v.空気を読めないのは、誰?
「単なる力量不足や実力不足なら、まだ受け入れるよ。但し…あくどい金儲け行為は、見過ごせないな。何か対策があるのなら、教えてくれ。」
五十三君の言い分は、尤もだと思う。これが神代家の内輪話だったら、私が話しても良いかどうかぐらいは、判断できる。だけど、これは神代家だけの問題でもないし、私には荷が重い。
「素人が審神者の能力を判断するのは、無理な話よ。但し、能力もなく無駄に時間を延ばせば、人徳的に反するものとして、我々界隈でも立派な反則行為となる。先ずは違反したかどうかよりも、依頼内容や実際に掛かった時間も含め、もう少し詳細に調べる必要が、あるかもね…」
…うん、朱里さんの言う通りよね…。本当に人徳的に反する反則なら、例え他家の商売の邪魔となろうとも、人として許せない。素人だと踏んで騙したなら、詐欺同様だと言えるかも。
「ええ、紗明良の考えは正しいわ。全てを理解した上で、悪意を持ってやっていたのなら、十分に詐欺行為に当たるけれど、それを証明する為にも絶対に、逃れられない証拠が必要なの。証拠となる物証が消される前に、一刻も早く証拠を集めるべきだわ。これは…公にできない事情だけど、降臨時に霊にもサインさせるのが、正式な審神者の証拠でもあるのよ。神社関係者が、一目で分かるように…」
朱里さんの声が届かない五十三君に、今の彼女からのアドバイスを、私は親族から聞いた話として伝えた。彼の顔がパァ〜と明るくなり、明らかに安堵した素振りで感謝されて。
「早急に調査させるよ。的確なアドバイスで助かった、感謝する。」
「どう致しまして。無事に解決できるよう、願います。」
丁度その時、教室の扉を開けた高峰君は、彼の親友の笑顔を見た瞬間、驚くように歩みを止める。次に彼の視線は、上辺の笑顔を浮かべた私に向けられ、凍りついたように固まった。動揺した様子から一変し、険しい顔つきで親友の元へ、大股で向かう。その後の展開は、ご存知の通りであろうか……
「…はあ〜。何で俺が、誤魔化す必要があるんだよ。お前こそ神代に、何も伝えていないじゃないか!…日直当番に問題があったと、俺は神代に説明していただけなのに、な…」
「…日直当番に関する話題で、あんな可愛い笑顔が見られるなら、俺も…伊達に苦労していない。神代さんは俺の前では、あんな笑顔を向けないんだぞっ!!」
「…………」
「……っ!?………」
私は唯々、男子2人の口論を見守る。どうせ私は関係ないし…と、
……へっ?…何故、2人の会話に私が?…日直当番に問題があれ、別に誰が教えてくれても構わない。……ん?…あんな可愛い笑顔って、誰のこと?…私が高峰君には、笑顔を向けない?……はあ!?…イミフ過ぎて、ついていけない……
私の頭の中は、既にキャリーオーバーだ。
「…はあ~。実に馬鹿馬鹿しい。俺にそういう気のないのは、お前が誰より知っているはず。其れほど余裕がないならば、後はお前が責任を持った上で、きちんと守ってやればいい。」
「……流礼。…俺が、悪かったよ。俺もちょっと…いや大分、余裕を失っていたのかもな。」
親友から難癖を付けられ、五十三君は呆れているように見えるも、ちょっと会話の終盤がおかしい気もする。やはり2人は、親友なんだね。五十三君の冷静で的確な返しに、高峰君も漸く冷静になれたらしい。2人の間の蟠りは、完全に消えたみたいだ。2人の知り合いらしい『あんな可愛い笑顔』の君は、高峰君が余裕を失うぐらいに、厄介な存在なのかも。
「…まあ、頑張れよ。ちょっと…いや大分、苦労するだろうが。但し、お前を嫌う様子は見られないようだし、望みはあるんじゃないかな…」
「……ああ。俺も、そう願いたいところだな…」
「………???………」
五十三君が私の方を、チラッと見た気がする。先程から私は、2人の会話についていけずに、ただ黙々と2人を見つめていた。五十三君の視線に私がキョトンとすれば、今度は何故か高峰君がちらり、私を見た気がして。
……ん?…空気が読めないと言われた気もするのは、何故だろう?
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五十三君は教室から立ち去り、2人っきり…否3人となった教室は、シ~ンと静まり返ってはいなかった。何となく気まずい雰囲気のまま、高峰君と私は黙っているというのに。
「…ふふふふっ、あはははっ!!……ああ、可笑しすぎるわ!…3人があまりにも三者三様で、見ている私の方が吹き出しそうで…。カオスという状況は、ああいう時に使うのかしら?……くくくくっ、あはははっ!!……」
「「……………」」
吹き出しそうとしながらも、実際は既に笑い転げている。もう我慢できないと言うように、豪快に大爆笑中の朱里さんは、男子2人の口論に口を挟まずにいたけど、五十三君が教室を出ると同時に、思い切り吹き出した。それまで彼女の存在を忘れていた私は、笑い出した彼女にギョッとする。
高峰君も同じく、眉を大きくピクリとさせていたから、驚いたようである。五十三君に届かないとは言えども、私の真後ろで大爆笑するのは、切実に止めてほしい。元に戻った高峰君も、気まずそうだし…。
漫画や小説でよく使う言葉で表現すれば、大爆笑する朱里さんの姿は、笑い転げるという言葉が相応しい。彼女はベットの上でゴロゴロするように、何もない
「…ふふっ。五十三君は中身も、中々のイケメンよね。外見も性格も、実に気に入ったわ…」
「…朱里さんは僕のことが、気に入らないようですね…」
「あら、気にしていたのね?…抑々気に入らなかったら、あの子の傍に近寄らせない。姿が見えて声も届くから、尚更なのよね…」
笑いを止め身体を起こし、五十三君を気に入ったと言う朱里さんに、ピクリと肩を揺らした高峰君が、不安げに問う。彼の抱えた不安は単なる杞憂で、朱里さんに気に入られなければ、近寄ることさえできないというが……
…あの子って、誰?…私も、知っている人物なの?…うん十年どころか、うん百年以上も私達と朱里さんには、年の差があるらしい。一方は守護霊として、もう片方は今を生きる人間として、彼は報われない片想いをしたようね。あの子との関係は不明だけど、朱里さんは意外と浮気性な幽霊よね?
「……貴方のお眼鏡に適うようなら、僕も一安心できそうですね。」
「…ふふっ。貴方はお眼鏡どころか、私のお墨付きになれたのよ。肝心のあの子は今も、おかしな方向へ向かうばかりで、全く通じていないわよ…」
「…あははっ、そのようですね。そういうところも含めて、実に彼女らしいと思えます。僕は全部ひっくるめて、それが彼女の強さだと信じていますよ。」
「はいはい、貴方の気持ちは十分に理解できたわ。私もあの子の全てが、憎めないタイプだと知っている、そのうちの1人よ。それがなければないで、あの子の魅力は半減していたでしょう。だからこそ、あの子を本気で陥れようとする者達は、私も…絶対に許せない。」
「僕も貴方と、同じ気持ちですよ。学校の規則を軽く見て、卑怯な手を使ったのでしょうから、学校側もきちんと対処してもらいたい。僕は…そう願います。」
「計画的な貴方のことだから、既に手を打ったのでしょう?…もしも相手にどんな事情があろうと、自己中心的な理由であの子を傷つけるなら、貴方と言えど二度と許さない…」
「はい、勿論です。僕も、肝に銘じておきますよ。僕自身、それは有り得ないことだと思いますが。」
私は2人の会話に入れず、2人のやり取りをジッと見聞きするだけだ。高峰君の示す『彼女』と、朱里さんの示す『あの子』が、同一人物のようにも思えた。何故か私も知る人だと感じつつも、私には全く心覚えがなく、首を傾げるばかりで。
朱里さんからこれほど大切にされて、いいなあと羨ましくなった。神代家ご先祖でもある美空さんのことも、羨ましく思っていたけれど、『あの子』はもっと大事にされる存在であると、ちょっぴり寂しくなってきた。お互い様だとするには、私は彼女を待たせすぎたと後悔しても、既に遅し。
「……紗明良。貴方は今の私にとって、とっても大切な人なの。1人で寂しさを抱えないで、もっと…私を頼って良いのよ。」
「あっ、しまった…」と思う反面、弱った心の声まで彼女に聞こえるのは、少しだけ気まずく思う。朱里さんに余計な心配を、掛けてしまったようだ。物理的には彼女と触れ合うことはできないが、私の身体を包み込むように私を抱き締め、私の頭を撫でてくれた。実際には体温も何も、感じられないけれど……
私の心にぽおっと火が灯ったかの如く、癒された気がする。直接的に触れられなくても、お互いの心は繋がっていると感じて、先程までの寂しさは綺麗さっぱりと、跡形もなく消えていた。私も、もう…1人じゃないんだよね?
「僕に…心を開いてくれる日は、来るのだろうか…」
私達の直ぐ後ろで高峰君がぽつり、低く籠った声でぼやいた。具体的に何を言ったかは、私には全く聞き取れなかったけれども、珍しくネガティブだったように感じる。朱里さんも無反応な様子から、単に聞き取れなかったようだ。
……親友が帰った今更、高峰君も…寂しくなったのかしら?
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前回で前後した時間枠も、今回の途中で繋がっていきますが。親友同士の言い争いは、これ如何に……?
前回からの続き、五十三君と紗明良のやり取りから始まります。そして、高峰君が職員室から戻ってきた後に、やっと時間が繋がりました。
居ないはずの五十三君が教室にいて、紗明良と親密に笑い合っている。その光景を見たら、高峰君でなくとも誤解するかも。最近の守護霊・朱里さんは、紗明良の守護兼恋愛サポート係になった模様…。
次回には、帰宅の途に就けるのかな……
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