t.個人情報がだだ洩れすぎる
「…う~ん。これは、全く伝わってないよな…。だけどこればかりは、
五十三君は自ら話を盛り上げ、完結させようとしているが、彼の話が何を意味するのか、私には理解不能でちんぷんかんぷんであった。それでも何故か、嫌な予感だけは犇々と感じたので、恐る恐る訊ねると。
「…あの、一体何の話ですか?」
「…ああ、こっちの話だ。大したことではないから、気にしないでくれ。」
…いやいや。大した話じゃないのなら、聞こえるような独り言は止めてと、言い返したい気分だわ。ハッキリ聞こえるように言っておいて、今更気にしないでくれと言われても、余計に気になって仕方がないわよ……
クロス禍の中では、オンライン授業を受ける生徒の方が、多い。だけど、敢えて私はほぼ毎日、登校していた。高峰君と五十三君も同じく、毎日のように登校している。彼らが登校する理由は、真面目すぎるからか学校が好きなのか、それとも友人に会いたいからか、詳しい事情は知らないが。
私はクラスメイト達の顔を、殆ど覚えていなかった。一部の女子生徒しか把握しておらず、顏と名前が一致する男子生徒は、高峰君と五十三君の2人だけ。あの2人は女子達の話題にも、よく上っていたからね…。
「先程の話の続きなんだが、この件には女子生徒の数人が関わった、ということが判明している。但し、確実な証拠は今のところ、まだないんだ。このままでは、自分は知らないと白を切られたら、責任を問えない可能性もある…」
女子生徒の数人が関わったと聞かされ、私も戸惑うしかない。関わった人物の名前を聞いても、どういう理由で関わったかどころか、どういう人物だったかさえも、私には判断できそうにない。朱里さんが告げた『尾上さん』のことも、顔どころか名前もうろ覚えなのだから。
ハッキリ思い出せるのは、同じクラスの生徒だというぐらいで、尾上さんがどういう生徒かも、覚えのない私である。登校する必要のある日以外は、ほぼ登校しない生徒の1人だと、そのぐらいの認識であっただろう。
「五十三君は…尾上さんのこと、何か知ってます?」
「…尾上?…そうだな、君より精通しているだろう。もしかして君も、尾上を疑っているのか?…今回の一件には尾上も、関わったようだしな…。いや寧ろ、主導した側だが。」
「……朱…ええと、『今度、高峰君と一緒に当番をするのよ』と、彼女が自慢していたらしく、クラスの女子がそう話すのを、偶然に耳にして……」
尾上さんに関して何か知っているか、五十三君に探りを入れたところ、彼女は今回の主犯だと判明したようだ。逆に疑っていたのか問われ、朱里さんから聞いたと言い掛け、女子達の噂話で聞いたことにした。女子生徒達は尾上さんを嘘つき呼ばわりしていたし、好華ちゃん達にも一応訊いてみようっと……
「…なるほど。尾上は異性には愛想を振り撒き、同性では気に入らない相手を牽制する、そういうタイプだ。見た目は美人で家柄も悪くないが、あれでは…百年の恋も冷めるさ。相手にその気がなくとも、自分より目立つと目の敵にし、容赦なく嫌がらせする。俺も李遠も実際に目にして、彼女の性格も熟知しているつもりだ。それでもまだ俺達に気のある素振りだな、あれは……」
「………」
思わず「…うわあ~」と声を上げそうになるが、何とか
「君も尾上とは、距離を置いた方が良い。尾上には十分に、気を付けろ。」
「…私は今のところ、尾上さんとは特に接点もないので…。それより彼女が主導したのは、間違いないのですか?…私は彼女のことをよく知らないし、彼女が何故関わったかも、見当さえつきません。」
「尾上は小学生の頃から李遠に、異常な執着を見せていた。中学生の時、李遠と親しい女子を全員排除しようと、虐めに近い嫌がらせをしていた。それを切っ掛けに、李遠から敬遠されたというのに、今回のような馬鹿げた行動を起こすとは…。それほど李遠と当番がやりたいんだろうが、自ら墓穴を掘っただけだがな…」
「…そうですか。それほど高峰君と一緒に、当番をしたかったとは…。今日の当番は尾上さんの相手だった男子と、私がするはずだったのですね?」
「…いや、違う。君の相手は態々、別の男子に変更したようだ。君と李遠が偶然当番になったことに、尾上は面白くなかったのだろう。君と当番にされた男子は、女子からは敬遠されがちな、『根暗』と呼ばれてる奴だ。つまりこれは、君への嫌がらせなんだろう。」
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五十三君は尾上さんに気をつけろと言うけど、彼女とは今までも特に接点もなかったし、私には関係がないと思っていた。それなのにまさかその程度で、逆恨みをされるとは…。担任教師が当番を決めるので、単なる私達一生徒が拒否するのは、現実的にも難しい。
「兎に角、尾上はそういう自分勝手な奴で、相手と何の接点もなくても、悪口を言われたり嫌なことをされなくとも、相手を下に見下し逆恨みするような、最低な人間なんだ。今回当番を細工する以前から、尾上は神代に対して何かしら、敵意を向けていたようだしな…」
「…えっ?……尾上さんが私に、敵意を…?」
当番の一件がある以前から、一方的に私に敵意を向けているなど、尾上さんはかなりヤバい人みたいだ。どういう理由があるのかも分からない私は、ショックを受ける。彼女とは親しいどころか、真面に話したこともないはずなのに、悪意を向けられる理由が、私には全く思いつかなくて。
何も知らぬところで敵意を向けられ、本能的に恐怖を感じていたようで、私の身体は強張ってしまう。尾上さんの自業自得だと言い切り、朱里さんがあれほど冷たい態度を見せたのは、彼女の言動が度を越した所為かもしれない。
「…ああ。あれは…ヤキモチとか、八つ当たりの類だろうな。李遠が君に挨拶するだけでも、気に食わないようだ。」
「……ヤキモチ?……八つ当たり?」
……ヤキモチや八つ当たりで、他人に敵意を向けるの?…高峰君が私に朝の挨拶するのが、気に入らないの?…あまりに自己中で、傲慢な思考ね。世界は自分の為に回ると、本気で思ってる?…自分が好きな相手の気持ちも、どうでも良いのね?
私は呆れ果てて怒る気力を失い、オウム返しの如く呟いた。まるで他人事みたいに魂が抜けたようだと、感じている自分がいた。たったそれだけの理由で、他人を貶めようとするなんて、恋って怖いな…と尻込みしたくなる。
「決して恋をすることは、怖いだけじゃないわ。尾上という子は、恋をしたから変わったのではなく、自分を正当化しているだけなの。自分以外は誰も愛せない、ある意味ではそういう可哀そうな子…。彼女は
急に頭の中に、声が降ってくる。朱里さんが教室に、戻ってきたようだ。日直の間は邪魔になりたくないと、普段より長く離れていた朱里さん。それでも私の声は、ずっと聞こえていたみたいね。
「…神代?……どうかしたか?」
「…い、いえ!…誰か来たのかと、思っただけで……」
「そうか…。すまない、無駄に怖がらせてしまったようだな…」
危ない、危ない…と私は我に返った。私は朱里さんの声にハッとし、思わず扉の方を見てしまった。それが五十三君には、挙動不審な様子に映ったらしい。彼には朱里さんの姿は見えないようだと、ホッと胸を撫で下ろす。
それには朱里さんも、気付いていたのだろう。だからこうして、堂々と姿を現したみたいだ。不審げな彼に慌てて誤魔化せば、自分の所為で私が怖がったと、勘違いしたらしい。敵意を向けられた私が、尾上さんに恐怖したのだと……
「…いえ。怖いというより、驚いただけです。五十三君が謝る必要は、全くありません。正直に教えてくれて、寧ろ感謝していますよ。」
「…神代はいつも、礼儀正しいな。丁寧な言葉なのは、男性恐怖症で緊張してるからだろ?…幽霊とか諸々怖がりのくせに、なるべく人に迷惑を掛けず、また相手にはこうして直接きちんと礼を伝え、しっかり礼儀を弁える。李遠が自慢げになるのも、分かる気がするな。」
「………???………」
私が男性恐怖症だとは、大袈裟すぎる表現だ。大人の男性は全然平気だし、異性が嫌いなのではなく、同じ年頃の男子が苦手なだけだ。私が幽霊を怖がるということを、何故知っているんだろうか…。人に迷惑を掛けないし、礼儀を弁えてると褒める一方で、個人情報っぽい内容ばかり、どうして知っているのか…。
……はい?……何から突っ込んだら、良いのかな?…私が礼儀正しいと、誉めてくれたのかな?…私の諸々の事情を何故にこうも詳細に、五十三君は知っている?…高峰君が自慢げになるって、どういうこと?…意味が全く分からない……
お礼をきちんと伝えるのは、神代家の人間として当然のことだ。神社の跡継ぎ候補として育った私は、商売人気質があるようだ。何れ跡を継いだ時、損得勘定を計算に入れておいても、決して損はないからね。
1つだけ言わせてもらうなら、高峰君が自慢げになることが、どう考えても分からない。高峰君も私の事情を知っているならば、我が家の個人情報が漏れてるの?…彼らの諸々の事情を私は、何1つ知らないというのに……
高峰君や五十三君の実家は、歴とした其れなりの古い家柄らしい。神代家も同じく古い家柄であり、神代家が守ってきた神社も由緒あるものだが、一度廃れた所為で成金扱いされている。神代家は彼らの家と、何の接点もないはずだ。それなのに私の個人情報は何故、漏れているのだろう。
…絶対におかしい。誰にも話してないのに、どうやって知ったのですか!?
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前回からの続きです。高峰君の親友・五十三君は、果たして彼の味方か…?
前回から登場した五十三君と、紗明良のやり取りの続きです。高峰君は職員室に行ったので、今回は登場していませんが…。
五十三君はいつも、大きな声で独り言を呟くわけではないんですが、つい声に出すのはよくあることかも。何かを考えていたり夢中になったりして、ブツブツ言うのが当たり前という、個性の強いキャラの1人…かな?
次回も、あともうちょっと続く予定です。
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