j.何で私に絡んでくるのよ…
私は知らず知らずのうちに、高峰君を思い切り睨んでいたらしい。彼は面白がる様子を見せては、肩を揺らして笑い出す。私は不愉快気に顔を顰めたが、それでも私の表情は殆ど変わらないことだろう。
いくら睨んでも顔を顰めても、私の微妙な表情の変化を、親族達でさえ見分けられないと言う。それは今も同様の筈だが、彼は二度も言い当てた。それほど親しくもない関係のクラスの男子に、簡単に見破られるとは想像だにしておらず…。よもや偶然ではあるまい…。
二度も言い当てられたと私が気付くのは、もっと後のことだ。彼から投げ掛けられた疑問が衝撃過ぎて、この時の私に周りを見渡す心の余裕もなく…。其れだけ彼の告げた
「………くくくっ………」
「…………っ!…………」
突然、彼は肩を揺らし前かがみの姿勢で、吹き出すように笑い出す。小刻みに身体を震わせつつ、クツクツ笑う彼に対して、逆に私の顔は無意識に歪む。何がそんなに可笑しいのよ…と、私の内心では怒りのオーラが膨らんでいった。それでも顔に出したぐらいで済んだのは、彼が私のクラスメイトという立場で、私よりもずっと優秀な人材だと、私が最も知っているからだ。ちょっとだけ…遺憾だよ!
彼が発した言葉に、怒りのオーラも霧散した。私が正直なのはその通りだし、特には気にしないけど、毛を逆立てた猫に私を例えるとは、「何だ、
私は驚きつつも彼の視線の先を辿れば、私の真後ろをジッと見つめている。他人の感情に疎いと言われる私でも、あれが…見えているようだと、嫌でも気付かされ。私の真後ろにあると思われる、その正体に心当たりのある私は…。ずっと傍に気配があることも、理解して。ついつい声に出しそうになる。
……其処に、居るのよね?
…居るわよ、貴方の直ぐ真後ろに……
まるで小声でコソコソ話すように、彼女の声が
姿がハッキリ見える者は、声もハッキリ聞こえるという事情は、カルラで実証できている。だから、彼女も声を聞かせないようにして、様子を伺っているのだろう。こういう時、互いに声に出さずに話し合えるのは、超便利だよね。
…さあ、どうやって誤魔化そうか?…もう誤魔化せない感じだけど、最初から認めるのは癪だしね。もう少し足掻いてやるわ……
「……何を言っているんですか?…高峰君が一番なんでしょ?…だったら私はその次だと思っていたのに、他にも誰か来てるってこと…ですか?」
私はさり気なさを装いつつ、嘘を
「……ふうん、こういう時の嘘は上手だね。だけど相手が悪かったかな、僕には通じない。僕は君が嘘を
「……っ?!……なぜ初めから、嘘だと決めつけるんですか?…まさか…私が嘘つきだと、思ってます?…………酷い……」
高峰君の反撃は、私の予測通りだ。私のことを良く知っていると、私の嘘を見破ったらしいけど、抑々彼とはこの高校で知り合った。その後も殆ど挨拶だけで、嘘が上手だとか僕には通じないとか言われても、全く嬉しくないし嫌味に聞こえるよ。これってもしかしなくても、私が噓つき呼ばわりされているのよね?
見えるものを見えないことには、本来ならば出来ないだろう。彼が見えても私が見えない…と、誤魔化したかったのに。私が見えるという確信を、彼はきっと持ったのだろう。私と彼女が無言で会話する様子で、気付かれた可能性もある。私の嘘を見破る彼に、これ以上は誤魔化しきれないだろう。それでも今の彼の反論は、私が嘘を吐く度に見破れる…という意味だと、私にはそう聞こえて。私がいつも嘘ばかり
普段から目立たない私にも、分け隔てなく挨拶してくれる高峰君は、男子の中では断トツで優しくて良い人だと、私も信頼していた。私は冷静に逆襲しようとして、如何やら相当なショックを、受けたみたいだ。酷いことを言うと思いつつ小声で呟けば、本気で泣きそうになって……
…高峰君もあの男子達と、同じなんだ…。これだから…男子は苦手なのよっ!
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「…ご、ごめん……。君を馬鹿にするつもりはないし、決してそういうつもりで言ったんじゃないんだ。まさか…君が嘘つきだという意味で、勘違いして捉えたとは思ってもみなくて…。本当に……ごめん!」
私が泣きそうになった途端、高峰君は目に見えてあわあわと取り乱す。平謝りまでではなくとも勢いよく立ち上がり、私に向かって頭を深々と下げ、謝ってくれる。普段の落ち着いた彼とは、同一人物とは思えない変貌ぶりである。これほど…彼が取り乱すなんて、何となく可笑しくて可笑しくて……
…う〜ん。そこまでの謝罪を、要求したいのではなくて…。如何やら私の勘違いみたいだし、私が深読みし過ぎただけなのに。それにしても…高峰君の慌てようは、可愛いよね?……ぷっ、ふふふふふふっ………。
本来ならば勘違いした私も、直ぐに謝るべきだったけど、私に謝ってくる高峰君の姿が、あまりにも必死過ぎた所為で、笑いが込み上げてくる。ついつい我慢できずに、私は吹き出してしまった…。真っ青な顔になりつつも、必死に弁解しようとする彼の姿に、今まで以上に親近感を覚えた。
声に出し笑い出す私に、高峰君はギョッとしたように目を丸くし、暫しキョトンとする。この状態は彼でなくとも、声を出して笑うことの少ない私自身も、ちょっと驚くような自身の言動だと言える。但し私はこの時、全く気付かずにいたけど。
イケメンの彼が未だポカンと口を開けた様子に、あまりに間の抜けた顔だという感想が浮かび、余計に可笑しくて笑いが止まらなくなる。クスクス笑い続ける私に、彼は苦虫を嚙み潰したような顔をして、明らかに面白くないと言いたげに、何か文句を言いたそうに此方を見つめてきた。如何やら、笑い過ぎてしまったかもね…。漸く私の笑いも、収まってくれたようだ。
「……そんなに笑わなくとも、いいじゃないか…。僕は真剣に、君に謝りたいと思っていたのに………」
「……ふふっ。わたしこそ、勘違いしてごめんなさい…。高峰君とは…殆ど話していないから、どういうつもりで言われたのか、よく分からなくて…。本気で私が嘘つきだと思われているのかと、クラスメイトからそう疑われたのかと思ったら、悲しくなっちゃって…。それなのに、高峰君が否定する姿とか、先程の慌てぶりとかが必死過ぎて、可笑しかったんだもの…。それでも…笑ってはいけなかったと、反省してます。……ごめんなさい。」
ちょっと拗ねたような顔つきと声で、高峰君は文句を訴えてくる。今の言動ももう少しで笑いのツボに入りそうで、一度目を瞑って息を吸い込んでから、もう一度目を開けた。彼の目を見返すようにして、やっと私も謝ることができたのである。
クラスメイトの男子とこれほど長く話すのは、今日が初めてのことだ。因みに私が友人以外で長々と話したことも、男子相手では初めてかも…。生まれた時から男子が苦手ではないし、苦手になるまでは男子とも、普通に会話していたことだろう。但し、私ははっきり覚えておらず、もう何年も昔のことだ。私が覚えている限り、初めてだと言えるだろうか?
…特に高峰君みたいなタイプとは、絶対に関わっていないよね。私は生まれた時から平凡な容姿だし、特別に人に好かれるような要素も、持ち合わせていないもの。
「…やっと真面に、君と話ができたね?…『おはよう』と声を掛けてアピールしていたのに、全く会話に繋がらないとはね…。僕も…予想外だったよ。」
「………はい?………」
私が謝っている間、高峰君はジッと私を見つめてくる。私が本当に反省しているのかと、疑うかの如く…。彼は真剣に謝ってくれたのに、笑って悪かったなあと反省する私に、彼は何故か苦笑した。脈絡のない話を語る高峰君は、本当は何を言いたいのだろうか。私と会話したかったような彼の言い分に、私には理解出来なくて戸惑ってしまう。会話が繋がらないのは、私が男子と話す気が皆無だったからで。
「…うん、無理に理解しなくていい。寧ろ神代さんはその方が、君らしい姿だと思っているからね。」
「……………」
……え~と、私は…どう返せばいい?…高峰君とこうして話すのも、これが初めての筈なのに。私のことを良く知っているような、そういう言い方に聞こえるんだけど、高峰君は案外と安請け合いをする、そういう軽いタイプなのかな…?
「何か疑っているみたいだけど、神代さんが思うよりも君のこと、僕は知っていると思うよ。少なくとも、君の後ろに浮かぶその人よりは、ね……」
高峰君は何か、意味深な言葉を
もうこれ以上、誤魔化せそうにない。隠しても…無駄だよね?…そう自身に問いながら、こうするしかないのだと………
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早いもので…第10話、更新となりました。ここまできてやっと、恋愛っぽい流れに……?
内容的には、前回の続きです。意外な人物に見破られ、紗明良も朱里の存在を認めるかどうかは、次回へ続きます。
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