s.日直を無事乗り越えた先に

 「もうすぐ暗くなるだろうし、途中まで一緒に帰ろう。僕が担任に終了報告をするから、君はそれまで教室に居て。」

 「…えっ?……いや、いいですよ。まだ明るいし、1人で帰れるから…」

 「君は女の子なんだし、何か遭れば僕が後悔するんだよ。だから、此処で待っていてくれないか?」


日直当番が無事に終わって、日誌代わりのタブレットを返す時、担任教師にも報告を済ませたら、後は家に帰るだけ。本来、当番2人で報告しなければならないが、実際は1人が報告すれば良い。


その間に、私は帰宅しようと思っていた。まさか途中までとは言え、彼と一緒に帰ることになるとは、一体誰が思うことだろう。少なくとも私は、思っていなかったよ。男子と一緒に帰宅した経験もなければ、況してや男子と2人っきりになる経験もあらず、私の頭はキャパオーバーしていたが。


…ああ言われたら、先に帰れないじゃない。友達でもない私を、心配してくれたみたいね。あんな風に揶揄われなければ、好きになる可能性もあったかも。危ない、危ない…。だけど朱里さんと一緒でも、1人で帰宅するのは怖いし……


今はまだ明るいけれど、帰宅中に暗くなるだろう。私は昔から幽霊も、暗い場所も苦手だ。夜中にコンビニに行く人も多いはずだけど、夜は出歩かないようにしているぐらい、幽霊が見える私にとって暗闇は恐怖だ。部屋も真っ暗にしないぐらい、怖がり屋なのだから。


男子と2人っきりで帰宅する状況に、緊張して帰るのか。それとも、怖いのを我慢して1人で帰るのか。天秤にかけて選ぶならば、だった。こうして私は教室で待つ間、1人であれこれ苦悩していると…。


ガラリと戸が開く音がして、教室に誰かが入って来た。高峰君はまだ出て行ったばかりだし、何か忘れ物でもしたのかと、私は扉の方を振り返る。何とも不思議そうな顔をして、私を見つめてくるその人物は、如何やら他の誰かと間違えたみたい。この人は確か、同クラの五十三いさみ君だよね?


 「神代?…彼奴あいつは…居ないのか?…まだ話の続きが、あったのだが…」

 「………えっ?……彼奴?」

 「ああ、李遠りおんだよ。今日の日直当番は、君達だったよな?」

 「あの…高峰君でしたら先程、職員室へ報告をしに行きましたので、戻るのはまだ先になるかと…」


『李遠』とは、高峰君のことだ。彼と仲の良い男子達がそう呼ぶのを、私も何度か聞いている。目の前に居るこの男子生徒も、高峰君を下の名で呼ぶ生徒の1人だ。高峰君とは幼馴染の関係で、小学・中学とずっと同じ学校に通い、一番仲の良い親友でもあるらしい。


…五十三君は、高峰君を探していたのか…。高峰君に話もあるようだし、一緒に帰るつもりかも。そうなると私は結局、1人で帰ることになりそうだわ。…う~ん、運が……


 「彼奴と入れ違いになったか…。仕方がない、暫く待つか。神代は今回の件について、李遠から聞いてるのか?」

 「…今回の件?…何の話ですか?…高峰君からは、何も聞いていません。」


私の前に立つ男子生徒は、『五十三 流礼ながれ』君だ。高峰君とは彼奴とか言い合うぐらい、何でも知り尽くした仲みたいだ。今まで碌に話したことのない五十三君に、急に話題を振られた私は、目をパチクリさせる。一体何の話か、全く分からない。日直当番の話では…と思いながらも、私は小首を傾げて問う。


 「…はあ、李遠の奴は…。誤解されたくないと言いながら、肝心な話は何も伝えてないじゃないか。不安にさせたくない気持ちは、分かるが…」

 「……もしかして、日直当番に関係していますか?」

 「…ああ、関係している。君も入れ替えられたと、気付いたのか?」

 「……えっ?…いえ、そういうわけでは…」


高峰君の事情を知っていると、五十三君は思わせぶりなニュアンスだ。私に話すわけじゃないようだが、独り言のようにぼやいている。誤解されなくないし、不安にさせたくない相手は、一体誰なのよ…と突っ込みたかったけれど。


 「多数の生徒が入れ替わったら、おかしいと気付く生徒も増えるのに、入れ替えた当人達は本気でバレないと、思っていたらしいな。救いようのない馬鹿としか、思えないがな…」

 「……えっ?!…多数の生徒が、入れ替わった?…どういうことですか?」

 「日直当番の相手や日時を、入れ替えた奴がいる。君達2人も、入れ替えられていたんだ。」


ある意味で、私の疑惑は当たっていた。当番の相手に執着のない私も、気付いたぐらいだ。他に気付いた生徒が居ても、おかしくはない。君達も…と調だから、私だけではなく高峰君もまた被害者、という意味であろうか?


…高峰君は何も、悪くなかったのね。私と当番になるよう入れ替えるなど、抑々有り得ないわよ。少し考えれば分かること…。私ったら、馬鹿みたいよね…?






    ****************************






 「当番の日か相手か、何方か一方でも変更された生徒は、他にもいる。俺も含めてクラスメイトの3分の1ほど、変更されていたんだ。今日の当番は本来、別の生徒達だ。君は李遠と後日に、当番することになっていたはずだが、君は本来の当番だった男子と今日の当番に、李遠は全く別の女子と後日の当番に、変わっていた。これは即ち、誰かが不正行為をしたという、証拠とも言えるだろう。」

 「…ええっ!!……クラスの3分の1が、当番の変更をされていた…?」

 「然もその理由とやらが、好きな異性と当番がしたいとか、自分が登校したい日に変えたいとか、あまりにも勝手な言い分らしいからな。この事実を知らされた当初、あまりに馬鹿馬鹿しすぎて、俺は笑いが込み上げたぐらいだよ。」

 「…………」


五十三君は1年生の間で、高峰君の次にイケメンと言われ、女子から人気のある生徒だ。2人共、容姿や性格も異なるし、人によって異性の好みは分かれるだろう。私の親友の間でも、高峰君と五十三君で推しが分かれていて、好華ちゃんは五十三君推しだ。好華ちゃん曰く、彼氏が一番らしいけど…


…そう言えば、朱里さんが話してたっけ。尾上さんがズルをした、と。あの時は何をしたんだろうと、思っただけだった。…あれっ?…どうして彼女がそういう事情を、知っていたの?…何か、目撃したのかな?


クラスの大半の組み合わせを変えたなら、単純な悪戯では済まないはず。最早立派な不正行為に当たるし、教師から叱られるぐらいで、済む話ではない。日直当番の相手ぐらい、我慢できないの?…そんなに好きな異性と、一緒に当番したいの?…などと思う私には、理解できないし…したくもない。それより、勝手に相手をチェンジされた生徒にも、自分の相手をだろう。


 「李遠は相当、怒っていたな…。顔は笑ってるのに目は笑ってなくて、俺も恐怖を感じたぐらいだ。」

 「…………」


日直当番は担任教師が決めるので、生徒達が自らの相手を選ぶ権利はない。私利私欲から、他の生徒達を犠牲にするとは、身勝手にも程がある。流石の私も、沸々と怒りが沸き起こる。但し…五十三君の話に、返す言葉を失くしたけれど。お粗末すぎる理由に、五十三君は笑いが込み上げ、高峰君も目が笑っていなかったと、かなりお怒りの様子だ。


…そうだよね、いくら何でも行き過ぎた行為よ。私も…許せないもの。だけどちょっとだけ、怒りは消えたかな?…高峰君のお陰で。


 「彼奴がまだ戻って来ないのは、当番の報告以外にこの件も含め、担任に報告しているようだ。」

 「……えっ?…先生が先に、気付いたのでは…?」

 「それが…真っ先に気付いたのは、李遠だ。彼奴から相談されて、俺も漸く気付いたぐらいだ。まさか俺も、被害者だとはな……」

 「……えっ?…高峰君が、先に気付いた…?」


担任が真っ先に気付いたと、思っていた。高峰君は誰とでも楽しく、和気藹々と当番を熟しそうだと思えたし、「よくもまあ、気付けたよなあ…」と、内心では感心したぐらいだ。しかし、五十三君は何故か私を見て、苦笑しているような。


…うん?…私、何かおかしなことでも、言ったっけ?


 「単純な話、彼奴も当番をんだろう。それなのに相手が別人に変わっていたら、彼奴じゃなくても直ぐに気付くだろう。俺も彼奴のことを言えた義理ではないが、自分の当番相手が誰かぐらいは、知っている。」

 「…………」


五十三君が話したことは、確かに単純な話だ。日直の日や相手の名を、事前にきちんと把握していたら、気付いても当然だろうね。だけど、高峰君が日直当番を楽しみにするなんて、「あ~そうなんだ」と安易に納得できないが。


…日直当番が楽しみなんて、おかしいわ。彼の相手は元々私だったと、五十三君からついさっき聞いたっけ。…ん?…それじゃあ今日、高峰君と私が当番になったのは、どういうこと?


 「…以前から彼奴に聞いてはいたが、此処まで鈍いとは…。生まれて初めて李遠には、同情するよ……」

 「………はい?……」


うんうん考え込む私を、五十三君は暫く黙って見守っていたようだが、一際大きな溜息をいた後、呆れたように告げる。反対に私は意味が分からず、キョトンと目を丸くする。一体誰が鈍いのか、何故彼に同情するのか、と……


私自身は日直当番に関して、元々興味がなかった。その上、相手が男子生徒である以上、誰だろうと苦手なのだから。当番の日どころか、相手の組み合わせが変更されたとしても、私は全く気付かないだろう。同性同士で当番ができるなら、これほど苦労もないのに。


 「…神代は男子が苦手なようだが、李遠はだぞ。少し執着が強いとも言えるが、それだけ真剣で一途な奴でもあるし、彼奴をもっと気にしてやってくれ。絶対に浮気は、しない奴だから…」

 「…………」


…ん?…何が言いたいの?…私を巻き込んで悪いと思うなら、分かるよ。貴方には大切な友人かもしれないけど、私にゴリ押ししようとするのは、止めて~!!







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 今回、新キャラの登場です。前回の番外編では、苗字だけの登場でした。はてさて新キャラは、メインキャラに昇格するのかな?


紗明良達の日直当番が終わって、その後の展開へ…という場面です。高峰君とすれ違う形で、五十三君が教室に戻って来ます。話があると言う通り、部活が終了してから戻ってきたのか…。


五十三君は高峰君とは真逆のタイプで、異性と話すことさえ恥ずかしいと、女子に対して不愛想で素っ気ない態度を取る、そういう男子にしてみました。彼も紗明良と同様に、異性と話すのが苦手なので、用がない限り女子とは会話しません。


2人は似た性質のようですが、将来的は恋に発展するのか、それとも……


2人のやり取りは、あともう少し続きそう…。

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