354-いつかの君と俺だった僕の話(6)
「聖女様がいつでも、と仰っておられます。貴方様のご都合のよろしい時に、お会いになりたいと念じて頂けますれば聖女様の元へ転移が可能に存じます」
……いや、おい。
この森に着いてから、数日が経過した。森の中は護衛(見張りと言うべきか)を付ければご自由にと言われていたが、俺はとりあえず術をきちんと出せるかを確認しておきたかったので遠慮した。
結果、元々得意だった身体強化魔法の精度がかなり向上していた。
それなら、軽い裂傷程度なら治せる、くらいだった治癒魔法までひょっとしたら……。
ダメ元で、完治してはいるが傷跡が深いものに、魔力を流してみた。
すると。皮膚が再生して、むしろ周囲の皮膚よりもきれいになってしまった。
驚いたのなんの。これは、魔獣国の治癒師級だぞ? もちろん、最上級の。
その上、聖女様に俺の都合で面会できるのか? 良いのか?
「いや、それはマズいだろう? 聖女様と言えば、視認するだけで魔力や身体能力が向上すると言われるお方だぞ? こんな、いくら女王陛下に聖女様が言付けられたとはいえ、魔獣国からの特使でもない、一国民をおいそれと……」
「貴方様の実力は、女王陛下直属級との文を陛下より頂戴してございます。俺……私のことは今日より鉄輪とお呼び下さいませ」
一礼して去っていく鉄輪ど……鉄輪は、温かい豆のスープと胡桃のパン、暴れ豚のハムという十分な朝食まで置いていってくれていた。
この数日は、こんな感じだ。
水とおいしいワインは毎日瓶で渡されたし、パンとジャムは食べ放題。
ハムとチーズも希望すればもらえるし、野菜は生でも酢漬けでも、という具合だ。
俺は客人としてもてなされている……のだろう。
今過ごしているのも、鉄輪のそれよりは狭いが、家には幾つかの部屋があり、俺専用の不浄場と、体を洗える場所まであるのだ。
「食事を終えたら、行ってみるか……」
そう考えただけだ。
それなのに、食事を終え、一応清浄魔法も掛けて、それじゃあ、と思っただけで。
俺はそのまま、転移していた。
「貴方が、聖女様……」
金糸の如き髪、宝玉の様な紫の目。白皙の肌。美しい……が。
感動、とはならなかったのは、無理に美しいその姿を取らされているのが明白だったからだ。
多分、髪や目の色は変えさせられているのだろう。……聖女様らしさを求めた聖国の連中だな。
「お目にかかれまする幸甚に厚く御礼を申し上げます。魔獣国のものにございます」
「……あ、我が呼び掛けによくぞ応えて下さいました。今生の聖女にございます。どうか、我が身をお守り下さいまし」
ああ、もう。
「無理をなさるな。将軍殿、村長夫妻や、村人達。鉄輪殿やこの森のもの達に話すようになさい。……無理に聖女様にならなくても、俺は貴方を……守りますから。そのお姿もお好みではないなら、元に戻られれば良いです。魔獣国のものは様々な人種に慣れておりますから、決して恐れたりはいたしません。ご心配なら、どんな制約でも誓約でもおつけ下さい」
「……聖女様らしくなくても、良いの?」
上目遣いで言われてしまった。
当たり前だろう?
「……聖霊王様が貴方様にお言葉と聖魔力を示された時もそうでいらしたでしょう? ご安心を。ですから、ご不安ならば、魔法をご遠慮なさらずにお使い下さい」
「……はい」
聖女様の聖魔法。
多分、俺の言葉に偽りがないかを確認されているのだろう。……判別、分析系の魔法で体調が良くなったのは初めてだな。
「……本当に。嬉しい……」
安心して頂けた様だ。
聖女様は姿勢を少し緩められた。
そして。
「はじめまして。聖女です。……あなたのおなまえは?」
笑った。
参ったな。
聖女様のお姿か、魔力の気配を感じるだけで十分だったのに。
その時の俺は、この笑顔を守る為なら、何でもしてやろう。
心から、そう思ってしまった。
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