w.帰宅は2人だけの空間で!

 「え~と、これは一体…どういう状況ですか?」

 「…ん?…いや、君と約束した通り、家まで送るつもりだけど?」

 「…いえ、家まで送るのもおかしいし、何でこうなったのか知りたいです…」

 「…?…僕を待っていた所為で遅くなったんだし、家まで送り届けるのが当然だと思う。」

 「…それは一旦、横に置きましょう。それより高峰家の車に乗る理由が、私には分かりません…」


私達は今、高峰家所有の車に乗車中だ。「一緒に帰ろう」と、高峰君に半強制的に連れて行かれ、校門門前に停車した車の中に、有無を言わせず乗らされた所為か、混乱する間にあれよあれよと進行し、乗る前後の私の記憶は飛んでしまった。


 「…ああ、そのことか。うちの車で送ると、っけ?」

 「…全く聞いてませんからっ!…途中まで一緒に電車で帰るとしか、思ってもみませんでしたよ。まさか、高峰家のマイカーで帰るなんて…」


電車で帰るものと思い込んだ私も、よく考えれば分かったことだ。高峰家は我が国でも其れなりの名家で、彼自身も車で登下校していると、容易に想像できる。電車で登下校する私の方が、この学校では異例だと言うのに。


 「…ぷはっ!…神代さんのセンスは、面白いね。確かに高峰家が所有する車であるし、高峰家専属の運転手付きではあるから、高峰家のマイカーと言っても、あながち間違いではないけどね。」

 「…………」


高峰君が言った通り、実際はマイカーどころの。運転席と乗車席とは完全に遮ぎられ、運転手と顏も合わせず乗車可能な上、後部席側の話を聞かれる心配もなく、運転手に用件を告げる際は、車内の無線通信機器で話し掛ける形式だ。20数世紀に最も高級車扱いされた外国車に、内装は似ているものの外観は違う。それでも4名がゆったり乗れるほど、十分な広さがある。


30世紀に入ると大型車も減って、街中では小型車しか見掛けない。排気など深刻な環境問題から、我が国の法律でも大型車の製造・販売・購入を禁止、公道を走るのにも条件が設けられている。


高峰家の車は中型の範囲で、法律にはギリ引っ掛かからないらしい。この系統の乗用車は、神代家おばば様も所有するほど、裕福な家では専用車として重宝するそうだ。実は…私は既におばば様の車に乗り、こういう車にも慣れているが、流石にこの状況には違和感しかなく、狼狽えた。


…朱里さんも含め3人居るけれど、彼女を見えない人からすれば、2人っきりだと勘違いしそうな 状態形成シチュエーション だよね…。あの様子では運転手さんも、見えてないのかな。同クラ女子や知り合いにでも見られたら、どうしよう…


 「運転手さんが私達の関係を誤解したら、どうするつもりなんですか?」

 「…うちの運転手が誤解?…抑々、何をどう誤解すると思ってる?」

 「…高峰君はお菓子を、頼んでないですよね?…だとすれば、どういう状況かと思って…。何か誤解されたのでは…」

 「僕が頼んだのは飲み物だけだが、彼は気を利かせたんだろう。女子高生が好む菓子が分からず、あれこれ買ったようだな…」


高峰君は乗車した直後に、車内の音声システムを利用して、何処かで飲み物を買って来るよう、運転手さんに頼んでいた。おばば様の車もそうだけど、音声で話し掛けるだけで、運転手と会話もできるようだ。朱里さんの時代には、自家用車には搭載されていないらしく、目をパチクリさせ驚いた様子だけれど。


運転手さんは少し車を走らせ、学校から程近い何処かのお店で、飲み物を買って来てくれた。何故か、大量のお菓子も一緒に。私に人好きのする満面の笑顔を向け、高峰君には意味深な笑顔を向けて。


30世紀では小規模な個人店であれ、どれほど大きな系列店であれ、ショップ店内に店員はスタンバイしておらず、稀に店員さんが居たとしても、お客さんと接触することは殆どない。店の奥で別の作業をしたり、人にしかできない業務をしたり、するぐらいで。今はネット注文派が圧倒的に多いし、外出序でに来店するぐらいしかなく、態々ショップに寄る時代ではなかった。


ショップでの購入は、客自らが全て行う。商品をショップ専用カゴに入れ、レジと呼ばれる機械にカゴごと通し、全国民が持つ個人カードを翳せばいい。買物時間が短縮できる上、非常にシンプルな仕組みだけれど、30世紀の人々は其れすらも、煩わしいようである。


…旅行に行くわけでも、ドライブするわけでもないのに、お菓子を大量に買って来るなんて。然も…帰路する短時間に、食べ切れる量じゃないよ。もしかして運転手さんは、何か変に誤解をしてる気がする……


 「幼い頃から僕を見てきたから、彼は自分のことのように、喜んでくれているようだな…」

 「あらら…。残念ながら、何も、通じてないのよね…」






    ****************************






 「本当に今は、凄い時代よね…。私の時代では、パソコンやスマホを音声で操作したり、様々な電化製品をスマホで遠隔操作したり、そういうことが出来るようになったばかりだったわ。今はそれも、当たり前なのね…」


私にはこれが、見慣れた光景だ。朱里さんの時代ではネットで買物しても、実店舗に行って買物をしたり、職場の友人や学生時代の親友、将又家族や兄弟・姉妹と、共に外出をしてはウインドショッピングする、購入しなくても買物自体を楽しむ、時代だったみたいだ。個人的には私も一度、体験してみたいかもね…。


お菓子を沢山貰っても、実体のない守護霊である朱里さんは、当然ながら食事は要らない。抑々が多過ぎて、高峰君と2人で何とかなる、量ではなかった。折角貰ったのだからと、先程から私はお菓子を摘み始めた。


朱里さんの時代にも爆売れし、彼女が見知ったお菓子の中には、今もベストセラーとして売られている、お菓子がある。私も普段は実店舗のショップを利用しないので、似た系統のお菓子ばかり食べていたけど…。


 「神代さん、ちょっと…いいかな?」


朱里さんが勧める珍しいお菓子に、私が夢中になって試食していると、高峰君は真剣な顔付きをして、普段より低めの声音で話しかけてきた。私は口をモグモグさせつつも、目の前に座る彼に顔を向ける。お調子者の彼が真面目な顔で、ジッと私を見つめていて。


思わずその彼の瞳に、私の心臓は射抜かれたかの如く、ドクリ撥ねた。私の心の深い奥底を見透かされたようで、ギュッと胸が強く締め付けられ、息をするのも苦しい。私は何も疚しいこともしていないというのに、嘘をいたのがバレたかに思うほど、心臓の音はバクバクと鼓動し続けた。


…心臓が今にも、破裂しそうな五月蠅さだわ。高峰君も真面目な顔だと、これほど危険でヤバい存在になるのね…。お菓子を食べる許可は取ったけど、もしかして…車内を汚しちゃったのかな…?…何か他にも私、のかも……


運転手さんが買って来たお菓子を、高峰君が「遠慮なく食べて」と勧めてくれたのもあり、本当に遠慮なく食べていた私。こういう時はもっと、遠慮すべきだったのだろうと推測する。単なる社交辞令的な言葉を、素直にそのまま受け入れた私は、何やらやらかしたようだと後悔しつつも。


 「…神代さんは彼奴イッサから、どこまで話を聞いた?…本当は僕が車の中ここで、話すつもりだったんだ。それなのに彼奴イッサは、僕よりも先に………」

 「…あっ!…そう言えば五十三君から、教えてもらいました。日直当番を入れ替えた生徒が何人か居て、何故こんなことをしたのか…とか、仮説も含めて原因となる理由も、聞きました。でも…あまりに自分本位なのが、信じられなくて…」


五十三君が説明したという話を、私が何処まで知ったのかと、高峰君は気にかかるらしい。何をやらかしたかと身構えた私も、一気に気が抜けた。五十三君から聞いた話を告げながらも、原因を作った女生徒達には、未だ困惑気味の私である。


 「今回の当番入れ替えの件では、クラスの女子生徒数人に、好きな男子との当番を唆したのは、尾上さんであると判明した。僕が担任に報告した後、重く見た担任が他の教師達とも話し合い、早急に対策してもらえるそうだ。今回の一件は学校側も有耶無耶にはせず、親御さんも含めて当事者全員を呼び出し、厳重注意をする方向でいくと、聞いている。」

 「尾上さんが他の女子生徒を、唆したんですね…。彼女は高峰君との当番を望んでいたそうですが、高峰君は…どう思っていますか?」

 「…う~ん。残念ながら彼女に対し、僕が好意を持つことは一切ない。寧ろ迷惑だとすら、思ってる。以前から僕は、気持ちを伝えたが、彼女はその度に僕の周りの友人達を、排除しようとしたんだ。」

 「…えっ?…尾上さんって、まるでストーカーみたいじゃ…」

 「僕もそう思っていたよ。別の高校を受験すると噂を流したが、どうしたものか平然と同じ高校ここに、入学して来たし…」

 「…………」


尾上さんはストーカーに近い行為を、高峰君にしていたようだ。私はまだ一度も恋の経験もなく、片想いの状況がどれほど辛いか、分からない。恋を知らない私に、何方か一方の気持ちが分かるとも、言えない。


それでも尾上さんの言動は、好意を持つ相手を苦しめると、恋の経験がなくとも分かる。好きになると周りが見えないと聞くが、好きな相手に嫌われる言動もするのは、理解できそうにない。だから、私は恋ができないというならば、恋なんてしなくてもいいと思う、私がいて……


 「高校入学後は彼女と極力関わらないよう、友人達の協力を仰ぎ距離を置いていたが、まさかこんな大胆な行動を取るとは、思いもしなかったよ。君を巻き込むと知りながら、僕が守り切れると過信して、君をだったなんて。僕は何て無知で、愚かなのか…」


苦し気な声で自らを責める彼に、私は言葉を失くす。心の何処かで既視感を感じながら、何か大事な事を忘れているような…。







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 前回までの教室でのやり取りは終わって、今回は漸く帰宅することに…?


五十三君は退場し、高峰君と一緒に帰ることになった紗明良。いきなり車内での会話から、始まります。紗明良の立場からすれば、「どうしてこうなった」としか思えないでしょうね…。


相変わらず朱里さんにサポートしてもらいながら、紗明良は恋を知っていくことになるのかな……


この話はもう少し、続く予定です。

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