F.休校となったその日には…

 「……えっ?……今日、学校が……休校?!」

 「ええ、そうなのよ。昨日の夜、高校の方から緊急メールが入ったの。学校で何やら、ちょっとした問題が起きたみたいね。それらの対応で明日、教師陣も多忙だとか何とか、簡潔な説明がなされていたかしら…。紗良ちゃん。昨日、学校で何かありましたの?…何か厄介なことにでも、巻き込まれたのではなくて?…貴方が困ることがあれば、何でも話してくださいな?」


高峰家の車で帰宅した、その翌日には学校が急遽、休校となった。如何どうやら高峰君が担任に報告した後、昨日の一件が問題だと判断されたらしい。私個人の正直な想いとして、学校側が休校とするほどに、そこまで重要視されるとは、想像だにしなかったことである。


あれから軽く夕食を取り、宿題と予習だけはしっかりやり終えて、私はいつもより早めに就寝した。日直当番は昨日が初めてではなく、それなりに気疲れはしていたものの、それほど疲れたとは思わずに。


普段よりも早めに就寝したのに、普段と変わらぬ時間ギリギリまで、昨夜は夢も見ずぐっすり眠ったようだ。要するに、昨日は余程気疲れしていたと、今更ながらに気付いた。例の一件を、大したことと捉えなかった私は、主にと、思いながら。


……ううっ。まさか、しっかり巻き込まれてま~す…なんて、お母さんにも誰にも言えない…。その上、私が主な原因です…とは、絶対に口が裂けても言えないわ。だけど…流石、お母さん!…お母さんの勘、バッチシ当たってます!


声に出して言えないので、頭の中で呟く。お嬢様育ちの私の母親は、私に対しても姉に対しても常に、平等に扱う。父ほどに娘を溺愛し過ぎることはなくとも、本気で怒ったら…本当に恐い。普段はおっとりして物腰柔らかだが、本気で怒った時の母は、誰も止められない。


滅多に本気では怒らず、家族でさえも忘れがちである。家族を心から大切に愛するからこそ、家族が不当な目に遭った時には、怒りが爆発するらしい。今、穏やかな母も例の一件を知ったら、どうなることやら……


 「…お母さんもお姉ちゃんも、心配し過ぎだよ。昨日は日直当番で、ちょっと疲れただけだから。は知らないし、いつも通りだったと思うよ。きっと生徒達が帰ってから、何か起きたんじゃない?」


私は何とか平静を装いつつ、誤魔化す。本当の事情を知ったら、母が怒るだけではなく、私を溺愛する姉や父まで、高校に押し掛ける可能性がある。これまでも両親はなるべく、子供同士の喧嘩に口を挟まぬようにしてきた。但し、子供同士だけの問題ではないと思えば、喧嘩相手の両親に対しても、怒りを露わにして家まで乗り込んだ、ということも稀にある。


 「……そう。紗良ちゃんも知らないのなら、大丈夫かしら…」


母が安堵したように言う。この場は、何とか騙せたようだ。それども姉は何か言いたげに、顔を顰めている。大学生の姉は私とは真逆で、男女含めてお付き合いする人達も幅広く、もしかすると後日姉の耳に、真相が入る可能性は高い。幸いにして姉は、私を揶揄うことはあっても、誰にでも優しく接する人だし、バレても大丈夫なはず…だけど、何故か嫌な予感がした。う~ん、大丈夫…かな?


 「紗明良は実の姉にさえ、何も話してくれず凄く寂しい…。イケメン君…昨日の彼の名前も、結局教えてくれなかったし…」


私の隣に座る姉が、ブツブツと文句を言う。辛うじて隣の私の耳に、聞こえる程度の少量のボリュームで、独り言を呟いていた。私が幼い頃から、何も教えてくれないと涙をポロポロ流す姉は、まるで映画女優のような演技派である。


あの頃の泣き顔が単なる演技だった、と今は知っている。当時は、私の所為で心配させたと信じ、姉の泣く姿が迫真の演技だったことから、本気で騙されていた私。あの泣く姿が単なる演技で、真相を聞き出す為だったと知るのは、姉が高校生で私が中学生だった頃のこと。ある意味では、私もショックであった。


…その後からお姉ちゃんが私を、揶揄うようになったのよ。もしかして本当のお姉ちゃんの姿は、元々小悪魔的な性格だったりする?…それとも、お姉ちゃんは二重人格かも。…ううん。お姉ちゃんに限って、それは…あり得ないわ。


妹に対しても優しい姉でも、態と悪ぶって絡むような小悪魔な姉でも、私にとっては実の『姉』だ。例えどのような姿も、私だけの大切な姉であり、私の大好きなお姉ちゃんである。姉に裏表があったとして、多少戸惑ったりすることは、あるだろうが。実際にはそれが、と思うも……


 「…ふふっ。紗明良はご家族から、凄く愛されてるのね。私も家族と仲の良い方だったけれども、紗明良一家には勝てそうにないわね…」






    ****************************






 「朱里さんも家族と、仲が良かったのね。…あ、あのね、実は…ちょっと聞きたいことがあるんだけど、朱里さんは前世で…結婚してた?…え~と…若しくは結婚したこと、ある…?」


学校が休校となり、私と共に自屋に戻った朱里さんが、クスクスと笑いながら声を掛けてくる。リビングでの家族とのやり取りを、一部始終見ていたからだろうね。単純に仲がいいという意味でなく、家族からの異常な溺愛ぶりを、冷やかされた気もするような…。


そういえば…。彼女の守護霊様や友達の話は、以前にチラッと聞いたかもしれないけど、彼女の家族について聞いた覚えは、全くないと思う。詳細どころかほんの些細なことも、何も……私は知らない。


 「あら?…紗明良には、話してなかったっけ?…勿論、結婚してたわ。ごく平凡な恋愛結婚をして、何処から見ても一般的な家庭だった。それでも、可愛い子供達にも恵まれて、私は凄く…幸せだったのよ。」


ぱあ~と晴れやかな顔をする傍ら、照れた如くモジモジする彼女に、私はちょっぴりたじろぐ。これほど幸せそうに語った姿を、生まれて初めて見た気がする。こんなことならば、もっと早くに聞き出せば良かったと、元々そういう疑問もなかったくせして、自らの鈍さを他所よそにしながらも、私は矛盾した感想を抱いた。抑々当時の私は、そんな矛盾すら気付かずにいた。


 「…もう朱里さんったら、全然聞いてないんだから。朱里さんのご両親だけじゃなくて、旦那さんがどんな人だったか、初恋の人は旦那さんなのか、どういう風に知り合ったか、私は朱里さんのそういう恋バナを、聞きたいの!」

 「…私の恋バナを聞いても、面白くないと思うわよ?…特に何か紆余曲折な話もなければ、私の両親も神代家の一族だし…。私の夫となった人もごく普通の人で、最終的にわけで……」

 「…………」


そういえば…そうでしたと、私は内心で溜息を吐いた。よく考えずとも私の守護霊である以上、神代家ご先祖さまだという証拠であり、彼女の両親もまた神代家の人間、だと言える。朱里さんの旦那さんも、彼女と結婚した時点で神代家一員へと、加わったことになる。


私はそうした背景を、すっかり見落としていた。確かに朱里さんの言う通りではあるが、私が本来知りたかった真相とは、心の底から知りたい内容とは、大分違うというべきかと……


 「……?………」


頭の中で反論する私の心の声が、聞こえていないのは本当らしい。珍しく首を傾げつつ、きょとんと呆け顔の朱里さんの姿に、漸く私も実感が湧く。暫くの間、そうした余韻に浸りながらも、朱里さんの表情の違いが何となく、以前よりも分かるようになってきたと、そういう気がしないでも、ないかな…?


 「朱里さん、あのね…。確かに貴方のご家族は皆、神代家一族だよね。私が知りたいことは、そういうことじゃないんだよ。つまり、その…何て言うべきなのか、朱里さんの家族がどういう人か、聞きたいだけなの。旦那さんと知り合った時の、切っ掛けとか…。もし…朱里さんが言いたくないのなら、もうこれ以上聞かないようにするから…」

 「…ふふっ、別に隠すことなんてないわよ。私の時代では、神主の父と巫女の母が二人三脚で営む、この付近の単なる小規模神社でしかなかったわ。地元の住人がお参りするぐらいで、地元の神社として認められても、権力なんて何もないもの。父と母はお見合い結婚だったけれど、私達家族は仲良しだった。結婚して私も神代家を継いだけれど、平凡でも幸せな毎日だったと思う…」

 「…ふうん。朱里さん達の時代は今よりずっと、平和な時代だったのね…」


今の30世紀も平和だと言えば、一応はそう見えるだろう。しかし、政府から統制されたとも感じる時代で、20世紀のような言論の自由があるとしても、半分ぐらいはないに等しいのかもしれない。完全な自由と言うには、不透明な部分も少なくない気がしてならない。


 「…平和か。確かに便利になったと思う反面、異なる意味では不便になったのかもしれない。戦争の悲惨さをただ知るに過ぎないし、私も自ら体験したわけじゃない。それでも私は今の世も、平和だと思っているのよ。紗明良を含め今を生きる人達は、戦争の現実を知るすべもなく、麻痺している。私には…そう見えるのよね…」

 「…で、でも!…他国での戦争はつい最近まで、現在進行形だったわ。私達は何も戦争自体、全く知らないわけじゃないのよ。」

 「…う~ん。だからこそ…余計に、そう思ったのかも。知っているようで知らないことも、あるのだから。実際に戦争を体験した人と、直接会って話をしたこと、紗明良は…ある?」

 「…………」


戦争の話が飛び出すなんて、正直思ってもみなかった。話が飛躍し過ぎだとは思うけど、朱里さんの質問に答えられないでいた。だって私は、現実で体験した人なんて、知らない。戦争経験を語る人なんて、周りに居ないから。


 「無関係な場所に居て、体験者も周りに居なくて、のなら、平和よね?」






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 神代家に帰宅した、後日の話。今回は、閑話的な話になったような…


紗明良が自宅に到着した、翌日のお話です。今回は、紗明良の母が初登場しています。母も名無しではありますが、本文に書いたように結婚前は、『ちょっとした名のある家柄のお嬢様』だったという、経歴に落ち着きました。おばば様が家を継いだ頃から、審神者として成功していたし、甥っ子である紗明良の父も、それなりに裕福な生活をしていたと、いうことで。


紗明良の一家は、それなりに慎ましく(?)生活しているつもりだけど、周りから見れば実際はどうなのか…? 但し、来客の多いおばば様の自宅とは違う、ということにしたいと思います。

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非接触時代 ~接触不可な恋活~ 無乃海 @nanomi-jp

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