355-いつかの君と俺だった僕の話(7)

「お名前、教えてもらえる?」


 聖女様からもう一度訊かれた。


 そうだ、俺の名前。


 魔獣国の場合、魔力の気配とか毛の色や角の色とかで相手を見るから、あまり名前という意識はないのだが。


 そうだ、俺は毛と目が琥珀色だから。

「コハク、のコハ。コハと呼んで下さい、聖女様」

 うん、中々に良い名前だ。

 琥珀、とかコハク、って呼ばれている知り合いは割といるけれどこの呼び方は多分、知った連中の中では俺だけだ。


「コハさん。素敵なお名前! 私はまだ、お名前はないの。村長さんが、ね。16歳のお誕生日に、お名前をつけようね、って。自分で決めても良いし、誰かにもらっても良いよ。って。嬉しかったなあ」


「さん。は、必要ありませんよ。聖女様……とお呼びしてもよろしいですか。貴方様が16歳におなりあそばされるまでにはもう少し時間がございますのでしょうか」


「うん、そのことも聞いてね! あ、私のことはね、聖女、って呼んで! 敬語もやめて! それから、コハと私はお友達ね。……いい?」


「やむを得ませんね。この森の中だけでした……だけなら」


「ありがとう! あのね、奴隷商人には、15って、呼ばれてたの。15番目の商品だから、って。村長さんと奥さんにそのことをお話したら、二人とも、泣いちゃったの。えーん、って。泣かないで、二人の子どもになれてうれしいよ、ってお話したら、突然聖霊王様が思念となって地上にいらしてね、嫌な首輪をぱちーん、ってこわしてくれたの。すごくあたたかくて、きれいな聖魔力だったよ。そして、『今日から365を数えなさい、そうしたら16歳だ』って聖霊王様が教えて下さったの! ええとね、その日から今日で65日目!」


 ということは、あと300日か……。


 まだ魔獣国くらいにしか伝わないコヨミの概念か。


 まあ、聖女様と善良な村民。聖霊王様がお伝えになられたのならば特に問題もないだろう。

 それよりも、残り300。俺も共に数えていこう。


 それにしても、嫌な首輪、とは恐らく魔道具だな。強制帰還とか?

 奴隷に付けたまま売った、ということは、この容姿だ、一定の時間の後に手元に戻そうとしたのか?


 後で村の場所を訊いて、魔獣国の腕利きに頼んで、村の近くで奴隷関連の商売をしているものを確認してもらうか。

 俺が組織とその上を直接潰したいが、依頼をしたら、多分誰かが潰してしまうだろうな。 


 もしかしたら、女王陛下が直々に……。


 いや、それよりも、だ。


 聖女様の話された内容。 


 それはまさしく、聖女様の顕現の真実ではないか?

 国家的大事件として、叙事詩が編まれるレベルの話だ。いや、大陸全土か。


 まあ、後で女王陛下にお伝えすれば良いか。


「本当に、聖女さ、聖女を助けて下さった村長ご夫妻は良い方達だったので、だね」


「そうなの! 皆を守るためにこの姿自体を結界にしているから、本当の姿にはなりたくないんだ。村の皆は、この姿でも私だって分かってくれたし。……コハは、この姿は嫌い?」

 

「嫌い、というか……。その姿を忌避するとしたら、美しすぎて気後れする、とかだろうな」


「……じゃあ、綺麗?」


 あまりこちらを見つめないでほしい。


 聖女様に邪な感情など抱くはずもないが、そのご尊顔は、眩しすぎる。


「ああ」


「いつか、本当の姿に戻ったら、綺麗じゃないかも……」


 正直に言ってもいいのか?


「だから大丈夫だって! 例えば角が生えたり牙が出たりしてもそれはそれで似合うよ、きっと」

 口に出ていた。

 まあ、良い。魔法で確認されても大丈夫。これは、本心だから。


「嬉しいなあ。……コハ、恋人さんとか婚約者さんとか奥さん、いる? 旦那さんでも、教えて」

 旦那さん。魔獣国には同性だろうが異種族だろうが恋愛や婚姻に縛りはないが、とりあえず俺は旦那さんはほしくはないな。


「……いない。そもそも、俺はモテない。失礼。そういう相手になりたいというものがいない。あと、もしも俺に恋愛の機会があるなら相手は女性が良いな」


「コハは、何歳? お相手は何歳くらいの人が良い?」

「俺は……自分が150歳くらいだから、人族なら皆年下だな」


「そう……なんだ」

 

 しまった。これでは、俺が人族ではない、と教えているようなものだ。


「……良かった」


 良く分からないが、良かった、のか?


 まあ、聖女さ、聖女が笑顔だから良い……のだろうな。


 なんだか、とてもしぜんに笑っておられることだし。

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