358-いつかの君と俺だった僕の話(10)

「え、君、じゃない、貴方……聖女様のお使いなのか? 証拠? じゃあ、この子のこの腕を……っていや悪い、さすがに使者さんには無理……ってええ? ありがとう、ありがとう! 絶対に秘密にする! どんな魔法でも、掛けてくれ!」


 将軍殿と部下達の墓は、聖国の外れに存在していた。


 大きくはないが丁寧に掃除された魔石と、恐らく周辺の住民が植えたであろう花が咲く花壇。


 将軍殿と部下達が聖女様を守って下さった、という民からの感謝の気持ちが伝わる墓所であった。

 その管理を主にしてくれているという自警団の団長とその子ども。

 団長の話に偽りがないことは聖女が持たせてくれた聖魔力が詰まった魔石のおかげで分かったので、嘘ではない程度に身分を明かしたところ、聖国の連中に傷つけられた子どもの腕を治してもらえないか、と言われたのでやってみよう、と聖魔法を掛けてみた。


 しかし、連中のクズさはこちらの想像を超えてくるな、忌々しい。


 いや、それよりは治療……治癒か。


 頼む、聖魔力の魔石よ。

『任せて』

 魔石から、聖女の声が聞こえた気がした。


 すると、恒久的にしびれがあり、動きがぎこちなかったという右腕は、普通に動き始めてていた。


「聖女様の、みつかい様……。ありがとう!」


 みつかい、とは御遣いのことか。小さいのに賢い子どもだ。


 この子どもが、将来、小国ながら、聖国から独立した共和国の基礎を築くことになるのだ。

 もちろん、この時の俺はそんなことはかけらほども思いはしなかったのだが。


 自警団団長に訊くと、将軍殿達の亡骸を回収しようとした聖女の真聖隊しんせいたい(聖女は絶対に許さない名称だな)の連中が、聖魔力で壁を作られた腹いせに近隣の街や村から聖供物の供与と称して略奪行為を行っていたのを止めた自警団の団長達を恨み、事もあろうに団長の子どもに暴力行為を行って去って行ったのだという。


「聖女様を我が聖国から出した者達を善しとする者達への罰だ、と言い残していきました……。俺の子どもだけで終わらせたのは、多分、将軍様達のご遺体がある辺りから大きな轟音が聞こえてきて、奴等を竜巻が連れ去っていったからだと……。俺達ももちろん止めようとしましたが多勢に無勢で……。子どもには悪いことをしました」


「何言ってんだよお父ちゃん! だから俺、言ったろう? 殴られてるのに痛くなかったし、腕も痺れがあるけどお母ちゃんの手伝いや勉強はできてたし! それに、将軍様のお声で、いつか必ず治して下さるお方がみえるから、すまん、って声がしてたって言ったじゃんか!」


 まさか、将軍殿が予知をなされたのか?


 いや、もしかしたら。


 ありがとうございます、と何度も繰り返し、地面に頭を付けそうな勢いの自警団長。


 俺はなんとかそれをやめさせて、その代わりに、と許可を取り、墓所を精査させてもらうことにした。


 やはり。


 土中から飛び出してきたのは、多分、聖女が将軍殿に渡した人形だ。将軍殿に予知を与えたのも、この人形だ。


 そして、聖国の連中は、これを取り返したかったのだろうな。


 俺は人形に、聖女から託された俺の分の魔石とは別の、もう少し小さい魔石をかざした。

 すると、小さい魔石は人形に吸収されていった。


 よし。これで、周辺への結界は持続されるな。


「これで良い。将軍閣下達の亡骸は安全なところ……聖女様がお定めになった土地に移す。代わりに、この、聖女様が閣下にお渡しした人形はそのままにして、地中にお戻しした。更に、君達が用意してくれた魔石の隣に碑を建立する。聖女様を守りし将軍とその部下達の為に、として。……良いだろうか」


「勿論です! 皆にも伝えます!」

「はい!」


 二人には俺の存在、子どもの快癒などについては秘匿の魔法を掛けさせてもらった。


 それから俺は、魔石の力を借りて亜空間を作り、その中で将軍殿達を魔獣国の近くへと転移させる準備を始めた。


 既に、鉄輪が我が国と遣り取りも済ませてくれているので、あちらでは将軍殿達のご遺族が待ってくれている筈だ。


 そして、同時にあちら、魔獣国の魔術師達がこちらへの魔石の碑の転送準備をしてくれているのだ。


 準備が出来た。


 その前に、これだけは。


『将軍殿、聖女様……聖女をお守り頂きましたことに厚く御礼を申し上げます。我が名はコハ。魔獣国のものです。今、あの方の傍におりますものでございます。部下の方達とともに、我が国の近くにお移り下さいませ。皆様のご家族も魔獣国にでお健やかにございます。皆様の転移……これはあの方のご希望に存じます。将軍殿、あの方はあの森で、斯様に』

 よし……。


 俺の知る限りの森での聖女の様子も伝えられた。

 最後に、将軍殿達への感謝を込めて礼をする。


 それから、『よろしくお願い申し上げる』と、人形にも礼をしてから転移陣を発動。


 すると、人形の中の魔石と、俺の分の魔石が、きらりと輝いた。


『……ありがとう……を……よろしく……あと……う、と……』


『承りました』


 きっとあれは、将軍殿のお言葉。


 誕生日まで、あと225日。


 将軍殿、部下の皆。


 その日が来たら、聖女に必ず伝えよう。


 皆からの『お誕生日おめでとう』を。


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