353-いつかの君と俺だった僕の話(5)
「そのお方とは、
「ああ。……だが、確か……」
鉄輪の気配に、俺は彼の言葉を待った。
隻腕の義将殿。
自らの腕を犠牲に、民を、部下を魔獣から守られた正義の将軍。片腕の勇者と名高い。
民と騎士団からの人望が甚だしい為に、あの国の上層部さえ意見を聞くことがあるというお方。
確か、少し前に天に戻られたと聞く。
女王陛下が「ご家族や部下達と共に我が国に永住して頂きたかった」と、
特に、冒険者として臨時雇いで共に戦場を駆けた者などは数日間の断酒をしてその死を悼んでいたほどだ。
そうか、あの方が。
「元々、小さな村で様々な命を助けておられた聖女様を無理矢理に聖国に連れてくるなど無礼にも程がある、と最後まで反対をされていたのが義将殿でいらっしゃいました。ならばせめて、と村に聖女様をお迎えにいらしたのも。個人の資産から村に潤沢な財をお渡しになられ、村長夫婦はじめ皆に聖女様をお連れすることを深くお詫びになられたそうです」
あいつら、国外の小さな村から聖女様……村の皆とも親しく、幸せに暮らしていた子どもを奪っていくくせに、何も用意していなかったのか?
聖女様も、義将殿……将軍殿が人としてどれほどのお方かを理解され、この方について行かねば次は村がどの様な目に、と思われたのかも知れないな。
「暫く……何年間かはそれでも、何とかなってはいた様です。結界となることも、聖国の民を守ることに繋がるという聖女様が良しとされることはございましたので。ただ、聖女様の大切な村の近くで、不可思議な病が流行りだすまでは」
「……まさか」
「……はい。その報を聞き、涙ながらに帰りたい、聖国を出たいと望まれる聖女様に、無情に対応した聖国の者達……。義将殿はさすがに許せぬ、と聖女様を連れて国を出奔されました。協力者は多かった様です」
「まあ、そうだろうな」
聖女様とそれに協力する民と騎士団から絶大な信頼を得ている将軍殿。
対するは、聖女様を無理に閉じ込めている連中だ。
まともな神経ならどちらを助けたいかは明白だ。
やむにやまれぬ事情で味方はできずとも、見逃した、という者もいるだろう。
「聖女様は無事に村を訪れ、愛する村自体に魔法壁を張られたそうです。物理と魔法と、病……あらゆる可能性を弾くものを。そして皆ともう一度別れを惜しみ、この森に向かわれたのです。聖女様を奴等から守る地である、と聖女様が予知された、この森に」
とりあえず、聖女様の大切にしておられる村が守られた、そのことは良かったな。
「義将殿はこの森に着かれ、まだ単なる狸の魔獣だった俺に、心から頼まれたのです。頭を地につけ、この身を捧げればこのお方を匿って下さるか、と。俺はただの魔獣ですが、嘘を見破ることは得意でして。あの方は、真実を言っていらした」
「そして、鉄輪殿への感謝として聖女様は聖魔力で貴方の身体強化を為されたのか」
「はい。知性やその他の力も上がりまして、暴れ牛と1対1でも労せずに勝利いたしました。申し訳ない。話の続きですな。一緒に居てほしい、と言われた聖女様を俺に託されて、義将殿は国に帰られました。聖女様の安全が保証されたので、騎士団の部下達をお見捨てにはなれなかったのでしょうな」
納得ができてしまうな、あの方ならば。
「そこで聖女様は御身の身代わり、分体を将軍殿に与えられたのです。このものも癒しはできまする、お連れ下さい、と。そして聖女様御自身は将軍殿の髪を一房もらい、人形を作られた。彼方からでも将軍殿のご壮健のうちはそれが分かる優れた人形でした。聖女様はそれをたいへんに慈しんでおられました。やがて、俺だけではなく、森の生き物とも心を通わされ……」
「そうか、それが俺が感じた聖魔力か」
合点がいった。
聖女様と心が通った自然達が、自分の意志で『存在を、隠したい』と思っておられる聖女様のお気持ちを汲んだのだ。
あの程度の聖魔力であれば、まさか、聖女様がこの森におわすとは普通は思うまい。
「ですが。その人形が、つい最近……」
明らかに気落ちをした鉄輪殿。
理由は分かる。
「動かなくなった、か」
「はい。将軍殿は恐らく、ご自身と部下達の家族全てを他国に逃そうとなされたかと」
「……何人かは、魔獣国にも入国していたな。全員ではないが」
魔獣国が聖国から流れてきた者達を保護しているのは確かだ。ただ、騎士達よりもその家族の方が多かった。
恐らくだが、将軍殿と共に最期まで、と願った者がいたのだろう。
「聖女様は、この森をお守り下さるお方を貴国の女王陛下に求められました。聖女様がこの森で心身共にお健やかに生きていかれることは義将殿の望みでもございましたから。女王陛下への伝達の方法は、草で編みました蝶でございます」
「草の蝶……。驚いたな。聖女様は植物魔法までお使いになられるのか」
「はい、元々お持ちの属性でいらしたそうです。聖魔法の植物変化の術へと進化なされていらっしゃいまして」
ここまで聞けば、何も言うこともない。
「……分かった。俺はいつでも良い。聖女様のお気持ちに任せる。ただ、魔獣国に紙鳥を送っても良いだろうか」
「もちろんでございます」
当然のことという様子の鉄輪殿へ頷き、俺は即座に紙鳥を作り出し、魔獣国に送った。
女王陛下と、友人達へ。
紙の鳥達は日頃の羽ばたきよりも強く、飛翔していった。
……聖女様のご助力だろうか。
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