第11話:目標設定

「中間どうだった?」

「聞くなよ湊。俺たちが出来るわけねえだろ」

「当たり前だよなぁ。俺はキャメラに命かけてるんだぜ?」

「……学はなくとも小説は書ける」

 鼻つまみ四人組と言う悪名を背負わされた非モテ四天王、なんて揶揄される程度には隅っこに追いやられている感じがある。たぶん覗き野郎のせいだ。

 僕はあれだよ、紳士だしスポーツマンだからね。

「ねえ知ってる? 不知火って部活中SMプレイしてるんだって」

「うっそまじー、信じらんない。近寄らんとこー」

 風評被害甚だしい。

 あとこのクソ野郎三人とも嬉しそうな顔してんじゃねえよ。

「ちなみによ、まさか赤点回避した奴はいねえよな?」

「ふっ、当たり前だろ。補習の準備は出来てる」

「当然だ」

 ちょっと待て、いくら何でも高一初っ端の中間テストだぞ? 赤点ってありえないだろ。僕はてっきり平均点付近での攻防だと思ってたんだけど。

「「「湊君は?」」」

 邪神の如し笑み。友を沼地に引きずり込んでやるという強い意志を感じる。

「おいおい、疑ってくれるなよ親友」

 だから僕は――

「だよなぁ! 良かったぜ、俺たちやっぱ親友だァ!」

 匂わせただけで明言せず。嘘はついていない。

「もうすぐ総体だな」

「総文もだろ? キャメラ部はどうすんの?」

「新聞部な。適当に撮ったの用意してるよ。あとは総体の分いくつか撮って文章はお任せ。一応真面目な奴。ま、総文ってほどの規模じゃないし適当。文豪氏は?」

 気づけば髭パイセンではなく文豪氏にジョブチェンジしていた。僕らの呼び方同様アメーバのよう、常に形を変え続けているらしい。

 本当にアメーバがそうなのかは知らない。

「小生、力作書き出すも筆止まりけり」

「うわー、駄目そう。ちなみに俺は応援団に舞い戻ったぜ!」

「うっそだろ?」

「皆を応援したいという熱い熱意が伝わったんだ。ちゃんと親友のために卓球部応援行ってやるからな。何故か俺一人担当らしいんだけどさ」

 うわー、不思議だなぁ。弱小部の応援、人数足りないからあいつ入れとけ感が伝わってくるけど、きっとそんなことはないだろう、うん。

「湊はどうなんだよ?」

「一応、マネージャーみたいな感じでついてってもいいのかな? 自分の立場がいまいちよくわからないんだよね。学校あるし、どうなるんだろ?」

「さすがに行って良いんじゃね? 卓球部頑張ってるって校内で持ち切りだぜ?」

「SMプレイが横行しているってのもね」

「風評被害だ! 新聞部の力でどうにかならないかな?」

「いやあ、真実を捻じ曲げるのはちょっと」

「SMプレイが嘘なんだって!」

「うちに夜、物書き用の蝋燭があるぞ。使うか?」

「今、令和、蝋燭、使わない」

「ふっ、そっちの方が集中できるんだ」

 文豪パイセン(複合)は静かに微笑んだ。髭引っこ抜いてやろうかな。

 そもそも蝋燭使わないし。

「まあ、中間終わったし、あとは目と鼻の先。応援してるぜ、湊」

「僕に応援されてもね、頑張るのは彼女たちだから」

「そりゃそっか。あっはっはっはっは」

 あっはっはっはっは。そんな昼下がり――


     ○


 久方ぶりに部活へ顔を出した女帝、黒峰先生。

「皆さん、中間テストご苦労様でした。優秀な成績だったようですので、私も一安心いたしました。一名、若干雲行きの怪しい生徒もいましたが」

 なるほどね、大方香月か紅子谷だろう。頭悪そうだし。

 赤点を取って補習みたいな連中も世の中にはいるんだし仕方ないか。

 あっはっはっは。

「誰よ、初っ端の中間で変な点とった奴?」

 もう、神崎先輩犯人探しなんて野暮ですよ。

「小春は違うよ。小春、学年三位だもん」

 へ?

「あたしはちょい落ちるな。十二位だった。やるな小春」

 は?

「一番取れると思ったんだけどなぁ。期末は取って見せるわん!」

「あたしももうちょい力入れてみるか。先輩たちは?」

「私、定期テスト一位しか取ったことないから」

 い、一位、だと⁉

「やっぱり沙紀ちゃん凄いなぁ。私は部活に集中し過ぎて順位落としちゃったぁ」

「ち、ちなみに、佐村先輩は何位でしたか?」

「うー、沙紀ちゃんの後だと恥ずかしいけど、八位だったよー」

 八位⁉ 落として八位⁉

「ってことは必然……湊君はおいくつでちたかー?」

 ぐ、ぬ、神崎先輩め。やっぱり性悪じゃないか!

「ひゃく、よんじゅう、に位でちゅ」

「うーわ、引くわ。馬鹿じゃん。あと気持ち悪い」

「コーチ、頭大丈夫?」

「……悪かったな、あたしらに付き合わせちまって落としちまったんだろ?」

 神崎先輩、香月は覚えとけよ。紅子谷はあれだな、優しくて好きになりそうだった。そうそう、みんなの練習メニューを考えてたから成績が落ちちゃったのさ。

 本気でこの順位なわけないじゃないか、なはは。

「期末は頑張ろうね。私も復習になるから一緒に勉強しようよ」

「神ぃ(図書館デートのルート見えた!)」

「こいつ眼鏡かけてるとマジで気持ち悪いんだけど」

「コーチは厳しいのが好きだなぁ、小春」

 この二人は特別メニューで潰してやる。

「まあ、不知火生徒は期末で取り返すように。五十位以内を目指してください。それぐらいのポテンシャルはあるはずです」

 結局名指しじゃん。でもまあ、上げてくれると満更でもない気が――

 しかしあれだな、僕の周りって本当に両極端だ。

「では、総体の件で連絡です。組み合わせ表、お渡しさせて頂きます」

「……!」

 先輩二人がごくりと喉を鳴らす。後輩二人は好戦的な光を浮かべていた。僕的にはまず一勝、強豪はシードのはずだから何とかいけると思うんだけど。

 なんて考えていた。

「うぎゃ、女子シングルス細かいよぉ」

「二百人以上いるのか。えらい数だな」

「団体はどうかな? あれ、沙紀ちゃん?」

 神崎先輩がプルプル震えている。何か怒りだしそうで怖い。

「上等じゃない。絶対、ぶっ潰す!」

「なんだなんだ、沙紀先輩どうしたんすか?」

「去年、私たちが負けたとこ。リベンジチャンスってわけ。運営も気が利くじゃん」

「強いの?」

「二回戦であっさり負けてたかなぁ。確か」

「じゃあ小春たちが勝つよ」

「どっからその自信が湧いてくるんだ、この小動物はよ」

 僕もチラリと見せてもらう。一回勝ったら、んー、そうなるかぁ。

「まずは一勝、ですね。個人戦もありますし」

「その通りです、不知火生徒。貴方にはこちらも渡しておきます」

「何です、これ?」

「男子シングルスのトーナメント表です」

「うわ、六百人以上いるよ。高校だと少なくなる印象だけど多いなぁ」

「用紙一をご覧ください」

「あ、徹宵第一シードか。まあ当然だけど、やるなぁ」

「その少し下を」

 黒峰先生が指さした先、僕は絶句する。

「……先生?」

「ご覧になりましたか?」

「ここに、不知火湊って書いてありますね」

「はい」

「明菱って書いてあります」

「そう見えますね」

「僕出ませんよ!」

「もう決定したことです。男らしく四の五の言わずに玉砕してきなさい」

「いや、僕練習してないですし、何の準備も、戦う用意がないです。しかも、第一シードの、徹宵の山じゃないですか。出る意味がありません!」

「負けると分かっていれば出る意味がない。それを、彼女たちにも言えますか?」

「……それは」

 僕は口をつぐむしかない。ある程度、この地区の選手の情報は頭に入っている。女子の山を見るだけである程度の予想は立てられるし、彼女たちがどこで負けるのかもあらかた推測は可能。だからと言って出る意味がない、とは言えない。

「皆さんにはそれぞれ、目標を掲げてもらいます。女子は団体個人ともにまずは一勝。私はこれを、決して安い壁とは思いません。貴女たちはこの二か月、とても頑張っていました。この二か月に関しては胸を張っていいと思います。しかし、相手はもっと長い期間、努力を積んできた者たちです。三年であれば二年分、差がありますし、小中とやってきた者であればその差はなお大きい。壁の厚さは、お二人なら理解できるでしょう」

 佐村先輩と神崎先輩は静かに頷いていた。

「その上で、一勝です。まずは一度勝ちましょう。そうして見えてくるものもあります。そして、不知火生徒。貴方は勝利以外の目標を設定するように」

「勝利、以外?」

 そんな、何も、思いつかない。頭が真っ白で、いきなり言われても。

「勝つ準備をしていない。その通りです。貴方が彼女たちのため身を粉にして頑張っていたことを私は知っています。貴方自身に時間を割けていないことも。そんな貴方に勝てと言うつもりはありません。極論すると負けても構いません」

 じゃあ、僕は何のために――

「勝利以外の目標を掲げてください。精一杯楽しみたい、そんな感じでも構いません。ラリーを続けよう、とか、意図不明のものであっても良いでしょう」

 意味がない。そんなんじゃ試合をする意味が、何も。

「貴方にとって競技とは、頂点めがけて駆け上がりたった一つの椅子を奪い合うものなのでしょう。私もかつては別競技ですが同じ経験があります。ですが、世の中の大半は椅子に座れない者たちです。半ばそれがわかった上で、それでも競技を続けている人々がいる。そんな彼らを見つめるのもいい勉強になりますよ。私はそれを理解していなかった。指導者としてあまりにも未熟でした。もし、人に教える道を模索するのであれば、貴方はやはり椅子取りゲーム以外の意義を見出す必要がある。明日の貴方を、生徒を傷つけぬためにも」

 黒峰先生の言っていることは難しくて頭に入って来ない。

 何よりも試合に出ねばならない、そのプレッシャーが、胸を抉る。

「先生、湊君、辛そうです。今からでも辞退させてあげられないでしょうか?」

 佐村、先輩。

「何を難しく考えることがありますか? 彼女たちには一勝の目標を課しましたが、貴方には何もありません。気楽にやればいいのです」

 卓球を気楽になんてやったこと、無い。

「これで連絡は以上になります。では、いつも通り練習を開始してください」

 茫然とするしかない。彼女たちの応援だけするつもりだった。彼女たちの次に繋がるように、少しでも強くなった実感を覚えて欲しくて、それだけで――

「湊君、大丈夫? 顔色、ねえ」

「ちょっと、あんたマジで保健室行った方が良いんじゃない?」

「コーチ!」

「おい、不知火!」

 ぐらぐら揺れる。足元なのか、それとも頭なのか、何も、解らない。

「湊君!」

 脳裏に浮かぶのは、嗚呼、やっぱり、あいつとの試合だ。貴翔に負けて、父さんが貴翔のコーチになって、一人で抗って、駄目で、最後に、そうだ、最後の試合はあいつとだった。そう言えばあれが初めてだったな、あいつに負けたの。

 引導を渡してくれたんだ。忘れてたよ、徹宵。


     ○


 龍星館高等学校。女子卓球部が昨年全国制覇を成し遂げ、全国でも名を馳せたトップクラスの高校である。男女ともに全国区、この地区の卓球少年少女たちは龍星館を目指すのが不文律としてあった。それほどの強豪校である。

 男女とも部員数は百名を超える大所帯。

 その中で最強の男は一枚の紙を見て微笑んでいた。

「おい、徹宵の奴笑ってるぞ」

「俺初めて見ました、徹宵さんが笑ってるとこ」

「安心しろ、俺もだ」

 ずっと待っていたのだ。あの男が卓球を辞められるはずがない。捨てられるはずがない。必ず帰ってくる。だから、自分は強くなり続けた。

 あの日、たったの一勝で終わりにする気はない。

「……湊」

 幾度負けたと思っている。子供の頃から何百と負け続けてきた。たった一度、そんなもの始まりにしか過ぎない。ここからなのだ。

 ここから始まるのだ。

「徹宵、何やってんだ、ウォーミングアップだぞ」

「ああ、すぐに向かう」

「気になる相手でもいたのか?」

「いや、ただ自分の位置を確認しただけだ」

「ハッ、県下ナンバーワンをか? 今の内に大事にしとけよ、そのポジションは俺が貰う。来年は俺が第一シードだ」

「ありえないな。お前では俺に届かん」

「上等。それでこそ、俺たちのボスだ。ま、テメエの牙城を崩せるのは同じ龍星館の一軍だけだろ。他じゃ勝負にもならねえ。ゼロじゃねえが、ほぼ無い」

「それはお前たちも同じことだ。征くぞ」

「俺が迎えに来たんだよ、ったく」

 呼びに来た男は徹宵の残した紙に目を向ける。

 第一シード、当然の如く刻まれた山口徹宵(やまぐちてっしょう)の名。それを見て男は笑みをこぼす。ふと、視線をずらすと其処には見知らぬ名前が。

(不知火、湊? この地区にいたか、そんな奴)

 高校から始めたのかもしれない。であれば知りようはないが。

(湊、まさか、な。だとしたら、だとしたら、だ)

 男は紙を破り捨て、ごみ箱に放る。

(許せねえよ、許せねえよなァ。徹宵はよォ、俺だけを見てれば良いんだ)

 龍星館ナンバーツー、どうにも曲者の雰囲気であった。

 覇道を征く王者。目指すは全国制覇、県内など通過点に過ぎない。

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