z.時期尚早過ぎたようだね
「…いや、何も言ってないよ。」
私の問いに、すぐさま彼は否定した。考え事に夢中だった私は、彼の話を聞き流したらしい。彼が我が家を知っていたという事実に、それほどに頭の隅で引っ掛かっていたのだろう。
高峰君が何か呟いたと、気付いた時。彼は車の天井を見上げ、車外にいる朱里さんを呼び戻そうと、声を掛ける直前であったようだ。声に応じスッと天より舞い降りる如く、ごく自然に彼女が車内へ現れても、全く気付かずにいたが。その後の車内には、嫌味の応酬で凍り付く寸前だったと、
…私達が話し合っている間、朱里さんは車と並んで飛んでいたのね…。風を切るように空に浮かぶのは、随分と楽しかったようだわ。いい気分転換になったようだけど、それをドライブと表現するは、甚だ疑問と言うしかないけれど…。まあ、楽しんでいたのなら、良かったわ。
私が考え事から我に返った時、車内には何とも言い難い空気が漂い、私が口を挟む余地はなかった。彼女が
「彼は時々私を敵視するわ、裏で色々と画策しているわで、それが…いくら貴方の為とは言えども、私も安易に認められなかったのよ。」
「紗明良が本気で嫌なら、拒否すればいいの。貴方は滅多に我が儘も言わないのだし、私は何時でも貴方の味方よ。貴方が嫌だと言えば、私が助けるわ。」
「…へっ?!……朱里さん?……行き成り、何を…?」
「彼が何を言ったかは、知らない…。でも貴方は、困ってるんじゃないの?」
何の前触れもなく向けられた言葉に、私は目を白黒させる。彼女は彼をチラリ見てから、まるで高峰君から嫌なことされたとでも、決めつけるように告げた。私は彼女の意図が分からず、返す言葉もなく困惑していると。
「…朱里さんの勘違いですよ。僕の不利な方へと話を蒸し返すのは、止めてもらえませんか?」
「…そう聞こえたのなら、謝罪するわね。だけど私は本人から直接、聞きたいのよ。私は紗明良の保護者も、同然ですもの。私の許可を取って頂戴。」
高峰君は横から口を挟み、朱里さんに抗議した。彼のことは苦手だけど、抑々そこまで嫌いなわけじゃない。其れよりも彼女には、何時から私の保護者になったのかと、文句を言いたくなる。同年代に見える姿は私に、友人に近い感情を植え付けたかもしれないが、神代家ご先祖様でもある彼女は、私よりも人生経験が豊富だし、実年齢はずっと上であるだろう。
「朱里さんの許可を得れば、良いんですね?」
「…容易には、許可しないわよ?」
「ガ~ン、ショック~」という擬音が、漫画や小説の如く頭に響いた。19世紀から20世紀頃、人気のあった漫画や小説は、30世紀の現代でも読める。現代でも漫画や小説の需要はあり、時代背景の細かな設定は異なれど、多くの共通点が見られた。今の2人の様子はまるで、漫画の登場人物達に当て嵌まる。許可するしないで勝手に盛り上がり、私の気持ちはガン無視されたようで、悲しくなる。
「…朱里さんは何時、私の保護者になったのよ。私は…友人みたいに、思ってるのに…」
「…えっ?……紗明良は本気で、友人みたいに思ってくれるの?…現代人の紗明良からすれば、お
不貞腐れたように言う私に、彼女は困惑した素振りを見せた。それだけ私との年月の差を、気にしていたんだろう。私は今更ながら、彼女の本音に触れた気がする。長年私を見守り続けた所為で、未だ幼子に見られているのかもしれない。
「朱里さんはちっとも、お祖母ちゃんじゃない!…出逢った頃から私は、姉も同然の家族のように、思ってきたわ。だから…そんな風に、言わないで…」
「……紗明良………」
幽霊と同類だと怖がってはいても、彼女をそういう風に見たことは、一度もないと胸を張って言えた。彼女は神代家のご先祖様だけど、お祖母さん扱いするのとは、訳が違うと思う。
私は敢えて言葉にして本音を吐露すれば、朱里さんの顔がくしゃり崩れ、今にも泣きそうになったように見えた。自らの人生を終えた後も、守護霊達は魂だけの存在となる。最早年の差など何の意味もなく、人生の大先輩として尊敬されるべきだ。そして彼女には『家族』という言葉が、一番相応しいと私は思っている。
私の心の声が聞こえたはずなのに、朱里さんは何も言わない。今にも泣きそうだった顔から、僅かに微笑んだように見えたのは、私の自意識過剰なの…?
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「それで、朱里さんは紗明良さんの保護者として、僕を認めてくれますか?」
朱里さんと私の遣り取りを、暫らく黙って見つめていた高峰君。何故かにっこり満面の笑みを浮かべ、ご機嫌な様子で私達の会話に割り込んだ。私と友人になったとでも告げ、朱里さんに認めてもらうつもりかと、私は思わず青褪める。
「…高峰君。ここは、感動する場面よ。折角感動していた想いが、何処かへ飛んで行ってしまったわ…」
「…はははっ。それは…朱里さんに、申し訳ないことをしましたね。僕ももう暫く2人の友情を、微笑ましく見守りたかったんですが…」
「敢えて口を挟む必要が、ある?」
高峰君は態と、朱里さんを煽っているように思えた。彼女はそれに気に入らないという様子で、顔を顰めて見せた。それほどに、彼を認めたくないようだ。プイッと顔を背ける仕草に、私は愛らしいと見惚れる。
…これが、『ツンデレ』?…朱里さんのツンデレ姿、初めて見たわ…。年の差なんて感じさせないぐらい、可愛いすぎるっ!!
20世紀前後の頃には、『ツンデレ』という言葉が存在していた。徐々に生粋と言える日本人が減っていき、ハーフやクォーターや外国人が増えていき、こうして時代が変化していくにつれて、ツンデレ日本人達も激減していったらしい。現在の私達の時代では、死語も同然の扱いである。だから私もどういうものか、具体的に知る由もなかった。
抑々『ツンデレ』は、自分が好意を寄せる異性に対し、態々嫌われるような行動を取り、相手から誤解される行為であるらしい。この独特の言動は、照れ屋な日本人にしか理解できないと、されている。
一般的に外国人は何に関しても、白黒ハッキリさせる傾向がある。しかし、照れ屋という日本人も減りつつあるのか、今の時代では『ツンデレ』は既に、過去の遺物同然の扱いであった。私もツンデレ言動に興味はあるが、それは単に歴史を知る上で…という、興味でしかない。知識はあれど、見たことは一度もなかった。
「僕は朱里さんにも、認められたい。彼女が大切に想う貴方を、僕も大切に想いたいから…。貴方とも打ち解けたいと、心から願います。」
「……はあ〜。貴方は本当に、人心を操るのが上手いわね。紗明良が本心から嫌がってなければ、私がどうこう言う資格はないもの。抑々認める以前に、私が反対する理由もないのよ…」
「……???………」
…何となくだけど、分かる気がする。恥ずかしい上に照れ臭くて、余計につんつんして素直になれなくなる、そういう乙女心が…。私は…ツンデレではなく、高峰君に対して単に警戒しただけなんだけど。…う~ん。朱里さんのツンデレは、高峰君に向けられていないような?…では一体、誰に向けられている?…否、抑々私が嫌がっているかどうかが、どう関係してるの?
彼らがこうして化かし合う様子を、私はぼんやり眺めていた。会話の内容も話の流れも、本題から脱線しているように思う。私は私で、彼女のツンデレ姿が可愛すぎて、自分の世界にどっぷり漬かっていて。
「…それは、朱里さんのお許しを得たと、思っても良いですか?…紗明良さんとはこれで、家族公認も同然ですね?」
高峰君の一言に我に返った私は、目を見開きギョッとした。朱里さんが諦めたように言った言葉を、どう捉えたらそういう話になるのか、頭を抱えたくなる。高峰君は
「……っ、ちょっと!!…いくら何でも、家族公認は早過ぎるっ!」
「……っ!!…ちょっ、ちょっと!…家族公認って、何!?」
嫌な予感しかしない。驚き叫ぶ私の声と、彼女の狼狽えた声が重なった。私も彼女も相当に、テンパっていたのだろう。普段の私であれば、思わず噴き出していたはずなのに、今は…そんな心の余裕すらなかった。高峰君は一体何をしたいのかと、問い質したい気分になる。
「……くくっ。本当に2人は、仲が良い。本気で嫉妬したくなるよ…」
「…茶化さないで。口を挟む資格はないと言ったけど、反対しないとも言ってないんだけれど…」
年頃の女子ならば誰もが、うっとり見惚れる笑みを浮かべ、高峰君は私達の仲を茶化した。狭い車内で間近で見た笑顔は、私でさえ誘惑されそうになる。恋に落ちるまでは行かずとも、心臓がドクンと跳ねた。単純に乙女心が揺らいだだけと、自らに言い訳までもして……
「『家族公認』と告げたのは、流石に時期尚早過ぎたようだ。これでも僕は一途なんだよ。今までももう既に、16年待ったよ。今後何年掛かろうと、待つつもりでいるよ、僕は…」
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車内の中でのやり取りが、続いています。やっと朱里さんが戻って来て…
前回は車内で2人っきりとなりましたが、今回冒頭部分で朱里さんが戻って来ています。紗明良と高峰君の関係も、紗明良と朱里さんの関係も、微妙に変化してきた模様ですが、紗明良が自覚するまでには、まだもう少しかかりそうな……
今回も、紗明良の家に到着しませんでしたが、次回も到着しないかも。
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