぶぅ、二番だった」

「……一応上げてんのか。くそ、結構頑張ったのによぉ」

 香月小春学年二位、紅子谷花音学年九位、こんなナリの連中だが頭は良いのだ。まあ、おそらく二人とも教室にいる間はあまり話さないし、話す相手もいないので彼女たちが成績優秀であることを知っている人は少ないだろうが。

「ってか一位の壁厚いな」

「一位以外は負けだわん!」

「そりゃそうでしょ」

 そして当然の如く学年一位をキープするのがこの御方、卓球部部長の神崎沙紀である。取り巻きはいるが友達はいないと言う噂の秀才ウーマンなのだ。

「一年の一位誰なんだろ?」

「意外と近くにいるかもしれないぜ」

「むむ、ま、まさか!?」

 ぎろりと小春は秋良を睨む。実は湊も、ついでに花音や沙紀も怪しいとは思っていた。眩いほどの王子様オーラ、この強烈な雰囲気と自信にあふれた立ち姿。見るからに成績が優秀そうな見た目である。

「……ふっ」

 確定、この笑みは確定、だと誰もが思った。

 小春の形相を見よ。狂犬チワワ、小さい犬ほどよく吼えるとは誰が言った言葉か。自身の一位を阻んだ、かもしれない相手に向けるのはもはや殺気である。

 シャバで浮かべていい表情ではなかった。

「正式にはテスト期間後の入部申請でしたので、今回は卓球部としてはカウントしていません。次からはもちろん、カウントさせていただきますが」

 だが、

「あはは、わかっていますよ」

「本当ですか?」

「……え、ええ。次は、はい、頑張りますぅ」

 黒峰とのやり取りで全員「ん?」となる。黒峰の圧のかけ方、既視感のある目つきである。これはかつて、湊へ向けられていたもの。

「あ、あんた、まさか……成績悪いんじゃないでしょうね?」

 沙紀の問いに、

「悪くはありませんよ。良くもないだけでね」

 笑顔で返す秋良。しかし、その返答の雲行きは極めて怪しい。

「何位? 小春より上?」

「……まあ、どちらかと言えば下かな」

「あたしよりは?」

「紅子谷さんよりもまあ、下ではあるよ」

「まさか僕よりも低いなんてことは――」

「……」

「「「「え?」」」」

 湊、沙紀、小春、花音、四名の声が揃う。

 まさか、これは――

「赤点は回避した。それ以上は聞かないでくれたまえ」

「「「「……」」」」

 まさかまさかの草加たち側。このルックスで赤点スレスレの地を這う成績なのは意外過ぎた。いくら何でもギャップが大き過ぎる。

 この外見は最低でもクラス上位は欲しいところ、だと思う。

「ご安心ください。次は部員としてしっかりと面倒を見させていただきます」

「ど、どうも」

「御覚悟を」

「……はい」

 黒峰塾の面倒になる部員が増えた。

 秋良曰く、小中と卓球ばかりやっていたら姉妹揃って勉強が全然手につかず、昔から成績は地の底を這っていた模様。

 むしろ受験勉強した分、姉よりも勉強は上だと豪語する。

 何の自慢にもならない。

「青陵との合同練習が控えております。こちら、明進も呼ばれているそうです」

「美里たち、か」

 鶴来美里率いる明進、そして古豪の青陵、どちらも格上である。青陵の女子はこの前タコ負けした学院よりもレベルは上。明進も近いクラスではある。

 明菱卓球部の挑戦は続く。

「ラッキーだな。死ぬほど格上とやれるぞ」

「……心折れちゃいそう」

 沙紀、いつもの弱気の虫発病。

「神崎先輩。天国の佐村先輩が馬鹿にしてますよ。へたれって」

「おい、光を勝手に殺すな小僧。あとヘタレってなんだおい」

「やだなぁ、言葉の綾じゃないですか」

「おおン?」

 湊の煽り芸で復活。この女も大概ちょろい。

「そして申し訳ありません。合宿前に龍星館とやっておきたかったのですが、残念ながら断られてしまいました」

「ふふん、さすがの湊様の神通力も龍星館には通じなかったみたいね」

「……そ、そりゃそうですよ。一応全国一位ですからね」

 沙紀、嬉しそうに煽る。湊、ちょっぴりむっとしていた。

「いえ。神通力は通じました。ただ、物理的に不可能だと言われまして……丁度あの、青森田中高校が龍星館へ遠征に来るそうです」

「……青森田中」

 秋良は表情を曇らせる。

「へえ、インターハイ後すぐにやるんですね。忙しいなぁ」

 そう、どちらも名の通った全国区。当然、インターハイで暴れ回る予定である。だと言うのに練習試合を組んでいる辺り、意識の高さが窺える。

「ですので不知火生徒」

「はい?」

「龍星館へ偵察に行ってくるように」

「……はい?」

「すでに話は通してあります。言ったでしょう? 神通力は通じた、と」

「いや、その、意味がわからないです」

「全国区の女子、そのレベルを肌で感じてきてください。あと、練習なども勉強になるかと。ついでに男子の方にも顔を出して良いそうですよ」

「めちゃくちゃ話進んでるじゃないですか」

「折り返しの数は少なければ少ないほどいい。無駄な手間です」

「ふぇぇ」

 龍星館、そして青森田中、ほぼ全国の一位二位みたいなもの。それを見に行けるのは大きいが、同時にそちらへ湊が行けばここが手すきになる。

「その期間はこっち休みですか?」

 花音、当然の問い。

「いえ。こちらは私が面倒を見ましょう。なので不知火生徒」

「何ですか?」

「私にも球出しなどが出来るよう、指導お願いします」

「……めちゃくちゃ言ってますやん」

 暴君、その腕力を如何なく発揮し、不知火湊を振り回す。この女帝が今まで部活に関与しなかった理由が皆、ようやくわかった。

 彼女自身も理解していたのだ。

「楽しくなってきましたね。いい夏にしましょう」

「……」

「返事は?」

「「「「「はい!」」」」」

 普通の者では己の熱量についてくることは出来ない、と。

 だが、この卓球部は幸運にも、不運にも、受け止められると女帝に判断されてしまった。それがもう、運の尽きと言うか、幸いであったと言うべきか。

 後世でもこの場全員が判断に迷う、と迷言を残す。


 夏が来た。


     ○


「夏姫ちゃん、待ってぇ」

「全く、何度調整を間違えれば気が済むんだい、我らがお姫様は」

「ごめんねぇ」

 暑い夏が来る。全国津々浦々に。

「……私は応援しているから、君はレギュラーとしての使命を果たしてくれよ」

「任せて。頑張る! 来年は一緒に出ようね、夏姫ちゃん」

「もちろん。おっと、噂をすれば、だ」

 ここ高校総体インターハイ女子の部会場もまた熱気に包まれていた。

「敵だよ、姫路」

「うん。知ってる」

 打倒龍星館。いや、打倒――

「……那由多ちゃん」

 星宮那由多。超名門青森田中『一年』エースが彼女を見据え、嗤う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る