第9話:虎の穴
「湊君、最近よく来るね」
「体育館毎日使えないんですよ。月、水、金、あと日曜だけで」
「あー、部活あるあるだね」
不知火湊は地元のクラブでクラブのコーチと打ち合っていた。彼も元代表候補であり実業団にも所属していた実力者である。と言うよりも指導者は大概、そういった経歴の人物が多い。分かりやすい経歴がなければ生徒も集まり辛いのだ。
「一日でも多くボールに触らせたいんですけどね」
「まあ、そういう事情なら仕方ない」
実際に、彼らの打ち合いは子供たちの目を引くほど強烈であった。中陣での打ち合い、激しく苛烈な男子卓球の花形。
「うちに近ければね、大歓迎なんだけどなぁ」
「月謝まけてくれます?」
「湊君がこっちでもコーチやってくれるなら差し引いても良いよ」
「……あり、ですね」
「あはは、冗談冗談。皆の手前特別扱いは出来ない。それに、それじゃあいくら何でも彼女たちが気後れするよ」
「そんなもんですか?」
「君はコーチだけど、同時に同級生、もしくは後輩だろ? なら、やっぱり身を削り過ぎるのはよくない。彼女たちの気持ちを想えば尚更さ」
「はぁ。んー、でも、実戦経験がなぁ」
「どちらにせよ、交通費もかかるでしょ? 毎週ってなったらそれなりだよ」
「あ、あー、そうなるかぁ」
湊はがっくりと肩を落とす。打ち合いの最中なので、あくまで一瞬であったが。
「それじゃああったまってきたから、上げようか」
「お願いします」
そこから打ち合いはさらに激しさを増す。
〇
小春と花音はガッツポーズを決めていた。
おじいちゃん、おばあちゃんを相手にとうとう無傷の全勝を決めたのだ。耄碌し始めているとはいえ、この歳まで趣味として続けていた相手。始めたばかりの初心者が全員に勝ち切るのはなかなか難しい。
つまり、彼女たちはようやく初心者レベルを脱したのだ。
まあ、あくまでスタートラインを踏み越えた程度、高校の競技レベルにはまだまだ果てしない隔たりがある。やはり、場数が足りない。
「練習、毎日出来ればいいんだけどね」
「仕方ないよ。実績のある部じゃないし」
沙紀と光は後輩の成長を見て、今の状況を残念がる。
間違いなく彼女たちは凄まじい勢いで伸びている。そもそも、練習風景から見る卓球の実力自体は全員、此処のレベルには見合わなくなってきていた。
だからこそ、試合で力を発揮し切れていない現状はもったいなく感じるのだ。
「あの子ら強くなったのお」
「本当はもっと強いわよ。私も最近じゃ油断できないし」
「ほうか」
沙紀は祖父と談笑していた。隣では光も祖母と話している。
「強くなりたいか?」
「そりゃあ、負けたくないよ。去年みたいなの、あの子たちに味わわせたくない。勝ちたい。でも、私は勝ち方を教えてあげられない」
「じゃが、どこかでは負ける。てっぺんまで行けるとは思わんじゃろ?」
「うん。わかってる。でも、同じ負けでも――」
神崎沙紀の胸を裂く、過去の傷。自分なりにやって、何一つ通じなかった苦い記憶。自分はまだ良い。連れてきた友人たちはもっと悲惨だった。
先輩も、光も、努力が努力じゃなかったと突き付けられた、冷たい現実。
「おい、柳の爺さん、やろうぜ!」
「と、年寄りを虐めるない」
「部活の連中は飽きたしな。柳の爺さんでも新鮮味があるぜ」
「小春は佐藤のおばあちゃんね」
「はいはい、今行きますよ、鈴木さん」
あれを、彼女たちに味わわせたくは、ない。
「この地域にはまともなクラブチームってのは、ない。わしらも趣味でずっと続けてきたし、それでええと思っておった。今は少し、後悔しておるよ」
「じーちゃん?」
「貸し、じゃ。愛する孫相手でも四人分ともなればそれなりの金額、高校生のお小遣いと言う範疇は超えるじゃろ。ゆえに貸し。電車でちょろちょろ行った金沢方面に行った先、県下では一番きちんとしておる卓球クラブがある」
神崎沙紀の祖父はごほんと咳ばらいを一つ。
「四人分の交通費と月謝、わしらが負担しよう。その代わり、いつか返すか、もしくは、この地域にそこで得た経験を伝えて欲しい。言っておる意味、わかるな」
「……私は良いけど、でも――」
「沙紀ちゃん! 私、良いよ。ううん、やりたい。おばあちゃんたちに卓球を教えてもらった場所で私も教えたい。ここは思い出の場所だし、私は地元大好きだから」
「光。あー、上等じゃない。ま、返すって手もあるし、必要なのは今、だから」
「ほうか」
「ありがとうじーちゃん。今度は絶対に投げ出さない」
「当たり前じゃ。ここの連中が生きとる内はきちんとせい」
様々な選択肢があり、緩い条件ではあるが、金を借りると言うのは未来を切り売るということ。決して容易い話ではない。前途ある高校生にとって、なお。
それでも佐村光はノータイムで受け入れた。
ならば――
「花音、小春、ちょっと集合!」
「えー、柳の爺さんぶっ殺してたのによ」
「あ、佐藤のおばあちゃん逝きかけてる。おーい、駄目だよー、鈴木さんのとこ行っちゃ。小春と試合中だからね」
行きつくところまで行ってみよう。このちぐはぐな、初心者二人と遊びでやっていた二人の四人組。言い訳が出来ないほどやって、そして確かめてみよう。
どこまで行けるのか、を。
「ちょっと良い話。感謝しなさいよ、皆に」
「「ん?」」
「頑張ろうってことだよ」
疑問符を浮かべる二人の顔が、華やぐ。
全部聞いた上で、花音と小春はきっちりと中断していた試合を勝ち切った。
次のステージに進む、その決意のもと。
〇
「こ、ここが、県内から実力者が集まる虎の穴」
「いくつだよ、沙紀先輩。さっさと行こうぜ。ビビってる時間が惜しい」
紅子谷花音はぎらついた眼で建屋を見つめていた。自分が今どこにいるのか、客観的事実が知りたかった。負けてもいい。明日勝てばいいだけのこと。
ずっと発散したかったのだ。全力を。
「どっちが勝てるか競争しようぜ、小春」
「いいよ。でも小春が勝つと思うなぁ」
「上等だよ」
「「大物だぁ」」
ビビり倒す先輩二人を差し置いて、何故か自信満々の二人が先に建物に入っていく。今までにない熱情。見知らぬ相手との闘い。
さあ、新たなる扉を今開こう。
「「たのもう!」」
道場破りもかくや、威風堂々と登場した花音と小春の前に現れたのは――
「あんた靴紐解けてんじゃん」
「自分で結ぶって」
「はい出来た。ちなみにクラブに来てるって那由多に伝えてるの?」
「伝えてない。無駄にはしゃぎそうだから」
「ま、下手すると練習抜け出してやってきそうだしね、あの子」
「だなぁ。折角だし久しぶりに打っとく?」
「なら、お願いしようかな」
道具屋の娘こと鶴来美里といちゃつく不知火湊の姿であった。
「「おいこらぁ!」」
その光景に花音と小春がツッコミを入れる。
ようやく気付いたのか湊はびっくりして彼女たちを見る。まさか、四人がここに来るなど知らないし、知らされていない。
「何で?」
「「こっちのセリフじゃボケ!」」
何故か浮気現場を押さえられた夫みたいな構図だが、彼女たちと湊の関係は同級生もといコーチと選手、という関係でしかない。
〇
佐村光から話を聞いて、合点がいった湊は期せず己の思惑通りに進んだことをほくそ笑んだ。実戦経験が必要なのだ。そしてそれは、ここでやれば一気に身に着けることが出来る。大勢の選手がいて、色んな戦型があるから。
「湊君が言っていた子たちか。よろしく、ここでコーチをやっています、加賀昌磨です。お話は神崎さんのお爺さんから聞いているよ」
「神崎沙紀です。今後ともよろしくお願いいたします」
「いやはや、県下の伝説、神崎製作所のご老公から連絡があって何かやらかしてしまったかと思ったよ。ほんと、生きた心地しなかったなァ」
「あはは、祖父はよく電話口だと圧があるって嫌がられてます」
「そんなことはないよ。皆尊敬している。僕の友人も何人かお世話になってるし、県下に知らぬ者なし、ってやつだ。おっと、世間話はこの辺にしておこう」
どうやら話を通したのは神崎祖父であった様子。そして普段飄々としているコーチ、加賀が思い出しただけで汗が噴き出す程度にはビビり倒していたようである。
「湊君、この子たち、どうしようか?」
「アップは上の世代と。試合はバンビの子たちで十二分です」
「了解。じゃあ、始めよう」
「バンビって何ですか?」
バンビで十二分、その発言を不審に思ったのか、紅子谷が問う。
加賀はにこりと微笑んで――
「小学校低学年の子供たち、だよ」
「「ハァ?」」
驚愕する花音と小春。沙紀と光もさすがに唖然としていた。
「安心しろよ、今の君たちじゃ絶対に勝てないから」
「そりゃあ、あれか、あたしらが勝負慣れしていないから、か?」
「いいや、単純に君たちよりもずっと強いから、だ」
苦笑する湊を見て鼻息を荒くする花音。
絶対に勝ってやる、とアップに入った。
「卓球のこと本当に知らないんだね」
「まあ、それなりにやっている人でも、中学生から始めた人とか知らなかったりするしね。卓球って競技の特殊性、フィジカル軽視が蔓延った最大の理由」
「やめない?」
「それでやめる人たちは、こんなところまで来ないよ。堪えは、するだろうけど」
湊と美里が見守る中、アップを終え臨戦態勢の明菱高校卓球部四名。
いざ、小学校低学年と勝負。
〇
それは哀しいほどの蹂躙劇であった。
「しゅ!」
ぎゅるんと綺麗な弧を描いて少女のドライブが花音のラケットが届かぬ場所に突き刺さった。左右に振られ、あっさりと得点を重ねられる。
「大丈夫、お姉ちゃん?」
「問題ねえよ。悪いな、気ィ使わせちまって」
あげく小学生、しかも低学年に気を使われる始末。
必死に問題ないふりをしているが、心の削られ方が半端ではない。それこそ自分だけであればすぐさま逃げ出したくなるほどの惨めさ。
「むふッ!」
「残念でしたー。クロスと見せかけてストレートだぜ」
さすがの小春も手も足も出ずに顔を歪める。しごきとは別次元の痛みが彼女を苛む。実戦経験の乏しさからか見事にフェイントに引っ掛かりまくる小春。なまじ反応が良いだけ、面白いように振り回されてしまっている。
沙紀も、光も、良いところ無く返り討ち。
全員、まともな試合にならなかった。
「……光、これが初めてだったら私、辞めてたかもしんない」
「あはは、私も。きっついね、さすがに」
隅で座り、一旦見学する沙紀と光。目の前で繰り広げられる高レベルの攻防。さすがに低学年ともなると見劣りするが、小学校高学年くらいの子たちだとプロのような動きをしている。とてもではないが現状、勝てる気がしない。
「さすがにあの子たちも堪えてる、か」
「うん」
小春と花音、二人ともハートが強い二人であるが、それでもこの状況には平静ではいられない様子。強がりながら、子供たちに幾度も挑戦しているが――
「弾き返されてますね」
「随分楽しそうじゃない、陰キャ眼鏡」
「あの子たち、強いですよ」
「あはは、そうだね。身に染みてるぅ」
「いいえ、佐村先輩の想像以上に強いんです」
「へ?」
「卓球って特殊なスポーツなんですよ。強い小学生ならそこそこの高校生にも勝てる。中学生がプロに勝っちゃう世界です。女子なんてもっと早い」
「……つまり?」
「あの子たちから一勝でも出来るようになれば、組み合わせにもよりますがそこそこの学校にも勝てるかな、と。今日、上級者向けの子供しかいないので」
「マジ?」
「マジです。だから安心して負けてください。で、死に物狂いで一勝をもぎ取って下さい。そうしたらきっと勝てるようになってます。休んでる暇、ないですよ」
「……やってやるわよ。ミス明菱神崎沙紀様をなめるなっての!」
ずんずんと小学生に向かっていく沙紀。それを見て湊は苦笑する。
「ありがとう、湊君」
「いえいえ。本当のことですから。先輩も頑張ってください」
「うん。湊君との特訓の成果を少しでも見せなきゃね」
光も意気揚々と向かっていく。その小動物的な動きに――
「うん、間違いない」
何かの評論家のような真面目な顔つきで、佐村先輩可愛いな、と思っていた。真面目な顔つきだが鼻の下は伸びている。伸び伸びと。
「おい、ドスケベ。眼鏡外して、さっさと打つよ!」
「ん? なにプリプリしてんだよ、美里」
「うっさい。鼻の下千切るわよ!」
「えー、怖いんだけどぉ」
謎の苛立ちを向けられ、頭の中を疑問符まみれにしながら湊は眼鏡を外した。
〇
子供たちに蹂躙され、よろよろとベンチに腰掛ける小春と花音。精も根も尽き果てた様子で今にも死に絶えそうである。対戦した小学生が「どんまい」と肩を叩いて慰めてくれたのがより惨めであった。優しさが痛い。
「小春よ、弱いな、あたしら」
「……小春、さすがに気持ちよくなれなかったぁ」
「ハハ、そりゃあ良かった。意外とテメエもまともじゃねえか」
「なにそれー」
小春と花音、二人にとって初めての強烈な壁であった。老人たちにも負けたが、あれは勝ち方が分からなかっただけ。力自体は勝っている確信があったし、実際にこなれた時点でほとんど負けることはなくなった。
だが、ここは違う。勝ち方がどうとかではない。
単純に彼女たちよりも小学生の方が強いのだ。
「井の中の蛙の気分が分かったぜ」
「うん、小春たちまだまだ弱かったね」
ただ、それで挫けるほど彼女たちはやわではなかった。
「勝負は継続だぜ」
挑戦者、紅子谷花音。
「もちろん。小春が勝つよ」
ドM、香月小春。
まだ彼女たちは何者でもない。だが、ある意味で彼女たちの存在こそが不知火湊を卓球に引き戻した。彼女たちと言う魅力的な素材、鍛えるに足ると判断したから彼は此処まで熱を入れたのかもしれない。
その結果――
「美里ちゃんと湊さんだって」
「美里ちゃん格好良いんだぜ!」
「バーカ、湊さんの方が強いって」
二人はこの戦いを見ることになった。
「手抜きなしで」
「卓球で手ェ抜いたことねえよ」
不知火湊と鶴来美里。幼馴染の二人。男子と女子の違いはあれど。
どちらも元は世代最強クラス。
「審判よろしくね」
「はい!」
子供の美里を見る目は憧れの人を見つめるそれ。
「ファーストゲーム湊選手、トゥ、サーブ。ラブオール」
湊からのサーブ。よく切れたサーブは美里の手前でツーバウンドする絶妙なものであった。一瞬、判断に迷う球であるが美里は迷うことなくチキータ。バナナのような独特の軌道を描き、湊の元へ返球されてくる。
左へ逃げていく打球をクロスへと打ち返す湊。
「出るよ!」
子供たちの誰かが叫んだ。
チキータの返球、クロスに打たれることを想定して美里はすでに構えていた。まるで居合切りのような構え。美しい構えであった。凛とした立ち居振る舞い。
まるで侍のような雰囲気から、放たれるは名刀の一閃。
鶴来美里の十八番、バックハンドドライブ。コンパクトなスイングと鋭い球筋、切れ味抜群のそれは郷里所縁の刀剣『吉光』と謳われていた。
一度失われ、もう一度打ち直した刃金。
「……記憶より鋭くなった」
チキータからバックハンドへの返球を誘い、それを切り裂いた美里の一撃は半歩届かず湊の後方へ転がっていく。
「湊様にお褒め頂き光栄ですっと」
星宮那由多という壁がなければ、彼女がその立ち位置にいたかもしれない。
だが、その壁がいたからこそ――
「ただ、負ける気はしない」
「……ハッ、相変わらずじゃん」
彼女は強くなった。不知火湊を打ち抜くほど――
「あっ」
閃光が奔る。チキータからの返球に対し名刀『吉光』の軌跡が輝くも、半歩修正した湊のカウンターがさく裂した。鶴来美里が一歩も反応できない、光速の一撃。
「……『閃光』、ね」
前陣速攻、光速カウンターこそ、湊がかつて選手時代必殺の武器としていたものだった。完全上位互換の選手が現れるまでは世代最強最速こそ彼の代名詞。
ゆえに『閃光』。
異次元のハンドスピードから放たれる彼のカウンターの名である。
「速くなってる?」
「まさか、むしろ遅くなってる」
「ちぃ、口の減らない幼馴染だこと」
「ただの事実だ」
速さを追求した卓球と鋭さを鍛えた卓球。
速く、鋭く、美しい応酬。
「しィ!」
「ふっ!」
県内でも上位で生意気盛りの少年少女たちが、押し黙って見つめるほどそれは格別の、圧巻の攻防であったのだ。
「……これが、湊君なんだ。凄いね、想像していたより、全然凄い!」
「これもう、テレビで見る奴じゃん」
佐村光、神崎沙紀にとって初めて遭遇する強者同士の戦い。速くて、強くて、創意工夫を張り巡らせた攻防は、全てが初めて見るものばかりで。
見れば見るほどに惹きこまれていく。
「あいつ、マジですげえ奴だったな」
「わん!」
紅子谷花音にとっても、香月小春にとっても、衝撃的な光景であった。
いつも見ていた背中がいつもより輝いて見える。
自分たちとは月とスッポン、遥か彼方に浮かぶ月である。
彼女たちは初めて知る。強者の戦いを。卓球と言う競技の苛烈さ、異次元のスピード感、その中で交わされる幾多の戦術。目まぐるしく揺れる天秤に目を離せない。刹那で優勢劣勢が切り替わる。その刹那の積み重ねが――
「ゲーム、トゥ、湊選手、イレブン、シックス」
勝者と敗者を分かつ。
「湊さん強ぇ!」
「やっぱカウンターだぜ、かっけえもん」
子供たちがやんやと騒ぐ。
「美里ちゃんも男子と張り合ってたなぁ。強くなってる」
気づけば時間も遅くなり、大人たちもぽつぽつとやって来て観戦していた。
「明進高校って確か元女子プロの先生が監督になったんだろ? やさぐれてた美里ちゃんを口説きに何度も家に来たらしいぜ」
「ちょ、何でそれ知って?」
「親父さんがよく言いふらしてるよ」
「あんの、クソおやじ!」
入れ替わりの時間なのだろう。
子供たちも着替えたり、迎えに来た父兄と帰宅しようとしていた。それらをぼうっと眺めながら、明菱高校女子四名は余韻に浸っていた。
自分たちを教えていた男の強さを噛み締めながら。
そして今日の敗北を思い浮かべながら。
「湊君の試合を見たの初めて?」
クラブコーチの加賀が彼女たちに声をかける。
「は、はい。きちんとしたのは。その、凄く強くてびっくりしました」
光が満面の笑みで答え、それを聞いて加賀は苦笑した。
「あはは、んー、でも昔はもっと凄かったよ。あんまり言いたくないけど男子と女子じゃやっぱり違うから。男子のスピード感で見る彼は、たぶんもっと凄い」
「でも、不知火湊で調べても何も出てこなくて」
「ゴシップ記事は出てたんじゃない?」
「ちょっとだけ引っ掛かりました。ただ、黙って読むのは、その、違う気がして」
「うんうん、神崎さんは良い子だね。なら、佐伯湊で検索してご覧。ユアチューブでまだ動画残っていると思うよ。一度見てみると良い」
「佐伯湊、ですか?」
「うん。僕は彼がプロになるのを疑いもしなかった。それだけの逸材だよ、彼は」
見ればわかる。加賀の眼はそう言っていた。
「ただちょっとだけ、もう一歩だけ、強い子が現れただけで」
同時に少し、哀しそうに目を伏せる。
今宵、彼女たちは各々、その名で調べた。そして知る。不知火湊、彼がどういうステージで戦い、どういった壁に阻まれたのか、を。
嫌でも目に入った。それは国民的スターと成った男が卓球界を震撼させた日であったから。そのメモリーとして、生贄として、不知火湊、佐伯湊は遺されている。
英雄に敗れた最初の壁、英雄になるはずだった男の軌跡。
それを彼女たちは見た。
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