E.気絶した後、どうなった?

 ……今のは、私の聞き間違いだったのかな?…いいえ。違うわ、絶対…!


私は未だ 夢現ゆめうつつ の状態で、誰かが私を呼ぶ声を聞いたようだ。何処かで聞いた声だと思いながらも、何も分からないでいた。知っている人だとは思うも、全く思い出せそうにない。


 「私を呼ぶのは一体、誰なの…?」


疑問を口にしつつ身体を身動みじろぎして、身体が動かせないことに気付く。片腕どころか指1本も動かず、瞼を開けて周りを見やれば、真っ黒の闇がずっと先まで、広がるようだった。僅かな光でさえ届かない暗闇に、私は佇んでいるが如く。


 「…此処は何処なの?…真っ暗で、何も見えない…。もしかして、私だけじゃないよね?……真っ暗すぎて、怖いよ…」


光1つない暗闇の中で呟けど、何の音も聞こえない。人どころか何か生き物の気配さえ、感じられない。元々幽霊や暗闇が苦手なのに、私1人暗闇に取り残されたようで、恐ろしかった。そろそろ目が慣れるはずなのに、未だ何も見えないままという、これほどの暗闇は初体験である。


 「だ…誰か!…いませんか!?…聞こえていたら、どなたか合図をっ!!」


私なりに声を張り上げたけれど、声も音も何も聞こえない。要するに、無音状態であるらしい。今の自分が出した声も、耳から聞こえたわけではなく、頭の中で響いた気がする。これは本当に、現実なのだろうか?


 「もしかしてこれは、私の単なる夢なの?…現実ではなく、ただ…夢を見ているだけ?…単なる夢なら、夢から目覚めさえすれば、私は此処から出られる?…だけど、これがら…」


一瞬縁起でもないことを考え、嫌な悪寒にヒヤリとした。思わず自分の身体を抱き締めようとしたら、石像になったかのように動かなくて、私はただ震えるだけである。自分では自由の利かない身体が、何故か小刻みに揺れ動く。小さな振動を感じても、その時の私が気付くことはなかった。


震える私の身体を、温かい何かが…触れた気がした。その温かい何かに私の身体全体が、包みまれていくようであった。冷えきった身体が、ぽかぽかと温まっていくかのように。


暗黒に近い暗闇の中、目の前の光景にも変化が出始め、淡い光が唐突に差し込んでくる。お陰で私にも、此処がどういう状況であるのか、分かってきた。周りには、本当に何も存在していないというのが、私にも一目で分かるぐらいである。流石に今はもう怖くはないけれど、1人っきりは寂しいかな…。


 「………ん、……さん、……ちゃん……」


遠くから誰かの呼び声が、再び聞こえてくる。私は光が注ぐ先を見つめ、耳を澄ませた。ハッキリとは聞こえずとも、私は確信して。声の主が誰かも分からないのに、その人は私がよく知る人だと、無意識に理解した。


思わず光へと手を伸ばせば、漸く動かせるようになったと、気付く。実際に身体を身動きさせれば、如何やら私は寝転んだ状態であるらしい。ノロノロした動きで起き上がり、光に向けて懸命に歩いた。光に近づくほど段々、一際明るく輝いていると分かる。


 「さあちゃんっ!!」


その時、声がはっきりと聞こえた。やっぱり誰かが私を呼んでいたと、眩しく輝く光に目を細め、私は振り仰ごうとする。誰が私を呼ぶのかを、確かめる為に。再び私の耳に届いた声は、何故か切迫しているように、聞こえてきた。


昔の愛称だと気付いた途端、酷く懐かしくて切なくも感じた。帰りたいという思いは、一層強くなる。何もかもどうでも良い気がして、ただ声の主に会いたいと思いつつ、両手を光の先に伸ばした。帰るという強い意思で…。絶対に何としてでも、待ってくれる人達のいる所に帰る、と言い聞かせるよう強く願う。


私が願いが通じたのか、一段と強い光が放たれる。あまりにも目映まばゆく、私は瞳をギュッと瞑った。それとほぼ同時に、その光に包まれた気がする。私が気付いた時には、既に光は消えていた。そして、見慣れた光景が目に入る。ほぼ毎日のように見慣れた、光景が……


 …あれっ?…此処は、私の部屋?…私、いつ帰ってきたっけ?…ん?…何で私は制服着たまま、ベットで寝てるの?


目が覚めた途端、私の意識は浮上してきたようで、現実に戻った。如何やら私は今まで、自室のベットで眠っていたらしい。家に帰ってきた記憶も、自室に戻った記憶もないのに、である。然も、制服を着たまま寝るなど、あり得ない。


 …制服を着たまま横になるなんて、皺ができるし絶対にしないわ。そういえば今日は突然、高峰君と日直当番をしたし、五十三君とも話すことになったわね。その時に、当番が入れ替えられたことも、知ったんだよね。その後は、高峰家の車で帰宅したはずだけど、あれからどうなったんだっけ…?…途中から記憶がないけど、何がどうなってるの…?






    ****************************






 う~んと唸りつつ思案するも、肝心な部分を覚えていなかった。高峰君と共に車で帰宅したと、そこまでは覚えている。問題は…我が家に着く前後から、うろ覚えになっていた。当然ながらそれ以降は、全く記憶がないようだ。


 「…そういえば高峰君に、家まで送ってもらったお礼を、まだ言っていないはずよね?…ん?…その前に高峰君と、別れた覚えさえないかも…?」


ベットの上で横たわったまま、目を覚ました後も呆然自失となる。今日1日に起きた出来事を辿るうちに、私の記憶が唐突プツっと切れたように、あやふやなものになっていたからである。


 「……もしかして私、…?」


思い出そうとすればするほど、それが正解のように思える。私に記憶がないのならば、何かやらかしたのかもしれない。私が頭を抱えていると、部屋の戸をコンコンと叩く音がした。お母さんが様子を見に来たのかと思いきや、私の部屋にやってきたのは、別の人物であった。


 「おっ、やっと目が覚めたのね?…紗明良が家の前で倒れて、もう大騒ぎになったんだからね。誰かさんは気持ちよさそうに、寝てたみたいだけど…?」

 「…あっ……、お姉ちゃん……」


部屋に入ってきたのは、私の実姉である。高校生になった頃から、部活や塾や何やかやで帰宅が遅いけど、大学生になった今も付き合いやらで、相変わらず帰宅が遅い姉。それなのに今日に限って、帰宅が早かったみたいだ。


 「…うん、私が誰だか分かるようだし、大丈夫みたいね…。それより…学校で何か問題に、巻き込まれたんだって?…心の広~いお姉ちゃんが何でも、相談に乗ってあげるわよ?」


相変わらずお姉ちゃんは、誰にでも優しい。姉妹喧嘩というか、口喧嘩はしたことがある。何方かと言えば、私が勝手に怒るだけだけど…。姉は偶に私を揶揄うが、当人から言えば馬鹿にするつもりも、私で遊ぶつもりもないらしく、単に妹可愛さでつい揶揄うだけのようだ。揶揄われる側の立場から言うならば、本気で止めてほしいところだが。


高峰君から何を聞いたのか、それとも…何かを察知したのか、私を甘かそうとする優しい声である。普段のように揶揄いつつ、少しお道化た口調なのも、私を甘やかす気満々であろうか?


 「……お、お姉…ちゃん?…もしかして…怒ってる?」


だからこそ私は、姉の様子がおかしいとも気付いている。普段通りの穏やかな姉に見えるが、目付きというか満面の笑顔が、怖っ!…完全にの姉で、あろうか。満面の笑顔のはずが、黒く陰って見えるのは、何故っ?!


 「…嫌ねえ~。紗明良に怒る理由が、ないじゃない。姉想いの優しい私の大切な妹に、怒る理由なんてこれっぽっちもないわよ?」

 「………お姉…ちゃん…」


にこやかな笑顔と爽やかな口調で、姉は全否定した。だけどそれで、私が確信するに至る。…これ、絶対に怒ってる。あまり怒らない穏やかな姉が、本気で怒ってるようだ。私に怒るわけじゃなければ、一体誰に対して怒ってるの…?


内心では動揺しつつも、私は姉の瞳をジッと見つめる。そうやって姉と視線を暫し合わせれば、先に姉がプイッと視線を逸らせた。姉は居心地悪そうにしていたが、諦めたように溜息を1つ落とし、不貞腐れたように告白してきた。


 「…イケメン君…いえ、紗明良を家まで送ってくれた彼は、詳しく話してくれなくて…」

 「……何を聞いたの?」

 「今日は学校で、紗明良が大変だったとしか、聞いていないわ。他にも何か言いたそうだったし、何かあったんだろうなあ~と、私が勝手に想像したのよ。」

 「…え?…本当に、それだけなの…?」

 「それだけよ。それより…あのイケメン君の名前、何だっけ?…折角名乗ってくれたのに、お母さんったらお礼も言い忘れたのよ…。まあ、倒れた紗明良を見せられたら、それどころじゃないけれど…」

 「…もしかしてお姉ちゃんも、高峰君に会ったの?…私と同じクラスメイトなんだけど…」


家の前で倒れたのなら、高峰君と…会ったはずだと青褪める。ありがとうと感謝する傍ら、迷惑かけたようだと反省して。イケメン君と話すぐらいだから、当然ながら姉も会ったのだろうと、姉の誘導と知らず何の疑いもせず、彼の苗字を教えた私に、姉はニヤリと笑った。……嫌な予感がする。


 「ああ、そんな名前だったわ。倒れた紗明良をこうして抱き上げ、颯爽と此処まで運んでくれた上、お礼は要らないって…。凄く恰好良かったわ!」

 「……!!……」


こうして…と姉が見せた仕草に、私は息が止まるかと思うほど仰天する。小説や漫画で、描かれる行為を、私がされたことに。あまりに非現実的なことで、信じられないやら恥ずかしいやら…。学校で顔を合わせたら、どういう顔をしたらいいのよ……


 「…以前にも、何処かで会ったような…」


混乱中の私の耳には、姉の独り言は入らない。お姫様抱っこされたり、自室を見られたことの方が、何よりも恥ずかしく思えた。彼に迷惑を掛けたこと、異性に触れられたことなど、すっかり忘れるぐらいに。



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 神代家にやっと帰宅したと思えば、主人公はどうなった……?!


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 自宅に到着後に、気を失った紗明良がどうなったのか、というところから始まります。前半は話の続きに見えませんが、紗明良が気を失っていた間、こういう状況になっていました、という流れになっています。


前半最後の辺りから、やっと目覚めた紗明良。今回は紗明良の自慢の姉が、初登場しました。今のところ名前がありませんので、姉やお姉ちゃんで。ちょっと…いや激しくシスコン気味のお姉さんですが、紗明良は全く気付いてないとか…。紗明良も姉大好きですが、シスコンまではいかないかな…。


次回は学校編に戻るのか、それとももう少し自宅での話にするか、まだ悩んでいます。もう少し、姉に活躍(?)させたいような気も……

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