C.緊張が抜ける5分前のこと
「…紗明良。今も心の中で、何か呟いてる?」
「……えっ、朱里さん?!…まさか本当に…聞こえない?」
互いの顔を見つめ、私達は無言を貫く。先に朱里さんが沈黙を破る形で、疑問を投げつけてきた。いつも通り心の中で、呟いたかと。何故今更、当たり前のことを聞くのか、私は戸惑う。
今までと違う彼女の様子に、私も問い返す。まさか…と思う傍ら、それが正解だと知りながら。車内という狭い空間に、高峰君もいることすら忘れ、心の声が突然伝わらなくなった事実だけが、今の私の心を過剰に曇らせた。他のことはどうでも良いとさえ、思わせるほどに。
「…はあ〜。やっぱりね。あまりに突然で、気付くのが遅れたわ。心の声を遮断する方法を、漸く会得したようね。おめでとう、紗明良。貴方も
「……えっ?!…それじゃあ、私の心の声はもう二度と、届かない?…特に何もしてないのに、どうして…?」
親が子を慈しむような笑顔で、朱里さんがおめでとうと言ってくれる。それでも私の心は晴れなくて、心から喜べずにいた。遮断する手段も何も、私は何の心当たりがなくて、寧ろ私が原因を知りたく思う。
…本当に人間という生き物は、都合が良過ぎるわ。散々嫌がりながら、覆った途端に寂しさを感じるなんて…。一体何が、原因なの?…こんなにも安易に、遮断できるものだったの?…それとも本当に、私が無意識にやった結果なの?…これからどうしたものか、分からない……
何故そうなったのか、答えが何1つとして見つからない上に、彼女との間に大きな壁が、できたように感じた。心の内を読まれるのは、プライベートがない気もしたが、いざ真逆の心境に陥った途端に、胸にぽっかりと穴が開いた気もする。
「今の紗明良は、自覚がないようね。心当たりはなくとも、ちょっとした心の中の変化でも、十分だと思う。審神者の能力が与える影響は、人によって各々異なるはずだから…」
「……ちょっとした、心の変化でも…?」
飽くまで可能性だとしながら、僅かな心の揺れに起因するなら、1つや2つ幾つかは思い当たる要因が、あるのかもしれない…と思い当たれば、私の心臓が跳ねる。果たして、それが定かどうかは別にしても、当たらずも遠からずであろうか。
彼女が車外にいる間か、
私の友人になりたいと、高峰君から宣言されたことも
「…今後、心の声で会話するのは、もう無理なのかな…?」
「本来は…ね。但し、紗明良が正式に審神者となった時、再び心の声で会話もできるはずよ。貴方が本当に伝えたい内容だけ、心の声で伝える形になるわね。私もみ~さんもご先祖様達も、そうだったみたいだし…」
彼女は私を揶揄うことはあれ、軽く受け流したり嘘を
「頻繁に聞こえた声も、今は何も聞こえない。急な遮断だったから、私も気付くのが遅れたようね…」
「朱里さんが車外にいた間、僕達の会話は…聞こえましたか?」
「…そういえば、聞こえなかったわ…。守護霊も元々は人間だから、守護する者から離れるほど、意思疎通は難しくなるはずよ。勿論そういう場合には、心の声で会話することになるけど、心の声を伝える強い意思がなければ、聞こえないはずではあるのよ。ただ紗明良の場合、就寝時以外はずっと聞こえるの…」
独り言のようにポツリ呟く彼女に、高峰君は私が最も知りたい質問を、代わりにしてくれる。彼とのあの
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「…紗明良のその様子だと、私に聞かれたくなかったようね?…2人っきりで何を話したか、余計に気になるわ。」
「……ううっ………」
気の抜けた顔を見て、何かに感付いたのか。本音を見破ったとばかり、意味ありげな笑みを浮かべる朱里さんに、一生敵わない気がした。つい言葉に詰まり認めたも同然の私は、心の声を聞かれても聞かれなくても、同じじゃないかと……
「朱里さんが期待するような、話ではないですよ。同クラなのだから、避けないでくれと伝えただけで。そうだよね、紗明良さん?」
「……飽くまでクラスメイトとして、ですから…」
同意を求めてくる高峰君に、私は渋々首を縦に振る。友達になりたいアピールを暈した彼を、恥ずかしいからだろうと勝手に解釈するも、何故かモヤモヤしてくる。運転手さんが買って来たお菓子を、ちょっと食べすぎたのかもね。知らぬうちに、胸やけしたようだ。
「紗明良にはそれぐらいが、丁度良いわ。貴方は、きちんと伝えたの?」
「勿論伝えましたが、きちんとは伝わっていないでしょう。今更焦っても仕方がないし、これからは僕なりに距離を、縮めていきますよ。最低限の目的は達成できたので、今はこれで満足です。」
私を話題にする意味が、全く分からない。2人だけの共通の話題が、私を更なる孤独へ導く。私の目前で仲良くする彼らを、何となく見つめるのが辛くなってきて、2人から目を背けることで、何とか平静を保とうとした。
…楽しげな2人の姿を見るうちに、胸やけはスッキリするどころか、段々酷くなっていくような…。朱里さんが盗られる気がして、寂しいのかな…?
心の奥底に渦巻く謎の感情に、私は持て余す。自分の本心が見抜けず、迷子になったような気分だ。まるで大切な何かを見失うかの如く、怖かった。彼女と心の声で話せなくなったことが、これほどに心細くなるなんて……
「…紗明良?…また1人で突っ走っているわ。紗明良は顔に全部出て、本当に分かりやすいのよ。放って置いたらこうして直ぐ、1人で突っ走るのよ。これからは貴方が、支えてあげて頂戴ね?」
「勿論です。僕ができることならば、何でもしますよ。これでも僕は、何年越しの片想いをしていたんですから…」
2人から目を逸らした後、半分意識があって意識がない、状態の私。1人だけ暗闇に閉じ込められた、そういう感覚に近いだろうか。例え声が聞こえていたとして、ぼんやりした頭に何も入ってこなかった。朱里さんが私に声を掛けても、何の反応もできなかった。
半分も意識のない私には、聞こえないのと同じだ。朱里さんと高峰君の会話する姿は見えても、私の頭の中を素通りしていく。後になって思い返してみれば、私はそれほどにショックを受けていた、ということであろうか。
高峰君が車内の無線器具で、運転手さんと何か話し始めた。もうすぐ着くかどうかを確認していたようである。その時も私はぼんやりと、一体何処に着くんだろうという風に、間の抜けた疑問を抱く。今まで通り心の声が漏れていたら、誰かさんが大爆笑したに違いないと馳せて。
「到着したよ、紗明良さん。君とはもっと話したかったけど、今日はここまでみたいだ。やっと仲良くなれたというのに、残念だなあ…」
高峰君の声で漸く覚醒し始めたけど、まだ頭はぼんやりしている。今までに一度も異性とは、真面に話したこともなければ、これほど長く接したこともない。もう満腹寸前の私に反し、まだ物足りない様子を見せた。
「……はい?……着いたって、何処に…?」
「……ん?……」
「…紗明良、忘れたの?…高峰君が貴方を送ってくれた、理由を…」
「…あっ………」
本来であれば私も、結構ですと言いたい。しかし実際には、間の抜けた言葉を口のする。彼は目を丸くしただけだが、朱里さんは完全に呆れている。…そうだった。高峰君の友人宣言など、今日は衝撃的な出来事が、色々あり過ぎた。一瞬、忘れていたほどに。次から次へと起きたことに、頭がついていかないようだ。
「……本当は、私の心が聞こえて…たりして?」
「今も…聞こえてたら、もっと的確に突っ込むわよ。それより高峰君に、言っておくことがあるわ。今日はあまりに色々あったし、今までは程よい緊張感もあったお陰で、上手く誤魔化すのも…そろそろ限界のようね。貴方なら、紗明良を頼めるわね。この後のこと、よろしく頼むわ…」
朱里さんが何かを察知してくれたと、私はそう気付いた矢先に、強烈な眠気が襲ってくる。隠そうとしていた感情も、色々とごちゃ混ぜに交じって、表に出てくるようであった。まるで私の心と体は、不一致になったみたいだと思われる。
家に着きましたよ…と、運転手さんがドアを開けてくれた時、私もまだお礼を言えたのに。車から降り、私の家の前だと認識した直後には、瞼が重くなり身体から力が抜けていく。到頭耐えきれず、私は意識を手放した。ほぼ同時に、高峰君の叫ぶ声が聞こえた気も、するけれど。
「…それはどういう………っ、紗明良さん?!…どうしたの?…僕の声が聞こえてる、紗明良さん!?……目を開けてくれっ、紗明ちゃん!!」
悲痛な叫び声を懐かしく思うも、私は意識を完全に手放した。再び私は、夢の続きの中に入って行く。記憶の欠片を全て、取り戻そうとするかのように。
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ここからは…朱里さんとの関係も、変わりつつあるのかも……
やっと、神代家(紗明良の自宅)に到着!…というわけで、着いた途端に紗明良が気を失ったので、次回に続きますが…。神代家本家(おばば様の自宅)からは、神代家分家の紗明良の自宅とは、ちょっとだけ離れています。歩いていけない距離ではなきにしろ、高校生になった紗明良の歩みでも、30分ほど掛かることから、普段は紗明良の両親が送って行ったり、本家のお迎えが来てくれたりします。
さて、新章に入ったからには、直ぐに恋愛を意識せずとも、また急いで思い出さずとも、ストーリーにも少し猶予が伸びた気も…。『君の騎士』キャラ・未香子と、何方が鈍いのかと比べてみたりして……
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