356-いつかの君と俺だった僕の話(8)
聖女の16歳の誕生日まで、あと270日。
護衛なしに森中を回れる立場になり、聖女様、を聖女、と呼ぶのにも慣れた頃。
「私の大切な物。コハには見てほしいの」
琥珀色、とか、魔力がでけえ奴、とか呼ばれていた俺がこの呼び名にも慣れ始めた時、聖女の為の絹の服の中から出されたのは、一冊の分厚い紙の束。
どうやら、亜空間を服の中に構築して保管していたらしい。
「すごい魔法でしょう? 聖霊王様と聖霊さん、聖霊獣さん達がお水とかおいしいものとか、この服の中にたくさん転送してくれたから、あの国で、ご飯やお水をなしにされても大丈夫だったの。ただ、その後、やつれた偽装? の魔法は忘れないようにしないといけなかったんだあ」
そうか……。
この30日ほどで、聖女の過去をかなり知ることができてはいたが、まだ奴隷商人達や聖国の連中をぶちのめしたい気持ちは収まらない。
聖霊王様のご加護により、聖女は生まれた時から聖霊殿や時には精霊殿達に守られていたらしい。
ただ、村長夫婦以外の大人の記憶が戻らないことから、もしかしたら本当の親が奴隷商人に聖女となる以前の我が子を売却……という最悪な想定さえ浮かんでくる。
この想像は、聖女には伝えてはいない。
そして、俺はそういう親が存在するということも知っている。
もしかしたら、生来聖女に与えられていた聖霊王様のご加護がその親の元に居るよりは、と判断され、わざと売却をさせた可能性もある。
少なくとも村長夫婦と村人達、将軍殿と部下達や真っ当な精神の傍仕え達のことを話す時の聖女は幸せそうだから。
そういえば、と思うこともあった。
奴隷商人達から害を為されそうな時には体をすくめていたら「これくらいで勘弁してやる」とらやたらに疲弊した様子で言われたことが何度かあったらしい。
つまり、聖女が姿を変えたのは、やはり聖国に連れて行かれてからだったのだ。
聖女を聖国に連れていらした将軍殿が無理矢理に対面した際には既に姿が変化していた様だ。
「将軍さんも、私のこと、私だって、分かってくれたよ?」
そう言われた時の将軍殿の気持ちが俺には共感できてしまった。
……哀れんではいけない、と。
そうだ、聖女は聖女。
たとえどんな姿でも、この魂の輝きと魔力は、変わるまい。
いつか、将軍殿と部下達の亡骸をお救いできるだろうか。
それはきっと、聖女の望みでもあるだろう。
聖女の為と言えば、一応、周辺の奴隷商人達やそれを購入した連中は鉄輪の許可を得て紙鳥で魔獣国に伝達をしたのだが。
一週間遅れでこの森にも届く魔獣国の新聞のこの間届いたものには大々的に組織瓦解の為に討伐隊が出国、の報があったから、多分俺は直接は手を下せないのだろうな。
魔獣国の誰かがやっつけてくれるなら、まあ良いか。
俺が直に手を出したら、情報を得ることができないほどに痛めつけてしまうだろうからな。
そんなことを考えながら、聖女が見せてくれた紙の束を見る。それは、紐綴じされていて、手帳の様にも見えた。
「見てもいいのか?」
「どうぞ」
聖女の金糸の髪と紫の目は相変わらず美しいが、細工めいていた初対面の頃とは違い、生き生きとした快活な美しさになっていた。
距離感は相変わらずだ。
近すぎる、と言うとむしろ距離を詰められた。
理由? それは分からない。
「何も書かれていないが?」
俺がそう言うと、彼女は魔力を流した。
すると。
「文字が……」
そうか。
自分の思いや色々な事を正直に書いて見付かると、周りにも害が及ぶからと、魔力で文字を書き、秘匿していたのだな。
「こうやって、一緒にいたら聖魔力も分け合えるかな? そしたらコハも、一緒にこの紙綴さんに字を書こうね」
紙綴りだから、紙綴。
紙の束も、彼女にとっては仲間なのだな。
魔獣人の俺に聖魔力は宿らないだろう。
でも、そう言われたのは嬉しかった。
それくらい、聖女は俺といてくれるつもりなのだと思えたから。
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