第23話:円城寺秋良攻略さくせんそのに

 窮地に立つ不知火湊。ちらりと用具庫へ視線を向け、活路を求めるが物陰から三人が横に首を振る。もう詰んでいる、と。

「まあ、どちらにせよ卓球を再開する気はないんだ」

「……何でか、聞いてもいい?」

「……ずっと出来る姉と比較されてきた。じゃない方と陰口を叩かれていたことも知っている。それでも続けてきたのは大好きな姉と一緒にいられるから。その姉がいなくなったら、そりゃあやめるさ。続ける理由がない」

「出来る、姉?」

「調べてくれたんだろう? 私たちのこと。なら、一目瞭然だったと思うけど?」

 湊は「むむむ」と考え込む。

 物陰で三人はこれ以上口を開くな、諦めろと念じる。これ以上悪化して学校に訴えかけられたら、部活動自体が無くなってしまう恐れがあるから。

 あの男ならやりかねない。

 あれだけ的確に地雷原を踏み抜く才能があるのだから。

「……どちらかと言えば、まあ、姉ではあるんだけど」

「そういうおべんちゃらは良いよ。私はもう飲み込んでいるから――」

「んー、でもどっちも下手だったけどなぁ」

「……え?」

 三人は声にならない悲鳴を上げる。何処までこの馬鹿は暴走し続けるのか。止めたい、だけどここに隠れた以上それが出来ない。

「君は繋ぎが上手いけど打てるところで打たない。姉は打つのは上手いけど繋ぎに難がある。どっちもどっち、って印象かな」

「……言ってくれるね」

「姉の積極性はよく見えるけど、そのせいで攻め急ぎ失点しちゃうシーンもあったからね。逆に君が打っていれば得点できたシーンもあった」

「君は私を勧誘したいと思っていたのだけれど?」

 気づけば駄目な点を指摘するだけ。勧誘とは大きく横道に逸れている。

「もちろん。もし君が未練を持っているなら、出来れば一緒にやりたい。僕もほら、一度やめちゃった勢だから。親近感があるんだ」

「……君が、私と?」

 物陰の三人は「あれ、流れ変わった?」と首をかしげる。

「だけど、やりたくないなら無理強いもしたくない。僕もされたくなかったから。まあ、無理強いさせられたけどね、結果として」

「……」

「そもそも、君って本当に姉と一緒に卓球してて楽しかった?」

「……もちろんさ。いつも私を引っ張ってくれた、大好きな姉だったから」

「いやね、僕にはそう見えなかったんだよなぁ。だって君、姉が攻め急いでミスした時、苛立っていたでしょ? 後ろで」

「……っ」

「ガンガン攻めたい姉と丁寧にやりたい妹。僕には噛み合っているようには見えなかったかな。少なくともネット上に残っている映像の中では」

「し、試合中だから。そういうことも、あるさ」

「うん。だから僕ってダブルス苦手なんだよね。どうしたってさ、自分とは違う他人だし、他人と合わせるのって苦痛でしょ? 君は違う?」

「……私は、姉と、お姉ちゃんと――」

「僕にとっては父が呪いだった。君にとっては、もしかしたら姉がそうだったのかもしれない、って卓球を見て思った。だから、ワンチャンあるかなって」

 湊は苦笑する。

「迷惑だったらごめんね。僕ってさ、こう見えてデリカシーないみたいで」

「……ひとつだけ、聞かせてもらってもいいかい?」

「どうぞ」

「君の眼に、私の卓球はどう映った?」

 湊は考え込み、

「綺麗で丁寧な卓球、かな。コースや落点を常に意識して、返球が難しい球を返している。上手だな、と思った。だからこそ惜しいな、とも思った」

 丁寧に、思ったままの考えを述べる。

「打つべき時に打てたなら、君はきっと強くなる。何より好きに卓球やるのって楽しいよ。僕も今、前から離れて絶賛迷走中だけど……すげえ楽しいから」

 湊の笑顔を見て、秋良は視線を外し、目を伏せた。

「楽しい、か」

 競技に、勝ち負けに拘泥し始めると見えなくなるもの。

「其処に台を用意したんだけど、軽く打たない?」

「……随分攻めるね」

「やっぱり、未練があるように見えたから」

「……ラケットがないよ」

「きちんと用意してあるんだな、これが」

「……参ったな」

 一気呵成、疾風怒濤の攻め。

 物陰の三人は、

「……あ、あいつ、実はジゴロなんじゃねえか?」

「卓球を絡めた瞬間、『閃光』のように詰めたわね。こわぁ。光近寄らせんとこ」

「小春、やっぱりなんかあの子きらーい」

 三者三様、湊が見せた閃光の如き崩しを見て驚愕していた。

 そんな三人をよそに、

「どう、打感」

「……自分のとは違うね。でも、不思議と悪い気分じゃないよ」

「そりゃあよかった」

 早速打ち合いを始めていた。点を取り合うようなあくせくしたものではなく、会話のように続けるラリー。ラリーの練習はやらせない湊にしては実に珍しい。

「良いのかい?」

「何が?」

「今、テスト期間だよ? 部活動はご法度だろう?」

「んー、まあ、脅迫文送り付けた身だから。それぐらいは余罪かなって」

「あはは、確かに」

 カンカン、と鳴り響く球の音色。

「少しずつ、強く打つよ」

「……ああ」

 湊の中陣からのドライブに対し、秋良は自身の型、カットして返す。ブランクを感じさせないよく切れた球である。

 遠くからでも回転を感じられるような――

「ふっ!」

 無理やり擦り上げ、ループドライブで返すしかない、と湊は判断した。

「シッ!」

 其処からは秋良のカットと湊のドライブが行き交う。

 そんな光景に、

「ぐるる、あのクソアマ、コーチとヤってんじゃねえ!」

「ステイだ、小春」

「……助けて光。一年、おかしいのしかいない」

「あたしは普通っすよ!」

「ぐるる!」

 何故か小春がぶちぎれていた。

 カン、湊があえて甘い球を返す。天高く舞い上がったそれは、

「遠慮は要らない。君は今、一人だ!」

 円城寺秋良を誘う。

「アァッ!」

 姉の援護をする、じゃない方の妹。その呪いを打ち抜くスマッシュ。湊は手も足も出ずに、それの行く末を見守った。

「ヨォ!」

「ナイススマッシュ」

 不知火湊が彼女に向かい手を差し出した。

「……あっ」

 円城寺秋良は、その手を見てグッと息を呑む。

「どうかな?」

 その手は、その手だから――

「部員が足りなくて困っている?」

「うん」

「なら、仕方ない。私のキャラなら、その手を跳ね除けるわけにはいかないな」

 円城寺秋良は不知火湊の手を握る。

「ようこそ、卓球部へ」

「じゃない方でよければ……よろしく頼むよ」

「君は君だよ」

「……えへへ、おっと、失礼。あと、一つお願いが」

「なに?」

「一セットだけ、ガチでお願いします」

「……容赦出来ないよ」

「もちろん」

 湊はいそいそと鞄のところへ行き、コンタクトへ付け替える。この流れるような作業はお手の物。付け替え後、雰囲気が変わる。

「じゃ、やるか」

「はい!」

 其処からはいつもの蹂躙劇。だが、秋良も気合で食い下がる。その間、出るに出られなくなった三馬鹿は何とも言えぬ表情でその攻防を見守っていた。

 自分たちよりもずっと強い、『二人』の戦いを。

 その激闘の音を背に、

「こ、困りますよ、黒峰先生。他の生徒に示しが」

「生徒のためです」

「で、ですが規則は規そ――」

「あ?」

 黒峰の殺意の波動が他の先生を阻んでいたことを、部員たちは知らない。

 先生たちを気圧しながら、

(……卓球女子は彼をぶつけたら何とかなりそうですね)

 などと算盤を弾いていたこともまた、誰も知らない。


     ○


 ずっと前の記憶。私の大事な大事な宝物。

『お、お姉ちゃん。恥ずかしいから、その、サイン、貰って』

『仕方ないなぁ、秋良は。ふっ、お姉ちゃんに任せたまえ』

 憧れの佐伯湊選手。

『これにサイン、お願いします!』

『……はぁ』

 とてもクールで近寄り難かった。孤高でストイック、姉がいなかったら絶対に声をかけることも出来なかったと思う。

 インタビューは緊張して何と答えたか覚えていない。だけど、たぶんお姉ちゃんがいつも通り上手くやってくれた、はず。

『あの、最後に妹と握手を――』

『すいません。練習があるので失礼します』

 インタビュー終わり、お姉ちゃんが気を利かせて握手をお願いしたけど駄目だった。でも、そう言うところも凄く格好いいと思う。

 誰よりも練習熱心で、誰よりも強い。

 わたしの王子様。


     ○


「ただいまぁ」

「秋良ぁ、帰ったら手洗いうがいしなさいねー」

「ごめんなさい、ママ。今は無理!」

「……ママ?」

 玄関から凄まじい勢いで自室へ駆け込む娘を見て、母親は目を白黒させる。離婚してからずっと、姉の真似をして口調まで変えていたのに、昔の甘えん坊だったころの呼び方に戻っていたのだ。

 そんな彼女は今、

「無理無理無理無理無理! 仕方ないもん。だって、湊君にお願いされたら、断れるわけない。直接、私に、一緒にやりたいって……きゃあああ!」

 馬鹿ほど浮かれていた。

 ぶっちゃけると総体を見に行ったのは、卓球への未練ではなく佐伯湊、もとい不知火湊の復帰戦を見に行っただけ、であった。だから男子のみ。

 そりゃあ卓球は長くやっていた分、思い入れはあったけれど、姉に捨てられた思いが強くてどうしても触れる気にはなれなかった。

「しかも、私の卓球、見てくれてた。お姉ちゃんじゃなくて、私のを」

 だから湊の推理は頓珍漢の的外れ、であったのだ。まあ要するに、誘った相手が湊か湊でないか、それだけが重要であった。

 湊の時点でほぼ勝ち確。皆が知る由もないが。

「えへへ、明日から学校でどう接したらいいのかな? かな?」

 ちなみにクラスであまり近づかなかった理由は、もっとヤバい。ある種の共犯者、同じ秘密を共有する存在として近寄らぬことで何故か繋がっているような、そんな意味のわからない想いを抱いていたのだ。

 普通に結構ヤバい、頭の中メルヘンガールである。

「あー、夢みたい。湊君と同じ部活とか。ヤバ過ぎる!」

 秋良は額縁に飾ってある佐伯湊のサインを見てにやける。壁には卓球をやめた癖にいくつも、何枚も、佐伯湊の写真が飾られていた。

 あと、ベッドの上には彼の写真が載る卓球専門誌も。

 これがまあ、円城寺秋良の裏の顔、であった。

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