i.いつもとは異なる朝の風景に
今日私が登校した時には、同級生が既に教室の中にいた。私より先に登校する生徒は、滅多にいない。誰だろうとその人物をよく確認すれば、クラスで一番目立つ高峰君という、意外な人物であった。普段の彼はもっと遅く登校するし、教室で彼と私が2人っきりの状況になるとは…。あまりにも想定外過ぎて、私は教室に入ろうとした態勢で固まった。
…別に、彼を特別意識したことはないし、男子自体が苦手なの。男子と2人っきりになるのが嫌で、普段から気を付けていたのにね…。朝っぱらからこの状況とは、今日はついてない日かも…。
幸いにも、高峰君は教室で勉強中みたいで、まだ私に気付かない。朝から自主勉してるとは、流石に首席を取る人は違うわね…と感心しつつも、私は呪縛が解けないと焦る。漸く彼が顔を上げ、此方に気付いたようだ。先程から私は逃げたくとも、身体は金縛り状態で動かせなくて。
結局、私は逃げそびれてしまった。どうしよう…と内心で青褪める私と、バッチリ目が合った高峰君だけど、何故かジッと此方を凝視したままだ。何となく
普段の高峰君ならば必ず、「おはよう」と声を掛けてくる筈だ。稀に、彼と偶然目が合った時にも、にっこり微笑み返してくれるから。彼と知り合った当初は、私の後ろの女子にでも愛嬌を振り撒いている、そう勘違いしたぐらいである。その頃の私は、彼のそういう笑顔を無視し続けた。私は元々、それほど愛想が良い女の子ではなく、外では滅多に笑わないらしい。自分のことを『らしい』と表現するのは、誰かに言われて気付いたからだ。
家でテレビを見ていても、お笑い番組だろうと反応が薄く、滅多に大声で笑わない私は、これでも頭の中では面白いと感じている。当然私にも感情の起伏はあるし、単に顔の筋肉が大きく動作しないだけで。しかしそれは、他の人には分からないらしい。余程私を観察していなければ、私の微妙な表情に気付けないということだ。私自身は今更気にしても仕方ないと、笑顔を繕うこともない。
あの日、友人達と帰宅しようとした時、誰かの視線を感じた気がして、私はさり気なく後ろを振り向いた。そうしたら…高峰君とバッチリ目が合って、私は慌てて前を向く。私の友人達は先に教室を出て、私の前には誰もおらず…。要するに彼から見て、私の後ろに当たる位置には、誰も居ないということだ。
教室にはまだ、他に何人かの生徒が残っており、彼に好意を持っている女子生徒の姿も見える。しかし今の彼らは、高峰君の後方の位置で留まり、各々友人との会話に夢中な様子だ。彼と私の間には邪魔をする生徒もおらず、私はもう一度確認したいと思いつつも、振り返るのが怖い。何となく未だ視線を感じるのは、決して私の気の所為だけではないような…?
私の足は固まったかの如く、その場に留まった。丁度、今と同じ状況だ。漸く動けるようになったのは、好華ちゃん達が私を呼びに来てくれたから。私が教室から出て来ないのを心配し、態々戻って来てくれた。
その時、好華ちゃんは私の後ろを確認し、一瞬怖い顔で睨んだ風に見えた。普段から彼女は何でも、ハッキリ言う人だ。だけど何故かこの時は、その後も私の事情に触れてこなかった。私も…この時の事情を上手く説明できず、彼女から何も聞かれなかったことに、内心ではホッとしたにも拘らず、どこかスッキリせず…。あの時と同じ状況となった今、後回しにするツケが回ってきたと、後悔しつつも。
今更あの日の答えを知ったところで、如何にもならない。今、私に手を貸してくれる人が、誰もいない方が問題だ。大親友の好華ちゃんも、今日は登校しないかも。会社経営の父親が忙しくする時期は、彼女も父親の補助に回るらしく、そろそろそういう時期だったよね…と思い出して。
…じゃあ、他の生徒たちが登校するまで、高峰君と2人っきりなの?…冷や汗が出てきて止まらないよ…。好華ちゃんは登校時間が早いけど、希空ちゃんとカルラはギリギリにしか、来ないからね…。
「…あの男子、此方を見てるわね?」
高峰君は未だジッと、私の方を見ている。彼から目を逸らし、身体は動かずとも視線だけは、何とか動かせた私に。誰かが私の後ろで、ボソッと囁いた。私は本気で心臓が縮まった、かも…。
……朱里さん。いきなり私の後ろから、話し掛けてこないでね?
私の耳元でひそひそ声を掛ける朱里さんは、私の守護霊様である。21世紀頃にご生存されていた、神代家のご先祖様だ。私は教室に入る寸前までは、キョロキョロ見渡す彼女に苦笑しつつも、彼女の存在を身近に感じていたのに、教室の中に一歩踏み込んだら、私の思考も歩みも止まって、他の記憶も吹っ飛んでいた模様です。今の今まで、朱里さんの存在を忘れていましたよ……
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「…紗明良ったら、私のことを忘れるなんて、酷すぎるわよ……」
……ううっ。忘れていて、ごめんなさい。今は、それどころじゃなくて……。勘弁してください〜〜。
私の心中の声に対し、シクシクと泣く真似をする朱里さん。私は正直に謝り、切実に現状を訴える。すると私の金縛りは、何時の間にか解けていたらしく、私は教室の外を振り返っていた。これって…もしかしたら、朱里さんが声を掛けてくれたことと、関係あるのかな…。
…朱里さんに話し掛けられたのが切っ掛けで、金縛りが解けたのならば、今度からはもっと早く話しかけてもらえば、いいのかな?…どうせ誰も彼女の姿は、見えないもんね~。
思わぬ解決策に、私は現状を忘れて浮かれる。態々朱里さんに頼まずとも、頭の中で考えつつ伝われば、金縛りの最中でも可能みたいだ。しかし…朱里さんは私に、何も
「神代さん、おはよう。入口で突っ立ったままで、どうしたの?…教室に、入って来ないの?」
高峰君は何もなかったかのように、普段通りに声を掛けてくる。私は彼の声にハッとし、今までの事情を思い出した。身体ごとギギギ…という壊れた音がしそうなほど、私はぎこちなく振り返る。彼があまりにも普段通り話し掛けてきて、こっちの方が戸惑うよ…。
先程までの彼の様子は、まるで私が白昼夢でも見たように、何もなかったと言いたげだ。普段の私ならば、直ぐに信じたかもしれないが、違和感があまりにも大きくて、朱里さんという守護霊が見えたことで、私も目に見える事柄だけではないと、気付けたようである。それでも、私から否定する気はなかった。私の能力や朱里さんの存在を、気付かれてしまう恐れがある、以上は。結局、私も普段通りに過ごそうとして、「おはよう」と小声で返し、さっさと自分席に移動する。
ところが…私が席に座った途端、高峰君が席を立つ気配がする。気付かぬフリを続けていたら、彼の靴先が私の視界に入ってきた。彼が何をする気なのか、私には見当も付かない。彼のゆっくりとした歩みは、私の席の前でピタリと止まり、彼はそのまま私の前の椅子に座ったようだ。
…や、ヤバい、これは…。私に何か、話し掛けてくる…?
私は自分の席に座って直ぐ、本を読むつもりでいた。彼の怪しい行動に、本を持ったまま固まりそうになる。私が読みたい本は、神代家に代々伝わる書物だ。最近ずっと読んでいる本でもあり、今日も退屈凌ぎに持参した。神代家代々の本を、持ち出しても大丈夫なのかと言えば、巫女に関する呪術を記載した本として、神代家血筋のごく一部の者にしか読めず、神代の情報が漏れない仕組みとなっている。
神代家の血筋の中でも、神代家の能力が使えない私の父や姉、他にも親戚の一部の者達は、この本が読めない。父に嫁いだ母のように、外部から神代家の一員となった者は、当然ながら読むことができない。本にかかる制限を解除するという、それ相応の能力が必要とされるから。
また他にも、別の本の中身に見えるよう、術がかけられている。母の話では、絶対に母が読まない内容の本で、無理に読もうとしても眠くなってしまい、目覚めた時には内容も覚えていなかったと…。能力のない親戚達の誰もが、読みたくない本だと語っている。逆に私みたいに読める側からは、どう見えるのか想像もつかない。一体どういう内容なのか、ちょっと…気になるよね?
…本を読むと眠ってしまい、起きたら記憶を忘れているなんて、善からぬ術がかけられたとかでは、ないよね?…お母さん以外に婿入りした叔父さんも、絶対に読みたくないと言ってるから、本の内容は人によって変化するのかな?
「君が読んでいる本は、特別な本みたいだね?…何か不思議な感じがして、神代家由来の書物とか…なのかな?」
高峰君の質問に私はギョッとし、ガバッという勢いで顔を上げる。ちゃっかり私の前の椅子に座った高峰君は、私の本を見つめているのかと思いきや、私の顔に視線を送っていたようで、顔を上げた途端に彼と…目が合う。
……えっ、な…何?…何が言いたいのか、分からない…。私には貴方が、全く理解できそうにないよ…。
高峰君との距離のあまりの近さに、私はまた固まるかと思った。今回は如何にか回避できたが、頭の中の混乱は激しくて。この時の私は自分の異変に気付かぬほど、高峰君へ向けての警戒や敵視を、強めていたようだ。これらの異変に気付くのは、もっと後になるだろう。
「…くくくっ。君は本当に、馬鹿正直だよねえ。僕を警戒し過ぎて、毛を逆立てた子猫のようだ。別に、取って食おうと言う訳じゃ、ないのに…。ところで…君の後ろに居る人物は、
「………えっ?!…………」
ま、まさか…高峰君には、彼女が見えるの?…もしそうならば、私はどう対応すれば良い?…クツクツ笑いつつ問い質す彼の瞳に、平凡な私が映り込んだ以外には、何も考えられなくなっていた。
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Twitterの方では第8話更新としましたが、正しくは第9話の更新です。自分用の記録を、間違えていました……
今回から暫く、主人公と彼女にプラス、男子が加わって来ます。何故か紗明良に話し掛けてくる、彼の目的とは……?
今のところ、短めの物語となる予定ですが、題材が初めての試みなので、どうなるのかはまだ未定……
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