m.アナタがココにいる理由は?

 私は高峰君のことを、何も知らない。今の高校に入学して、同じクラスの生徒として知り合った。だから私は、それ以前の彼を知らない。生まれてから幼少期の頃も、幼稚園や小中学校に通った頃も、私は彼との接点が何もない。


彼は生徒だけでなく教師にも、誰にでも気さくに声をかけて会話する。普段から笑顔を振り撒く彼は爽やかな男子で、クラスメイトとなった当時の私は、穏やかで優しい人畜無害な人物だと、信じていたっけ…。それなのに今朝の彼は、強引な態度で私に接してきた。穏やかに振舞うだけで、本当は人畜無害ではないのだと、私は知ることになる。


あの後、彼とはどう話を切り上げたのか、私は…思い出せない。大して話さなかったのか、上辺だけの会話で終えたのか?…それとも、彼は朱里さんと仲良くなろうと、2人で会話していたのかも?


…高峰君の黒い性格を知って、恐怖を感じたとか?…いくら何でも、逆恨みを買わないよね…。朱里さんに、許してもらえそうかな…?


私が呆けている間に、既にクラスメイト数人が教室に居る。何時の間にか登校したらしい。当然の如く、私の前の席に座っていた高峰君も、今は自分の本来の席に着席して、彼の傍らに立つ男子生徒と話していた。彼らのその様子が私には、何とも楽しげな様子に見える。


彼らを見つめる私の背後へ、突き刺さるような視線が降り注ぐ、気がした。単なる私の勘ではなく、背後から睨まれたのは間違いなさそうだ。先程から耳元で、誰かの心の声が聞こえる所為で、誰からの視線か振り返らずとも、理解できた私。溜息は兎も角、ぼそり呟く声は私も聞き取れないほどで。


クラスメイト達が登校する前は、私に苦言ばかり言っておきながら、今はそれとは違う種類の気に食わない、そういう意味を含んだ声に聞こえる。一体何がそれほどに機嫌を損ねたのか、私にだけ怒りが向けられた様子でもなく……


…危険な賭けをするより、私が早めに登校した方が良いよね?…高峰君と朝にまた会うことになるのは、極力避けたいよ…。今はそれよりも、溜息ばかりの朱里さんに、どう対処しようかな…?


クラスメイトが来る前に、彼が離れてくれていて安堵した。今後彼が朝早くに登校しなければ、私達3人(?)で話す機会は二度とないだろう。私が遅く登校するのが、最も有効だと思う。但し、朱里さんを伴い電車に乗るのは、登下校だけと言えども危険な賭けだ。もし彼女を見ることができる人が現れたら、もっと大事になる可能性もある。


…帰宅したら真っ先に、朱里さんの悩みを聞かなくちゃっね!…彼女がどうしたいのか、私も一緒に考えよう。後は私の悩みも相談して、彼女からもアドバイスをもらえばいいわ。


そう決心した後、私は沈んだ心境を持ち直した。その後は普段通り、好華ちゃん達と過ごした私。朱里さんの姿を見たカルラは、何故朱里さんが学校に居るのかと、不審に思ったようだ。時々彼女を振り返っては、何もない空間を見つめるカルラ。カルラは普段から謎の言動が多いので、誰も怪しまないようで良かった……


…もう~、仕方がないなあ。私が審神者さにわの能力を得たこと、その能力が霊魂を自らの身体に憑依させずに、霊魂をこの世に呼び寄せられること、カルラにはこれらの事情を後で、ある程度きっちり説明しなくちゃね。


私は、他にも懸念していたことがある。あの2人を除く全生徒達の中に、私と同様の能力がある者や、朱里さんを含め幽霊が見える者が、存在するかどうかである。他の生徒達が今の状況に気付く様子もなく、今のところはその懸念がないようだ。今朝事実を知られた高峰君以外には、朱里さんの姿を気にする生徒達は見られず、そういう素振りもなくて。


…私の大切な友人達である、好華ちゃんと希空ちゃんも、朱里さんの姿は見えないようだったわ。今のところ、誰も見えないようね?……良かったあ。


その日、高峰君が再び私に声を掛けることもなく、平穏に過ぎて行く。私は緊張の糸が切れ安堵したことから、何時ものように過ごしているうちに、彼と急接近したことも恨みを買った(?)ことも、すっかり忘れてしまった。


これら懸念を完全に忘れていた頃、彼がとは、私は露知らずの状況にいた。まさに数日後、私は後悔することになる。





    ****************************






 「…ねえ!…どうしてアナタが、学校ここに来てるのぉ?」


先程私は紗明良に、別の教室に行きたくないと告げたけど、実は…他の教室に少しは興味もあった。私が生きていた時代は、この時代の遥か昔のこと。今の時代の学校が昔と同じかどうか、気になっていた。


紗明良は友人達が登校したことで、すっかり安心した様子となり、私のことなど眼中にないようだ。時々、紗明良あの子の心の声が聞こえてくるけれど、私の方を振り向こうともしない。自分が後ろを振り向くことで、私の存在がバレるかもしれないと、恐れているらしい。確かに高峰君以外にも、クラスメイトの生徒達の誰かが、私に気付く可能性もあるからね。


実際には、誰も私に話し掛けないし、教室ここには扱われ、私は退屈で仕方がない。紗明良あの子が私の方を見ていないと確認してから、私はふわふわと隣の教室に移動して行った。


紗明良のクラスの両隣の教室は、片方は同じ1年生のクラスで、もう片方は空き教室となっているようだ。私は空き教室側に移動し、中に入ってみた。教室の中は机と椅子が纏められ、ガランとしていると感じる。教室の中央に教壇があったけど、その上には大量の本やら資料やらが、乱雑に重ねてあった。暫く使われてないというのが、誰が見ても一目で分かる程だった。教室全体に彼方此方あちらこちら、埃が溜っているのが見て取れる。


…どれだけ時代が変わろうと、学校の様子はあまり変わらないのね。教室ここが…私の通っていた学校ではなくて、残念だわ。それでも、妙に懐かしい。私の守護霊だったの人も、今の私と同じように…懐かしいと思ったのかな?


私の通っていた学校は、小中高のどれもが歴史のある学校で、今はもう立て直されたり取り壊されたり、あの頃の学校の姿ではないと、風の噂で聞いている。それは仕方がない。あの神代家の神社でさえ、私が見てきた頃の姿ではないのだから…。勿論、神代家の象徴である神社は、全体的に建て替えられていて、一部は昔から引き継いだ形で、ほぼ昔と同様の姿で立て直されている。


…今生きる者達から見れば、昔との違いが全く分からなくとも、昔の時代に生きた私から見れば、新し過ぎて、に見えるのよ。寂しいな……


私は1人(?)隣の空き教室で、遠い昔の懐かしい思い出に浸る。紗明良とは何年か前に出逢い、最近になって漸く会話ができたけど、今の私は彼女に何かと感化されているようだ。幽霊のように彷徨った間、自分の感情が殆どなかった気がする。紗明良あの子に振り回されるこの頃では、自分が生きていた頃のように、今の私は昔の感情豊かな自分に戻ったようで。


感傷的に浸っていたら、誰かが私に声を掛けてきた。態々振り返らずとも、誰なのかは見当がつく。紗明良あの子と意思疎通が出来ない頃も、紗明良あの子に関わる重要人物として、私がずっと見てきた人物でもあった。


……カルラもまだ、授業中なのでしょう?…どうして此処に来たの?…むやみに授業をサボっては、駄目よ!…後悔するのは自分なのだから、学生のうちはたくさん勉強をした方が良いわよ?


声で誰だか分かった私は、振り返りもせずカルラに忠告をする。神社のある本家には紗明良以外にも、神代家親族一同が集まることがある。カルラ一家は日本に帰国して以降、頻繁に本家に来るようになった。紗明良と意思疎通ができる前までは、神社から一歩も動くことが出来ず、彼女達が現れるのを只管ひたすら待つだけの私。


…私が守護する対象は誰なのか、直ぐに理解できたわ。神代家の人達は神社を訪れるたび、私に気付くと気さくに話し掛けてくれて、本当に嬉しかったのよ…。明らかに私に気付きながらも、カルラだけは話し掛けてこなかったけど……


紗明良に審神者の能力が開花した途端、カルラは漸く話し掛けてくれた。もしかして私が単なる幽霊だと、信じていたのかもしれないが。現世に姿を現す幽霊の中には、悪霊へと変質するものが稀におり、人間に悪意を向けようとして、ちょっかいを出すこともある。神代家の血筋を引く者は特に、幽霊に纏わりつかれることが屡々ある、というのが当たり前であった。


 「別に…サボってないヨ。センセーが自習にしただけ、だモン。それよりも私の質問に、答えてほしいヨ。」


カルラの話し口調は未だ、片言混じりの日本語ではあるけど、今は真面目に勉強も頑張っているようね。そろそろ、その癖を直さなければ…ね。紗明良もいい加減、認めてあげれば良いのに……


…紗明良が貴方に説明すると話していたし、もう少し待って頂戴。カルラ、貴方は意識して、正しく日本語を使うように…。紗明良にでしょ?


紗明良への配慮をしてほしくて、私はカルラに忠告する。要するに、カルラは天邪鬼なのだと思う。仲良くしたいと思えば思うほど、逆に相手が嫌うような言動を、無意識に取るようだ。このままでは何時まで経てど、誤解が解けそうにないと…。カルラは決して、悪い子ではない。私は…2人の橋渡しをしようと思う。


 「……あっ、うん…そうだよネ。私、もっと気を付けるヨ………」


…カルラは、本当は良い子だよ。その癖を直して普通に話せば、いつか紗明良も分かってくれる。だから、頑張って直すのよ?


 「……ありがとう。私、頑張る。え~と、アナタは……?」


…ああ。まだカルラには、名乗っていなかったわね?…私の名は『朱里』。紗明良は『朱里さん』と呼んでいるわ。


 「じゃあ、私もそう呼ぶよっ!…これからよろしく、朱里サン!」






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 クラスメイトとの朝のやり取りが終わり、同じ日のその後の様子です。久しぶりに他の人物が、出てきたような…。


前半は紗明良視点、後半は朱里さん視点となりました。流石、朱里さん。カルラのことをよく理解しています。ずっと見てきた彼女にとっては、母親のような姉のような想いなのかもしれません。


結局、朝の続きからの話となりました。意識が飛んでいた紗明良の状況も、何時か書こうかなあ…。


※タイトル番号の間違えあり、訂正しています。

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