x.初めて見る姿に、ドキリ…

 「…あ、あの…そんなに自分を責めなくても、いいですよ。私は気付いてもいなかったし、特に当番の日や相手にし…」


自分の所為で巻き込んだとばかり、自らを責め続ける高峰君に、当初は私も何の言葉も掛けられず…。し~んと静まり返る車の中は、男子と一緒に過ごすだけでも、私にはかなり気が重い。それなのに…彼が懺悔するから、狭い空間が更に重苦しく感じてしまう。


重い空気を吹き飛ばそうと、私は大丈夫という意味を込め、彼を励ます。尾上さんに一方的に言い寄られ、敢えて無視した上で放置していたと、あの頃に自分がきちんと対処すれば…と、後悔する彼に私は本心を告げた。


決して彼の所為では、ないだろう。高峰君が好きじゃないと言っても、尾上さんが簡単に引き下がるかどうか…。答えは…NOだよね。五十三君や高峰君の話からも鑑みて、彼女がきっぱり諦めるとは思えない。彼女は何が何でも、自分が一番可愛い人種だろうから。他人の話は聞かず、自分を中心に世界が回ると信じ、恋をした相手より自らを愛する、そんなタイプの人間じゃないの…?


 「…ハハ。君に方が、傷つくよな…。僕は直ぐに、気付いたというのにね。…まあ、尾上さんと一緒の当番に変えられた時点で、気付かない方がおかしいんだが…。彼女は僕を何だと、思っているのかな…」

 「…ああ、確かにそれは…私が高峰君の立場でも、気付きますよね…。そう言えば私の相手は、誰だったんですか?」

 「多分、君は…知らないかな。」


落ち込む高峰君を慰めたつもりが、私の励ましに更に落ち込んだ。何時いつものように私を揶揄う元気もなく、明らかに空元気からげんきの乾いた笑い方をする彼に、私は調子が狂う。何がいけないのか分からず、戸惑っていた。


…うわあ~。自分が避けている人と当番になって、何も気付かないわけがないじゃない…。それでなくとも高峰君は、学年で成績がトップだと噂される人で…。そんな彼が気付かないと、本気で思っていたとでも…?


そこで私は、ふと気付く。私の当番の相手は、誰だったのか…と。高峰君は何故か歯切れ悪くて、何かを隠そうとするみたいな、はっきりしない言い方だ。同クラの生徒には違いないのだけど、確かに私は知らないかもね…と思いつつ、彼の言葉の続きを待った。


 「…君の相手は、『クライ』だった。彼は見かけや性格に難があり、女子の大多数が嫌う部類かな。だから彼女は態とだろうが、君には何の非もないことだから、気に留める必要もないよ。」


不審に思う私が、ジッと彼を見つめれば、私に根負けしたとでもいうように、やっと相手が誰なのか明かしてくれた。『クライ』と呼ばれる男子は、『〇くら』という本名だったっけ…。見た目が根暗っぽく、苗字となぞかけしてそういう仇名あだなに、なったはずである。


 「…クライ…君?…それ、仇名ですよね?…私は別に…気にしませんが?」

 「君が気にならなければ、良いが…。他の女子やクライに知られる前で、本当に良かったかな…」


これは後で知ったことだけど、クライ君は見た目もダサく、漫画やアニメに登場する根暗キャラくりそつで、見た目も中身もモテない男子だ。根暗でも隠しイケメンだとか、性格は優しく正義感があるとか、残念ながら同クラのクライ君に、そんな要素はない。性格も逆恨みするような粘着質な男子で、尾上さんが私の相手に選んだのは、…と、納得したぐらいだよ。


その時の私は、何も知らずにいた。仇名の由来は知っていても、クライ君の容姿なども記憶になく。尾上さんの悪意を明確に知った時、温厚な私も怒りが込み上げてきたよ、流石にね……


私とクライ君は実は両想いで、隠れて付き合っているとして、クラスの生徒達の前で侮辱するつもりだったそうな。五十三君と高峰君も彼女の思惑を知り、私にハッキリ言いづらかったんだろうね。これが実際に起きていたら、きっと…私が傷つくよりも先に、好華ちゃんや希空ちゃんが、物凄く怒りながら否定してくれたはず。朱里さんも…声は届かずとも、同様に怒ってくれるよね?


今の私は、其れだけで十分に勇気づけられると、確信している。自分を信じてくれる味方が居るから、私は落ち込むことはない。自分を理解してくれる仲間が居るから、私も強くなれる。昔みたいに、言われた言葉に傷つくだけの、私じゃない。


 「高峰君と私は、別の日の日直当番だったんですよね?…どうして本来の今日の当番に、戻さなかったのですか?」


だから私も思い切って、もう一歩踏み出すことにした。私の中にふと燻った新たな疑問を、高峰君にぶつけてみた。






    ****************************






 「…っ!…いや、それは…尾上さんと同じことを、僕達もするわけにいかなかったからね。元々僕も気付いたのが、昨日の授業後だ。本来の当番に連絡するのは、間に合わない。君に合わせて僕が当番をする方が、最も手っ取り早かった…」

 「…なるほど、そうなんですね。これは…五十三君から聞いたのですが、高峰君が日直当番を楽しみにしていた、と…。何がそんなに楽しみでしたの?」

 「……っ!!………そ、それは………」

 「………???………」


私が問う理由に、それほど深い意味はない。私も被害者の1人である以上、私にも知る権利があると、思っただけである。何故、今日の当番が私達2人になったのかと、ふと疑問に思う。


高峰君の言い分は、尤もである。彼が本来の当番相手と組めば、ちょっとばかり違う事情があっても、特に問題にはならないだろう。今日気付いたフリでは、尾上さんの思う壺だったはずだし、責任感の強い彼は私に合わせ、急遽当番を申し出てくれていたんだろう。だけど、彼が当番を楽しみにしていたというのは、どういう意味なんだろうかと、私は不思議で仕方がなく……


…ん?…高峰君の様子が、何だかおかしい…。さっきから焦る素振りや、挙動不審な慌てぶりなのは、何なの?…ええっ?!…どうして真っ赤になるのよ!?…私、変なことでも言ったっけ?


今日の当番に関して問い掛けた後、彼の様子はおかしくなる。そして、何がそんなに楽しみなのかを問うたら、更に動揺した様子を見せ始めた、高峰君。熟したりんごの如く赤面した彼に、私はポカンと口を開ける。彼のこんな姿を初めて目撃し、仰天した私は目をパチパチ瞬かせ、赤面する彼をジッと凝視して。


 「…君と一緒に、当番ができるからだよ。一緒に当番をすれば、今みたいに一緒に居る時間もグッと増えるし、少しは…とか、期待して…」


暫らく言い淀む様子を見せながら、彼は真っ赤な顔でやっと決意した、というスタンスを取る。強い意思を瞳に宿らせ、普段より低音で抑えた声を出し、以外な内容を私に告げてくる。声は私の耳にしっかり届いたものの、思いもしない内容を告げられ、私の頭は軽くショートしたみたい……


 「………へっ?!………」


未だに思考が纏まらず、年頃の女子らしくない声が、つい飛び出した。恥ずかしいという羞恥より、私の頭の中は無に近い。私と当番すれば、一緒に居る時間が増えるとか、少しは進展すると期待したとか、現実のことには思えずに夢現な気分で、他の言葉が全く頭に入らない。


…今のは、私の聞き間違い?…まさか、また揶揄っている?…ううん、そうじゃないよね…。いくら何でもこの状況で、嘘だったり揶揄っているとしたら、人として誠意がなさ過ぎだ。高峰君はそこまで酷い人ではない、と思うけど…。


私と彼の接点は、まだ最近になってからだ。彼が当番を楽しみにするほど、私との時間が楽しいと思うなんて、思ってもいなかった。私が尾上さんみたいに美人だとか、そういうわけでもない。彼が私に好意を持つこと自体、有り得ないことだと思うし、私には特に何の取り柄もなく。


 「僕も…こんな形で、言うつもりはなかった。だけど今日を逃したら、また誤解されそうだからね。」

 「…………」


高峰君が何を言いいたいのか、私は分かるような分からないような、私としてはまだ曖昧にしておきたかった。心の準備がまだできていなくて、怖いと思ったから。何の心の準備だと、自分で突っ込みたいぐらいだけど、それぐらいに自分が一番、自分の気持ちに。どうリアクションすれば、いいのか…


 「そうよ、もっとハッキリ言って頂戴!…紗明良は未だに、自分に自信が持てないのよ。だから、また逃げるわよ。」

 「……っ?!……しゅ、朱里さんっ?!」


そこへ朱里さんが、口を挟んだ。私の味方のはずの彼女が、高峰君を煽って私の逃げ道を塞ぐ。私は泣きそうな情けない顔で、朱里さんを睨みつけた。


…ちょ、ちょっと、朱里さん!…何を言い出すのよ。自信が持てないのは本当のことだけど、私が逃げるとかおかしなことを、言わないで!…私は何処に逃げると、言いたいの?…朱里さんの裏切り者!!…私の味方だと、誓ったくせに……


常に私の心の声を聞いているくせに、どうして高峰君の味方をしたのか。私の本音を知っているくせに、どうしてこんな時にこそ、味方してくれないのか。私の不満が、爆発する。本気で裏切るとは思ってはいないけど、絶対的な見方だと信じていた所為で、ちょっぴり落ち込んだ私である。


 「失礼ね。これぐらいのことで、紗明良を裏切ったりしないわよ。それに…貴方ははっきりと言われない限り、現実から逃避する癖があるの。…高峰君。紗明良にこれ以上、逃げる隙を与えてはダメ。だから、此処ではっきりさせて頂戴!」

 「…朱里さんの許可をもらえるのなら、遠慮なく言わせてもらうよ。朱里さんからお墨付きをもらえたようだし、自分も認められたような気がして、凄く嬉しい。貴方の期待に添えるよう、頑張るよ。」

 「感謝してよね。のチャンスだと思って、頑張ってほしいわ。」


…何となく嫌な予感がしているのは、私だけ…かしら?






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 車内の中での話です。狭い空間に、2人っきり…じゃなくて、運転手さんには見えないけれど、守護霊の朱里さんも乗ってます。高峰家の車で、送ってもらうことになった紗明良たち。前回から、車内での会話が続きます。そして…愈々、告白になるのかな…?


次回は、本当に2人っきりに……?!



※前回から随分と、間が空きました。長らく体調を崩し、久々に何日も寝込んでしまって、小説の更新も大幅に遅れてしまいました。そうした理由から、更新頻度などに関係なく、続きの更新の準備ができたものから、順次更新していく予定です。申し訳ありませんが、年末年始は当分の間、筆者本人も予測不能です。

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