352-いつかの君と俺だった僕の話(4)

「単刀直入に申し上げます。聖女様はある国の人身売買組織にさらわれたお子さんでした。」


 嫌な始まりだな。


 対象が人間だろうが獣人だろうが獣だろうが、さらう行為は我が国の女王陛下が最も忌避される犯罪だ。

 もちろん、俺も。


「さらわれた、ってことは聖女様のご親族は……。」


「はい。ご自身もご記憶にないそうです。聖霊王様のお告げで聖魔力に目覚められた後にご自身の記憶を探られたそうですが、残念ながら……」

 さらわれた衝撃で記憶自体が消滅してしまったのか。

 何とも言えないな。


「……幸い、というべきか、それでも聖女様を買われた方はまともな方達で、聖女様のことをまるでお孫さんの様に大切にして下さったそうです。ある村の村長夫婦でいらしたそうで。たまたま奴隷市に遭遇して、幼い子どもを見掛けられ、矢も楯もたまらず、といった具合で」

 確かに、それは不幸ではあるが、幸いと言えなくはないだろうな。


「それじゃあ聖女様は一応はお幸せでいらしたのか?」


「はい。夢に聖霊王様がお声を下されたこと、聖女と名乗るご許可と聖魔力をお与えになられたことも喜んで下さる善良な方達と村人達でいらしたそうです。そう、村長ご夫婦と、村民は」


「……そうか」


 そういう話か。ならば、まあ。


 俺はパンを一つもらい、木のへらでジャムを少し塗り、口に入れた。


 木イチゴか。甘い。しかも、魔力による体力回復機能が付与されているな。


「……待て、今、は、と言ったな?」


「はい。……善良な村であるが故に、旅人を村に入れてしまったのです。その旅人が骨折を聖女様に治して頂きましたのを、次に訪れた国で愚かにも……」


 そういうことか。

「分かった。その国が、あの国……大聖国か」

「左様にございます」


 大聖国。

 俺達の国ではほら吹き国と呼ばれている国だ。


 実は、俺達魔獣国の民は聖女様の噂を聞く以前から、何人もあの国に入国して色々と探りを入れていた。


 聖女様がおられる我が国こそ、大聖国を名乗るに相応しい、と100年ほど前から言い続けているふざけた国だ。

 その国への入国は非常に腹立たしいが、人型を取り、人として入国をする。

 任務なので仕方ない。


 あの国の人族至上主義は本当に不快だ。


 エルフ族と竜族は特別聖国民だなどとぬかしているらしいが。

 当の二種族からは蛇蝎だかつの如く嫌われているらしいけどな。ざまあみろ、だ。


 しかし、良く分からない。


「あの国には俺も部下も同国民も潜入しているが、聖女様がおられる気配などは感じたことがないぞ? 過去の調査記録にも、そんなものは存在しない。そうだ、聖魔力保持者も多いとは言い難い国だろう? それどころか、少ないくらいだ」


 高い魔力を持つ魔力保持者も多い我が国とは比べものにならない程だった。


 あえて良い点を探すならば、民の生活水準が悪くなかったことくらいか。


 次の言葉を示す鉄輪の表情は厳しい。


「……忌々しくも聖女様ご自身を結界とされていたそうです。それで、大聖国大聖堂に多額の寄付をした者のみに聖女様のお力を」


 前言撤回。

 民の生活水準よりも更に上の上の生活をしている連中が、ろくでもないのか。


「……何故それを、聖女様は女王陛下にお伝えなさらなかった? 聖女様であれば、結界を張りながらも伝令鳥や伝令蝶、紙鳥や、紙蝶くらいは……いや、違うな。聖女様ご自身が、か?」


「はい。大好きな村を襲われたくない、その一心で。多くの人や獣達を分け隔てなく癒したいというお気持ちに蓋をされまして」


 全くもって不快極まりない。


 俺は腰を浮かしかけた。


「まだ続くのか?」


「いいえ、かの国にも真っ当な人材はおりましてございました。この方が、貴方にここにいらして頂きました理由の一端にございます」


 俺は魔獣国に転移をしかけていたのをとりあえず、停止した。


 どうやら、まだ鉄輪の話を聞く必要があるらしい。

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