B.辛い過去を乗り越えた先に
「神代家次期当主?…そんな嘘を、誰が信じるもんか。」
「嘘を
「不細工な上に、大嘘つきだな、お前…」
年上の少年4人組が、私を囲んで嘲笑う。今まで悪口を言う程度だったが、この日は嘘吐きという暴言に加え、私の体を押す暴力に出た。そのうちに力加減を忘れ、よろめく私を手加減なしに、思い切り突き飛ばす。異性の力に敵う
「……えっ!?…どうして…?」
同年代の幼い子供が、地面と私の間に割り込み、私を受け止めるべく下敷きになっていた。優しい友達が犠牲になった姿に、彼らの1人を巻き添えにすれば良かったと、怒りが沸々湧いてくる。
「…誰だよ、此奴…」
「…どうする、バックレる…?」
「…お、おい!…俺達はそいつと、無関係だぞ!」
私を庇った所為で、手足から血が溢れ出す友達に、私も頭が真っ白になる。要因を作りし当人達は、無関係の者を巻き込んだと知って、捨て
…何故、私を庇ったの?…血が出て、痛いよね?
話し掛けたくとも、上手く言葉が紡げない。庇われた私は無傷でも、震える身体は何も機能せず、ただ呆然とするだけ。漸く
「……うっ。…君は大丈夫だった?…どこも怪我してない?」
「…だ、大丈夫。それより…血が……」
「…本当に?…大丈夫?」
私は何とか声を絞り出し、首をブンブン振って否定した。君の方が酷い怪我をしたのに、心配げに私の顔を覗き込む。怪我してないと分かり、漸く安堵してくれる。同年代で背丈もほぼ同じ幼い子供が、友達を受け止めるのは容易ではない。
あの子とは知り合って直ぐ、仲良くなった。人見知りな私が、初めて自分から友達になりたいと、勇気を出した相手でもある。自らの苦痛より、他人を優先する温かみ溢れる優しさに、私はつい泣き出しそうになった。彼らの虐めに耐えられても、友達の思いやりには勝てそうにない。
…自らを正当化し、敵対した相手を非難する時点で、貴方達の負けよ。私が泣くように仕向けたようだけど、残念ながらそんなことぐらいで、絶対に泣いたりしないの、私はねっ!
「…庇ってくれて、ありがとう……」
「このくらい、へっちゃらだ。この程度の怪我は
首を振ってお礼を言うのが、精一杯の私にふんわり微笑んで、自分は怪我に慣れていると言いたげに、私の冷静な態度を褒めてくれる。その当時から未だ勘違いしていた私は、友達の一人称が何であれ、一向に気にすることもなく。
…同年代の子供とは思えぬ、お褒めの言葉をいただいてしまったわ。女の子だから怪我したら大変だと、言いたいのかな…。それは君も、同じじゃない。私の姉に見劣りしないような、美少女なんだから……
あの子とは、神代家の神社で知り合った。おばば様
「…紗明良さん、どうかした?…先程から、顔色が悪いようだが…。もしかしてあまり車に乗らないのかな?…車酔いでもしたのかな?」
「…あらあら?…本当ね。顔が青褪めてるけど、どうしたの?…また考え事に夢中なのかしら?…ん?…それにしても、変だわ。あれだけ聞こえていた心の声が、今は全然聞こえてこないもの…」
忘れていた昔の記憶を、数年ぶりにやっと思い出しかけ、私の意識は過去に飛んでいたのだろう。意識のない私を心配し、高峰君と朱里さんから話し掛けられても、応じられないほどに。私の瞳には何も映さず、周りの音も遮断して。
彼らが心配する傍らで、私は過去に囚われる。何も聞こえず何も見えず、只管思い出の中で藻掻いた。私を庇った友達は、遠い記憶の中にいる。ふと誰かと重なる気もして、思い出そうと記憶を手繰り寄せ、躍起になっていた。そうして私は漸く、長年の間見失っていた大切な何かを、見つけたのだろう。
…ん?…あれっ?……もしかして君は………
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「…きみが、さあちゃん?……よかった、みつかって…」
私を呼ぶ幼い子供の声に、ハッとする。脳裏に蘇った光景は、目前の人物が明確になるほど、鮮明に再現された。自らも幼い子供に戻るように、更なる過去へと遡っていく。あれほど消したかった過去と共に、原点とされる記憶も思い出す。
これは
「……えっと…だれ…?」
見知らぬ子供が駆け寄って来て、
「ぼくは『りおん』だよ。『リオ』って、呼んでほしいな。さあちゃんがいなくなったときいて、しんぱいになってさがしていたんだ。きみはサニワなんだから、なにもなくてよかった…」
見知らぬその子は、お日様みたいにふんわり微笑んだ。今は誰も呼ばなくなった愛称で、久しぶりに呼ばれた私は、擽ったく思う。いつ何処で私の呼び名を知ったのか、何故私を探していたのか、何故私が
「……リオ…ちゃん……?」
愛称とはいえ『ちゃん』付けで呼べば、整い過ぎた顔を寂し気に曇らせ、ちょっとだけ不満そうにする。私の姉に遜色ない美形な容姿は、その時生まれて初めて見た気がする。幼かった私には、不満な素振りが理解できないものの、その子の持つ神秘的な何かに、すっかり気を許していく。いつしか姿を見せなくなったその子を、私の記憶から存在も丸ごと、忘れてしまったようである。
「紗明良さん、大丈夫?!…僕の声、聞こえる?…聞こえたら、返事して!」
稲妻が体中を走るかの如く、唐突に現実に戻された。瞳を開いた状態で、瞬きもせず固まっていたとは、思いもしなかったけど。一切身動ぎしない私に、高峰君は声を張り呼び続けてくれた。彼の叫ぶような大声が、私を覚醒させたらしい。
……もしかして、私の勘違い?…いいえ、勘違いではないよね…?
余計な心配を掛けたのは、本当に申し訳ないと思う一方で、私の頭の中は意外と冷静であった。今更ながらも、パズルのピースがピタリとはまる。成長途中の今の私が、未だ疑い確信できずにいるのに、頭の中の幼い私は正解だと頷く。
「……リ……た、か、み、ね、くん……?」
「うん。君のクラスメイトの高峰
私は声を何とか絞り出し、私に呼び掛けた人物の名を、口にする。取り敢えず私の今の状況より、この場を丸く収めなければと思いながらも、現実を受け入れるのがこれほどに、恐ろしいとは知らなくて。
外国人みたく片言になったけど、高峰君は寧ろ不安げな私を、安心させようという気遣いが感じられた。私に自己紹介するように、名乗ってくれる。彼のフルネームを改めて聞いて、私は初めて後悔した気分だ。今まで後悔しないよう、真っ直ぐ前進し続けてきたけれど、彼の前では私は…ポンコツになるらしい。
車に酔ったと心配する彼に、「違うよ」と言いたいのに、胸がチクチク痛んで邪魔をする。元々私は、車に酔いやすい体質でもないし、電車通学する理由も別の理由だからで、今まで車酔いをしたことは、一度もない。神代家の次期後継者でもある私は、夏休みなど長期休暇中には、おばば様の助手をする。顧客の元へ出向く為、おばば様と共に神代家の車に乗るのは、一度や二度ではなかった。
私がおばば様の後継と、気付かれない場合も多い。可愛い孫を連れ歩きたいから助手にした、と勘違いされた節がある。その一方では、逆に薄々気付かれていると、思うことも稀にある。おばば様は仕事をする上では、絶対に公私混合しない人だ。それを知るからこそ、気付かれたのだろうと思われる。
「…紗明良は車に酔うこと、何度かあったの?」
「…ううん。今までは…ないわ。だからね、これは……」
…朱里さん、正解よ。私の事情を、よくご存じですね?…私の守護霊である朱里さんは、神代家のご先祖さまでもありますもの。最近、常にずっと共に過ごしていたからか、私のプライベート的な事柄も、熟知されていらっしゃる。ふふふっ…」
私は冗談めかしつつ心の声で、会話したつもりでいた。朱里さんならば、速攻で当然だとでも言わんばかりに、巫山戯ながらも自慢げに宣る、という場面であるだろう。しかしどれだけ待っても、彼女からは返事がこない。小首を傾げつつ彼女を見れば、彼女も怪訝そうに眉を顰め(私にはそう見えた)、私を見返してきた。
……ん?…今の朱里さんの顔は、どういう意味なの?…私の心の声が、聞こえているはずなのに。…ん?…まさか本当に私の声が、聞こえていなかったりして……
「…紗明良。今も心の中で何か、呟いているのかしら?」
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前回から後半の章に突入し、これからは恋愛メインとなるはず…?
ちょっとずつ、恋愛の方に近づいてきたかな……
ここまで長かった…。前回、紗明良の過去の一部が明かされ、その続きで今回も過去を交え、ストーリーが進みます。紗明良の過去は無意識に、前回から今回前半にかけてと、後半にかけてと2段階に分離した、というややこしい設定です。後半からは、更に過去の記憶へと遡ることに。
今回のストーリーの中では、紗明良の男性恐怖症になった原因は、ハッキリさせていません。少しずつネタバレするみたいに、明かしていこうと思います。次回は漸く、神代家に到着するかどうか、というところかと…。
※漸く先が、見えてきました。長くなったので一度章を区切り、前回から新章になりました。飽くまでも2章で、完結する予定です。但し、本作終了後の番外編は、別とします。今後は完結に向けて、邁進していくつもりです。
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