第24話:新生明菱卓球部、始動

 期末テストが終わった。

「……あれ?」

 僕は呆然自失となっていた。だってそうだろう。中間の際は佐村先輩と一緒にテスト勉強をするはずだったのだ。勉強を教えてもらえるはずだった。

 なのに今、そんなイベントが発生した記憶はない。

 あるのは佐久間秋良、もとい円城寺秋良の勧誘に奔走し、彼女の情報を得る対価として支払った那由多との放課後卓球。あれはまあ、久しぶりに楽しかったし、途中で美里も顔を出して懐かしの三人で卓球三昧。

 一度だけ那由多に負けたけど、それ以外は全勝だったから気分もよかった。

 それとてまだ、多少日数は残っていたはず。

 問題なのはその後である。

 佐村先輩を訪ねて三千里。何故か神崎先輩が僕の行く末を阻み、佐村先輩と接触できなかったのはまだ良い。良くはないけど。

 放課後なら隙はある。会いに行きます、佐村先輩。

 だが、その後黒峰先生に捕捉され――

『今日、トレーニングの日ですので』

『え、でも、今はテスト期間ですし』

『ええ。ですので私の退勤までは教室で自習をしていてください』

『へ?』

『こちら、各教科の対策プリントになります。やり残しのないように』

『やり残した場合は?』

『各種目のレップ数が増えます』

 放課後一人寂しく居残りさせられることになった。泣きながら頑張ってプリントをこなしていた記憶がある。

 そして一番の問題である、

『さあ、今日も筋肉を虐めましょうか』

『ぴぎぃぃぃいい!』

 筋トレ。これが本当によくなかった。体中ガタガタにされたし、残りの日数で佐村先輩を見つけると言う崇高な目的もぶっ飛ばされた。

 しかも、

『残り三日、頑張ってください。五十位に入れねば……わかっていますね』

 脅し文句と愛ある手作りプリント。僕は歩行困難なほどの筋肉痛に悩まされながら、黒峰プリントを武器にテストへ臨むことになった。

 ぶっちゃけると成績などどうでもよかったし、そんなことよりも佐村先輩に勉強を教えてもらう、図書館での勉強デートがしたかっただけなのだ。

 何が悲しくて筋肉痛とそれ以上の痛みに怯えながら勉学に励まねばならないのか。僕は悔しい。僕は悲しい。

 何が悲しいって――

「どうだったよ、湊君は」

「赤点だろ、なあ、赤点に決まっているよな」

「まさか、叛逆したわけではあるまいな」

「……悪い。さすがに、余裕だったわ」

「「「ハァ!?」」

 要所を押さえた黒峰プリントと五十位を突破せねば殺されると言う恐怖が、僕に学力と言う力を与えてしまったことである。


     ○


「学生の本分である期末テストも無事終わりました。現在各教科採点中でしょうが、おそらく問題はないでしょう。ですね、不知火生徒」

「うす」

 テスト期間も終わり、部活が再始動する中、顧問である黒峰先生が部員の前で話し始める。以前は見られなかった光景であろう。

「今更になりますがめでたく新入部員が入ってくださいました。円城寺秋良さん、今後ともよろしくお願いいたします」

「こちらこそ。みんなもよろしく頼むよ」

「ぐるる」

「おう、よろしくな。このチワワは抑えとくから」

「部長の神崎です。改めてよろしくね」

 不知火湊の尽力、と呼ぶべきか微妙な立ち回りもあり、無事佐村光が抜けた穴を数としては埋めることが出来た明菱卓球部。

「ここからが新生卓球部の本格始動となります。では、神崎部長に質問です」

「は、はい」

 いきなり話を振られ、困惑気味の沙紀。

「強豪校とそうではない学校、この二つの違いをお答えください」

「え、と、そうですね。やはり人材の差は大きいと思います。抜きん出た才能を全国各地から集められる。これが一番の違いかと」

「その通りです。他には?」

「……練習内容、とかですかね」

「ふふ、少し意地悪でしたかね。ありがとうございます。ですが、練習内容自体はどの競技も、それなりにやっているところなら大して変わりません。今は特に、情報網の発達で指導者も容易く知識を得られる時代ですからね」

 なるほどぉ、と多球練習信者の湊は納得する。

「ただ、内容は同じでもやる人間が違えば意義も大きく変化します。調理方法は同じでも素材が良ければ料理自体のクオリティも跳ね上がる。これが強豪校の強み、其の一です。部長の言った人材こそが、強豪校の環境を形作ります」

 黒峰は一つ咳ばらいをし、

「まあ、その部分は公立校である我々には関係がないことです。それに幸運にも、私たちには一度は世代の頂点に立った神童と、全国区のダブルスペアだった新戦力、二人の人材がいます。充分、強豪校に見劣りせぬ布陣と言えるでしょう」

 珍しく湊を、そして新人である秋良を褒めちぎる。

 照れる湊。それを見て笑顔の秋良。それを見て牙を剥ける小春。それを止め呆れ果てる花音。それを横目に知らんぷりの沙紀。

 大変素晴らしい和、であった。

「ではもう一つ、其の二、こちらが本日皆さんに伝えねばならぬ本題です。強豪校にあって、我々にはない。最大の弱み――」

 ごくり、と沙紀は息を呑む。

「場数、です」

 これには全員がピンとくる。

「まず、試合勘と言うものは試合をしなければ培われません。これは絶対です。単純な試合経験、これ自体、今のあなた方には欠けている部分でしょう。強豪校はとにかく隙あらば対外試合を組みます。ガンガン経験を積ませます」

 そう、総体で痛感した試合経験の少なさ。確かにクラブに出入りするようになって、彼女たちは随分と腕を上げた。日々の練習、彼女たちの才能、あらゆる面がよく出た結果、それなりの結果を出すことが出来たのだ。

 逆に言えば、よく出来てあそこ止まりだった、のだが。

「その上、強豪校は強豪校としか試合を組みません。当たり前ですが、それが強豪校とそうでない学校の、最大の違いだと私は思います。前回の総体で多少、私たちは目立ちました。主に不知火生徒のおかげですが」

 自分たちの活躍は、と言う視線を送る三名。湊はいやぁ、と照れる。

「残念ながらあの瞬間、明進のおかげで少し目立ちましたが、おそらくほとんどの人の記憶には残らなかったでしょう。何せ、上の方は随分荒れたみたいですからね。少なくとも強豪には明進、能登中央、あの辺りの記憶しか残っていないはず」

 明進、鶴来美里を始めたとしたダークホースたち。

 確かにその辺りと比較すると何とも小粒、と言うのが実情である。少なくとも強豪校が試合を組みたい、と思える魅力は薄い。

「紅子谷生徒が青陵と渡りをつけてくださったので、そこで合同練習に参加させていただくことは出来ました。御手柄ですね」

「いやぁ」

 照れる花音。

「ですが、全然足りません。この夏が勝負です。秋にはジュニア選手権、新人戦と大会が控えています。時間はありません」

 夏が過ぎれば秋が来る。スポーツの秋、逆に湊辺りの認識では秋の選手権、こちらの方が全日本、国際招待に繋がる分、自然と比重は重くなる。

「すでにいくつかド平日にそれなりの学校と練習試合を結びました。ですが、電話はかけましたが強豪校との練習試合は組めていません」

 部活顧問最大のお仕事、それは練習試合をあらゆる手段を、コネを使ってマッチングすることにある。電話電話電話、とにかくかけねば始まらない。

 黒峰先生のこと、おそらくすでにほとんどの強豪校に電話自体はかけているのだろう。その上で跳ねのけられたのだ。

 時間は誰しも有限。等しく平等。だからこそ、強豪校であればあるほどに相手は厳選する。やりたい学校などいくらでもあるのだから。

「そこで不知火生徒」

「何ですか?」

「貴方に、彼女たちのコーチとして出来ることがあります」

「……嫌な予感がするのですが」

「実は先ほど、学院の先生と話しておりまして……ふと、ぽろりと、不知火生徒の話になりました。さすが元神童、卓球関係者への知名度は馬鹿になりません。いえ、私も無理にとは言いません。ですが、もし、もしもですよ、不知火生徒が良いと言うのであれば、練習相手として不知火生徒が出せるのであれば、合同練習と言う形で試合を組むこともやぶさかではない、と。そういう話がありました」

「……嫌です、と言ったら?」

「佐村元部長の残した卓球部の飛躍、その芽が断たれることになるやも、しれませんね。まあ、無理にとは言いませんよ。無理にとは」

「……やらせていただきます」

 佐村光、その名は不知火湊への強烈なカウンターとなって心を抉る。この部が勝ったら彼女はきっと喜ぶだろう。この部が負けたら彼女は悲しむだろう。

 選択肢は一つしかなかった。

「では、そういうことで。今週末は学院との合同練習です」

「……え? 僕、今了承したんですけど。なんで日程が、もう――」

「来週は青陵との合同練習。その後、合宿へ雪崩れ込みます。合宿地は能登、能登中央との合同練習も控えておりますので、各人心の準備をお願いします」

 合同練習ラッシュ。湊は嫌な予感がしていた。

「その全てに、絶対に不知火生徒は帯同するように。最悪、生きていれば大丈夫です。約束は果たされますから」

「……ひ、人身御供だ」

 強豪との練習試合、それを天才佐伯湊、もとい不知火湊を出汁にバシバシと組み上げたのだ。この女傑は。

 本人の了承を得る前に。

「実りある夏にしましょう。合宿のしおりは神崎部長から皆さんへ手渡すように。皆さんは現在、多球練習と言う素晴らしいトレーニングを積んでおりますが、合宿中は私も少し関与させていただきますので、そちらも覚悟をしておくように」

 秋良以外の全員がゾクっと背筋を震わせる。

 唯一小春だけが嬉しそうだった。

「では、いつもの練習を開始してください。不知火生徒、コンタクトの用意を」

「……はーい」

 以前までは卓球の鬼が一匹。ここからはもう一匹増える。

「……この空気はどういうことかな?」

「……秋良、覚悟しとけよ。あの人はガチだ。このあたしが人生で初めて、殺されるかと思ったバケモンだからな」

「……?」

「とりあえずあれね。女子高生らしい夏休みはなさそうね」

「わん!」

「行くぞオラァ!」

「っ!?」

 いつものメンバーに一人増え、新生明菱卓球部、始動。

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