第13話:はじめの一歩
全国高等学校総合体育大会卓球競技大会の時が。高校生の頂点を決めるための戦い。個人が、団体が、高みを目指す灼熱の時間。
皆、この日のために努力してきた。
「うお、龍星館だ! 迫力あるなぁ」
「男女ともにレギュラーメンバーは全国区、最強だよ、マジで」
頂点を目指す者たち。
「さあ、下克上と行こう。全員、ぶっ倒す準備は出来たか!」
「はい!」
覇者を討ち果たさんと牙を磨いた挑戦者たち。
「おひさー、一回戦どこなの?」
「今年も運良く明菱。練習試合組んでる話も聞かないし、ここはノールックでしょ。問題は次の明進だって。噂じゃ鶴来美里が復帰したって」
「うわぁ、一敗確定じゃん。でも他で勝てばよくない?」
「まあねー」
少しでも先に駒を進めたいと願う者たち。
「ちょ、下、短くないっすか!?」
「小春もそう思う。えっちいです」
「あんたらも色んな動画漁ったでしょうに。卓球はこんなもんよ。こいつを着こなしてこそ、本物の美人ってわけ。嗚呼、いつも思うけど私って美女」
「沙紀ちゃん緊張してるねえ」
「し、してないし!」
未だ無名。誰も視線すら合わせていない者たち。
「じゃあ行きますか。大丈夫です、全員一度は小学生たちに勝ったんですから、胸を張っていきましょう! 自信を持ってください!」
「やめて。あの子たちが強いのは理解してるんだけど、言葉にすると途端に悲しくなってくるから。ってか本当にあの子たち、その辺の高校生より強いの?」
「まあ、正直適当です」
「ウォイ⁉」
「冗談ですよ。大丈夫です、勝負は水物ですけど、出来ることは全部やってきました。皆、強くなりましたよ。僕の太鼓判じゃ安心できないかも、ですけど」
不知火湊、彼の名もまたこの場では無名。
「……普段から言いなさいよ、そういうの。よっしゃ、ぶちかますわよ!」
「ハハ、上等だぜ!」
「小春がなんばーわん!」
「あはは、うん、頑張ろうね、皆!」
無名の学校が戦場に躍り出る。誰も見ていない、期待も歯牙にもかけていないチーム。されどこの大会の後、皆は記憶することになるだろう。
明菱高校の名を。
まずは女子、団体戦から、始まる。
○
「彗星対明菱かぁ。彗星ってエースそこそこだっけ?」
「あー二年のでしょ。まあ、そこそこ止まり感あるけど」
「順当に彗星でしょ。つーかさっきの試合見てた? 明進マジでヤバい。龍星館に届くかもしんない。エースの鶴来も凄いけど他も強かったし」
「うわぁ、じゃあこの試合は処刑される相手選びか。かわいそ」
始まる前から憐憫の眼を向けられる組み合わせ。
誰も勝敗に興味などない。
だが――
「あれ、星宮那由多じゃん。なんでこんな試合見てるんだろ?」
「鶴来美里も。何か注目する選手いたっけ?」
注目されている者、僅かであるがこの試合を吟味しよういう者たちがいた。
彼女たちの視線の先、とうとう動き出す。
「先鋒、神崎沙紀」
「先鋒って⁉ いや、先生、その、シングルス1って一番強い人が」
「先生、小春が行きたいです!」
「心臓に毛ェ生えてんのかよ。テメエは」
「私は貴女が不足しているとは思いません。卓球のことは知りませんが。何よりもこの一戦、最も大事なはじめの一歩こそ、貴女が踏むべきかと」
「…………」
「やり直してきなさい。これからも気持ちよく部活動に励むために」
「……はい!」
神崎沙紀は腹を括った。小春は「ぶー」とぶーたれるも花音の拳で黙らされる。
「頑張って、沙紀ちゃん!」
「この私を誰だと思ってんのよ? さくっと勝ってくるっての」
本当は緊張で心臓が飛び出そうだけど。それでも彼女はその一歩を踏み出した。昨年の悪夢が頭をよぎる。これを拭う機会は、確かに今を置いて他にない。
何よりも、卓球に関して妥協のない男が、口を挟まなかった。
それは足ると言う何よりもの証拠である。
「ファーストゲーム神崎選手、トゥ、サーブ。ラブオール」
相手はおそらく彗星高校のエース。きっと何年も卓球に時間をかけてきた。
沙紀が胸を張れるのは、たったの二か月だけ。
でも、この二か月は――
「しっ!」
彼女に自信を、
(あれ、結構いいサーブ。ふーん、練習してきたんだ。ま、でも大したこと――)
彗星のエースは余裕をもって返球する。が、其処にはすでに沙紀が構えており、
「え?」
そのままスピードドライブで逆を抜く。
「しゃぁッ!」
神崎沙紀の咆哮が響き渡る。全ては計算づく。
昨年の悪夢を振り払う。何も考えず、何となく自分なら出来ると、根拠のない自信に満たされた愚か者の幻影を、今かき消した。
(……上手くやられた。でも、そんなに何度も――)
そう、全ては計算づくなのだ。彼女には国士無双の駆け引き、その多くがインプットされていた。その全てが再現出来るわけではないが、分析を重ね元最強が何を考え、どういう意図で卓球をしていたか、彼女なりに理解した。
同じ威力のドライブでも、コースが、落点が異なれば、ミスボールにも必殺にもなり得る。相手の思惑に沿うか、外すか、それでもまた結果は変わる。
その積み重ねこそが、勝利へと繋がるのだとかつての世界一は言っていた。
超速の球技、紙一重の中にこそ明暗が生まれる。
得点を重ねる姿を見て、那由多と美里は目を細める。
「全部理詰め、韓信選手みたい」
「うん、頭いいね、あの人」
国士無双を突き詰めた。それが彼女の自信、その源泉。
(待って、そんな、だって明菱なんて、この人、去年、雑魚だったのに)
「ふっ!」
この二か月が、彼女に自信と確かな実力を与えていた。怠惰な一年と突き詰めた二か月、軍配など明らか。時間を超越した努力、それを示す。
「マッチ、トゥ、神崎選手!」
「しッ!」
最後まで尻尾を掴ませなかった。卓球は思考の競技でもある。走りながらチェスをする、などと言われるほどの競技。勝敗は決してその競技にかけてきた時間だけが問われるわけではない。人生全ての積み重ねが勝敗を分けるのだ。
神崎沙紀の生き方、積み重ねが活きた一戦である。
「凄いよ、沙紀ちゃん」
「ハッ、楽勝! 私の韓信様こそ国士無双だっての」
「意味不明っす。でも、かっこよかったっすよ、沙紀先輩」
「当然。続きなさいよ、ちゃちゃっと目標達成しましょ」
「次小春、次小春ゥ!」
「次鋒、香月小春」
「わんわん! やったぁ、コーチ、見ててね」
「ああ、見てるって」
待ち切れなかった香月小春が飛び出す。彗星はエースがまさかの敗戦で驚愕し、意気消沈していた。いきなり計算が狂った形である。
「さっさとやろーよ。小春待つのきらーい」
「ぐっ、大丈夫。次は一年だし、絶対勝ってくるから。せめて一回戦ぐらい」
「んー、さっきの人より弱いなら無理だよ」
「は?」
疾風怒濤。相手に何もさせない、選択肢すら与えない、速度。
あまりにも早過ぎる決着。
「……不細工な物真似」
「あの子、卓球始めて二か月なのよ……ね」
一点も与えぬ疾さ。それは彼女を教えている者と被る。
「おい、今の凄くなかった?」
「明菱にあんな選手いたのか? 香月小春って誰か知ってるか?」
「他県から越してきた子かな? まさか素人なわけないし」
少しずつ、明菱高校は視線を集め始める。
そしてダブルスは――
「え、弱くね?」
「明らかに練習不足だろ。足絡んでたぞ」
最初から捨てていた。そこまで練習する余裕なし。沙紀と光ペアであったが、遊び程度の経験しかなく湊もダブルス経験は嗜み程度と教えてすらいない。
「でも、あの小さい先輩、サーブ、上手かったわね」
ただし、見る者が見れば光るものはあった。
そしてシングルス4、
「ウォラァ!」
男子顔負けの破壊音が体育館に響く。
「何で、明菱なんかに、こんな子がいるのよ」
力押し。怒涛のパワードライブ。差し込まれ、打ち上げて、まともにプレーさせてもらえない。サーブもロングサーブばかり。レシーブもチキータで嫌でも圧してくる。距離を取らされ、押し込まれ、気づけば自分の距離より遥か後方。
厳しい返球などできるはずがない。男子級のドライブなど、練習すら――
「ハッハ、どうしたよ、こんなもんかァ!」
獅子搏兎、破格の挑戦者、紅子谷花音が吼える。
「美里が見てるからどんなチームかと思えば、結構強いな、こいつら」
「そうね。まだまだ、だけど」
美里のチームメイトであるヘッドフォン女子、彼女もまた花音ほどではないが長身でがっしりした体格であった。いい打ち合いが出来そうだ、と獰猛に笑う。
「あの鶴来美里にまだって言わせるかよ。大したもんだぜ」
紅子谷花音がマッチを勝利し、明菱高校は一回戦をあっさりと勝利した。
「ミスが多いぞ、紅子谷」
「ぐぬ、わかってるっての」
番狂わせではあろう。それほど皆が意識している組み合わせではないが、賭けにでも用いればほぼ彗星の方を選択したはず。明菱など経験者の範疇にすら入らない。
指導者不在の素人集団。それがこんなにもしっかりした卓球をするとは。
「悪いな光先輩、出番なしで」
「ダブルスで出たよぉ」
「……素ですんません」
一勝、一年の小春と花音にとっては当たり前のように上った階段。しかし、光と沙紀にとっては大事な一歩。ずっと望んでいた確かな実感。
「お見事でした」
「……ぐすん」
よちよち歩きから育てたと勝手に豪語する湊は、勝手においおい泣き出していた。この姿を見てあの佐伯湊だと思う者はたぶんいない。
それを横目に黒峰は苦笑していた。
○
他の団体戦を見ながら、彼女たちはしみじみ思う。
「一番思ったのはあれだな、マジであの子たち強かったんだなってことだわ」
「バンビで強い子の方が強かったねー」
「沙紀先輩がやったエースも、今の学校の強めのも、ホープスの子と比べたらやっぱ大分落ちるぜ。あそこのレベルが高いのか、あたしらが見てるのが弱いのか」
しみじみと眺める小春と花音。
「両方だよ。あの子たちの半分が龍星館、もしくは学院とか青菱に入るだろうし、もう半分は県外の強豪校とか入るから。上級者クラスの子だけね」
その間に座る湊。本来有名人のはずだが、明菱のユニホームと過去とのギャップが誰も気づけない、気づかせない理由となっていた。
「んじゃもう片方は?」
「強い子は強い学校に集まる。見てないだろ、龍星館」
「そんな違うのか、そこと他」
「私立ならまあ、一ゲームくらいは取れるかなってとこ。基本三タテ」
「見たい見たい!」
絡みつく小春を引き剥がし小脇に抱える花音。なるほど、以前運んでもらった時はこんな感じか、と湊は理解する。凄くダサいなぁとも思っていた。
気づけば沙紀と光も合流、全員での偵察である。
そして、彼女たちは知る。
「あの子、凄く綺麗だねぇ」
「生星宮、テレビで見るより可愛いじゃん」
流れ星の如く美しく伸びるドライブ。フットワークも、打つ姿も、打球すら美しく魅せる選手である。国内でも屈指の人気と実力、同学年では敵無し、星宮世代と言われて久しい。チーム内にあの人がいなければ間違いなくエースである。
「……嘘だろ」
「わふぅ」
先の一戦で身に着けた自信など粉々に砕け散る。意味がないのだと星宮那由多を見て知った。こんなにも違うものを比べても仕方がない。
「那由多は、まあ、別格だ。昨年のU15で世界一位、今はもう総合ランキングに籍を移しているからね。龍星館でも二人だけさ、世代を完全に超越してるのは」
本来、高校世代であればU18で競い合うのが妥当。飛び級してもU21、龍星館や強豪校の生徒の大半はそこで競い合っている。だが、突出した者は別。
オリンピックの候補になるような選手はそんなところで競わない。
「確かにな。次の人は、正直大分落ちるよな」
「ああ、如月さんだろ。あの人は龍星館の主将だ。三年生唯一のレギュラーメンバー。U18では上位だけど、たぶんレギュラーの中では一番弱い。基本に忠実で総合力が高いタイプだね。地味顔だけど闘志溢れるプレーヤーだよ。あと凄く良い人」
シングルス2で主将が出てくる。実力主義、年功序列のない世界。総部員百名以上、三年生も各地から集った天才たち。この人は強いのだ。この会場では間違いなくトップクラス。上との開きがあるだけで、現状遥か彼方の届かない相手である。
そう思えなくなるほど、星宮那由多の衝撃がすさまじかっただけで。
「当たり前みたいに圧勝。こいつらもあれだろ、一回戦勝ったチームだろ?」
「だから言ったろ? 差があるって。ダブルスはもっと、悲惨だよ」
「ダブルスって全然練習してなかったよね。私さっき全然動けなかったなぁ」
「んー、団体戦だと二パターンですね。単純に強い二人を組ませるか、ダブルス専門の二人を出すか。龍星館は後者、国内最強のペアだ」
「おお! 犬猫ペアだぞ!」
会場のボルテージが上がる。現れたのは凸凹コンビ。
「にゃー!」
会場、一気に加熱する。
「小さい方が猫屋敷さん、大きい方が犬神さん、あの二人はダブルス専だね。シングルスには出ないから。結構珍しいよ」
鉢巻を巻いたちびっこと眼鏡の麗人。全国的に人気が高い龍星館の看板ペア。
「勝っちゃうぞぉ」
「落ち着いていきましょう、猫」
「もちのろん。さあ、勝負だァ!」
前、中陣で苛烈に攻める猫屋敷と中、後陣で守りながら攻めの起点を造る犬神。攻守に噛み合い、隙のない本職の技。わかっていても止められない二人のコンビネーション。入れ替わりの滑らかさ、全てが高水準。全国最強ペア。
昨年、一年からダブルスのレギュラーとなり、全国大会で無敗、全国制覇の立役者と成った龍星館の稼ぎ頭である。国内では中学時代、全国で双子の強豪、佐久間姉妹に一度土をつけられただけ。それとて次の機会にはやり返している。
「にゃあ!」
猫屋敷独特の咆哮。ちなみに――
「ヨォ!」
犬神は普通の掛け声である。主に猫屋敷のせいで色者扱いされていたが、本人は至って普通の常識人であった。猫屋敷が好き過ぎて仕方がないという点を除けば。
犬猫ペア、当然のように圧倒。
「……あれが本物のダブルスかぁ。凄いねぇ」
光が感動するほど別次元のダブルスを見せつけられた。シングルスも強く、今見た範囲だけでも穴がない。しかもこの先にあの有栖川が控えているのだ。
まさに最強、昨年全国制覇を果たしたメンバーに星宮那由多が加わった。
「なるほどね、確かに別物だわ」
あまりにも遠い王者の背中。クラブの子たちがどこにいるのか、その理由が分かった。彼女たちの下にいるのだ。レギュラーに成れなかった強い子たちが。強豪校の競争に届かずにあそこで応援している子たち。その躯の上に彼女たちは立つ。
「今日は勝てないかもしれない。でもま、明日は分からない」
「あんたは私たちがあれに勝てるようになると思ってるの?」
「それは先輩たち次第ですよ。でも、今日出たあの子たち、僕よりは弱いですよ」
うわぁ、嫌な奴だぁ、と全員が思った。
「星宮ってのにも勝てんのか?」
「ん、しばらくやってないしな。ただ、カテゴリーが男女で分かれている理由ってちゃんとあるんだよ。小学校高学年から、那由多に負けたことは一度もないよ、俺」
眼鏡の奥で光る、湊の負けず嫌い。
「まあ、とにかく次だ次。次も、高い壁ではあるよ。龍星館ほどじゃないけど」
「道具屋の高校だよな、まあ、強いわなぁ」
「……練習の時の彼女は忘れた方が良いよ。僕とやっていた時はあくまで遊び、勝負の場でのあいつはある意味で那由他より怖いからね」
湊は彼女たちに見せないように顔を歪めた。自分がこんな表情を見せるべきではない。先ほどの試合を偵察していた湊は目論見が崩れたことを知っている。
明進高校はもはや、ノーシードのレベルじゃなかった。
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