y.何時、何処で、どうやって
ただでさえ逃げ場のない車の中、高峰家の車に同乗した私が逃げるのは、ほぼ不可能に近い。然もたった今、朱里さんは彼の側についた。そうなれば、私を援護してくれる人(?)は、此処に居ないも同然だ。
上手く逃れる
「私は暫く外の景色でも見てくるから、後は2人でよく話し合いなさいな。」
「ありがとう、朱里さん…」
「………えっ?……ちょ…ちょっと、朱里さんっ!?」
朱里さんは何を思ったのか、自分は車の外に出ると宣言した後、まるでお見合いの場のような
…えっ?!…何なの、急に…。空気を読んで2人っきりにした、という意味じゃないよね?…両想いじゃないんだから、嬉しくなんかないわよ。高峰君からの非難めいた視線も感じて、振り向くのが怖いよ~~!
私はギョッと驚き、慌てて彼女を引き留めようとしたが、彼女の方が一足早く姿を消す。私の声は虚しく、車の中に響いた。彼女は応えることもなく、気配も感じられなくなる。ある一定の距離以上は離れられない、それは変わらないはず。絶対、直ぐ近くに居る。少なくとも車の真横には、漂っていないらしい。
「神代さん。折角、朱里さんが貴重な時間をくれたことだし、少しでいいから僕の話を聞いてくれる?」
「………はい。…分かりました……」
何時までも窓に張り付く私に、高峰君の方から話し掛けてきた。朱里さんが話す機会をくれた…とか言われると、私も断る理由もない上に、諾と応じるしかなくて。私は渋々諦め、高峰君の話に向き合おうとする。
「僕は以前から、君を知っていた。君が今の高校を受験すると知り、僕も受験することにした。ずっと君に、会いたかったんだよ。あの頃と変わらない君を見て、僕は凄く…嬉しかった。なのに、君は僕を忘れていた…」
「……っ!!……」
高峰君が以前から私を知っていたことに、私は暫し呆然とする。同時に、酷く悲しげに微笑んだ彼を見て、私の心臓がドクンと大きく波打った。衝撃を受けた私の脳ミソは、異常にフル回転しすぎたのか、吐き気寸前までいったかも。会いたかったと言われても、私は何も思い出せず。
…な、な、何ですとっ!…私と高峰君は以前から、知り合いだったとか?…何時何処でどんな風に、知り合ったの?…高峰君は覚えていても、私が一切記憶のないのは、どういうこと…?
頭の中でそう叫び、見悶え苦悩した。僅か数秒のことであるはずが、何分も何時間にも長く感じる。私の声が聞こえるはずの朱里さんは、姿も見せず何の応答もしない。だから、本人に直接確かめた。
「……以前から私を、知っていたんですか…?」
「…うん。会ったのは、ほんの数回だけだ。それでも、僕にとっては忘れられない出来事で、大切な思い出だよ。だけどあの頃の君にとって、思い出したくもない過去でもあるようだし、仕方がないと思う…」
「…………」
彼は迷いなく肯定し、懐かしげに昔に思いを馳せたようだ。彼には大切な思い出であれ、私にはいい思い出ではないようだ。彼は苦し気な顔で瞳を伏せ、微かに震える声で語る。私を揶揄っていた彼だけど、他人を騙したり嘘を吐いたり、そういうことはしない人だと思う。況してや人を馬鹿にしたり、差別したりしない。これは本当のことだろう。なのに私は、何も思い出せないなんて……
…私は記憶力が良い方なのに、高峰君と知り合った経緯さえ、少しも覚えていないのはおかしいわ。彼との出会い自体が、私には余程最悪すぎたのなら、それはそれで嫌な記憶が残るはずなのよ。どういう
「尾上さんは、僕の本音に気付いている。だから後は、僕に任せてほしい。」
…ああ、そうか。尾上さんは、高峰君が好きなんだね?…高峰君は、誰か好きな人でもいるのかな?
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私と高峰君は、幼馴染のようなもの。それを尾上さんは、勘違いしたのかもしれない。私が違うと伝えても、彼女は信じないことだろう。彼が彼女以外の異性に、何らかの好意を向けた時点で、面白くないらしいから。
「……高峰君とは、高校で初めて会ったとしか…」
「無理をしてまで、思い出さなくていいよ。今直ぐどうこうするつもりは、ないんだし…。君が嫌な思いをするのは避けたいけど、それでも…君の親友程度には、昇格したいかな。君に敬語で話されるのは、他人行儀すぎて寂しくなる。だから、今から敬語はなしだよ。」
「…あ、はい……あ、うん。…でも、学校ではちょっと…」
何か思い出そうとして、私はうんうん唸っていたようだ。私が嫌な思いをするぐらいなら、無理に思い出す必要はないと、気遣ってくれている。私が優しいなあと感謝していたら、何時の間にやら高峰君の思惑通りに、誘導されていた。
…今はまだ、他の生徒達に知られたくない。別に彼と、恋人同士になったわけでもないのに、親しく話していたら疑われそうだもの。…あれっ?…私ってこんなに、臆病な人間だったっけ?…昔はもっと言いたい放題、言っていた気もする。まだ何か他にも、忘れていたりする?
彼を侮れないと再認識した私に、いつの間にか主導権を握った彼は、私が突き放せないように話を持っていく。学校では無理だと告げたのは、私の精一杯の抵抗だ。周りの生徒達の視線を集めるのは、絶対にお断りしたいわけでして。
「…ふうん、僕は…其れでも良いよ。学校以外でも、会ってくれるということだろうし…。君と何処かへ出かけてもいいし、一緒に勉強するのもいいよね。」
「……うっ、それは……」
やられた…と、私は後悔した。学校がダメだけど学校外はいいと、彼の思い通りに変換された。やはり高峰君の方が、一枚も二枚も上手のようだ。
「……偶になら…」
「…うんっ!!…じゃあ今から、僕達は親友だ。」
私はこれ以上否定できず、受け入れる。学校外が嫌なら学校で…と、話を戻されても困る。私が納得していないと知りつつも、私が了承した途端にパア~と明るい顔で、幼子のように微笑んだ。心の底から嬉し気に…。恋人になったわけでもなく、親友になったぐらいでこれほど燥ぐとは。
私の方が、恥ずかしくなる。思わず顔が赤くなりかける一方で、同時にチクリ胸が痛む。私は単に彼に流されただけで、彼のように嬉しいと思っていない。それが、何となく騙しているように思えて、心苦しくなった私である。
親友になったと喜ぶ彼を見て、恋人になったらどうなるのかと、ふと浮かんだ思いをすぐさま否定した。私には関係ない話だと、平気なふりをして。何となく憂鬱な気分になっていくのは、何故だろう。私は尾上さんとは違って、高峰君に恋をしているわけでもないし、彼からも好きだとか恋人になってとか、言われたわけじゃないのに。もやもやするような何かを感じつつ、自分の心にフタをした。
「では早速なんだが、今度の週末はどうかな?…ケーキの美味しい店を、知っているんだ。良かったら、一緒に行かないか?」
「…えっ、ケーキが美味しいお店?……うう、行きたいかも…」
「じゃあ、決まりだね。今週の土曜日10時で、どう?」
「……あっ、うん……」
何だか更に、グイグイ押してきている気がした。単純に、学校以外の方が安心だと思っただけで、それは間違いだったかも…と既に後悔している。ケーキにホイホイ釣られ、私がOKすると見抜かれていたらしく……
「その日は迎えに行くから、家で待っていてくれればいいよ。」
「…えっ!?……私の家を、知っているの?」
「今から行くんだし、当然じゃないか。……本当は知ってたんだけどね…」
「…あっ、そうだね。……ん?…何か言った?」
「…いや、何も言ってないよ。」
土曜は家まで迎えに行くと言われ、私は現実に戻ってきた。私の家を知っている風な口ぶりに、ギョッとする。そこまで知るほどの仲だったのかと、思ったからだ。今から私の家に向かっていることさえ、すっかり忘れていたみたい。
……ん?…あれっ?…私は何も教えていないはずだから、朱里さんが私の家を教えたんだよね?
突然一緒に帰ることになり、私の家が何処なのかまだ教えていないと、漸く気付いた所為で私は、彼が途中から小声で呟く
「ありがとう、朱里さん。今話すべき大事な話は、伝えることができた。もう戻って来てくれても、大丈夫だ。」
「そう、意外に早かったのね。私は久々に、ドライブ気分を楽しんだわ。車と並んで飛んでみたけど、良いストレス発散になったかしら。」
「除け者にしたかと思ったけど、逆に楽しんでいたんですね。もう少し遅く呼んだ方が、良かったのかなあ…」
「…ふふふっ。貴方って本当に、良い性格をしてるわ。だけど、何も隠さず見せてくれているのは、私を信頼した証だとでも、思っておくことにするわね。」
「勿論朱里さんは、誰よりも信頼できますよ。だからこそ、僕の全てをお見せするつもりです。僕は何も隠す必要もないし、本音を隠す気もありませんから。」
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車内の中の話が、続きます。今回は本当に、2人っきりに……
迎えに来た高峰家の車の中で、紗明良と高峰君は2人っきりに。デートっぽい約束を交わしましたが、肝心なところは噛み合っていないような…。彼の方は態と暈しているっぽいですが、あの紗明良には今一通じていませんね。朱里さんの方も紗明良次第では、どういう態度を取るか分からないし。
紗明良の家に着くかどうかは、次回の進行次第でしょう。
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