351-いつかの君と俺だった僕の話(3)

「突然に申し訳なかった。俺はこの森の守護獣、鉄輪かんなわと言う。君は、魔獣国の方だろう?」


 強制転移させられて着いたのは、山小屋というには中々に整えられた、家と言っても良い、それなりの木材で作られた建物だった。


 丸太の椅子から立ち上がり、挨拶をしてきたのは、熊の魔獣か? 


 かなり知性が高そうな、大柄の魔獣だ。

 しかも、言葉を話し、きちんと立っている。


 俺も一応魔獣国ではそれなりの実力者と呼ばれているが、あの強制転移魔法を掛けたのがこいつなら、多分、負けなくても勝つことはできまいな、という気がした。


「あれだけの魔法が使える奴に、偽りを言っても仕方ないだろう。その通りだ。この人型も、解いた方が良いか?」


「いや、あのお方の予言によれば、君は正に我々が待ち望んだお方。真の姿でもそのままでも、お好きなように。獣型になられても構いませんよ。良かった。魔獣国の女王陛下にお願いをした甲斐がありました。……どうか、お座り下さい」

 

 いきなり姿勢を正され、丸太の椅子を勧められて、口調も畏まられた。


 ちょっと待て。今、何と?


「女王陛下に? では、我が国の魔法壁を越えて伝令鳥か通信水晶による通信を? やはり貴方は相当な術者だな?」


「いいえ、私ではございません。私はただの狸の魔獣にございます」

 狸の魔獣? まさか。


 熊の魔獣でも、彼よりも小さなものはいくらでもいるぞ?


「驚かれるのも無理はございません。俺はあのお方……聖女様をお救いしたことで聖魔力の恩恵を頂きました。正しくは、聖女様をあの国からお救いした方達を救った、のが正確な表現なのですが」


「待て。聖女様がこちらにおられるのか? ならば、何故聖魔力の気配があの程度なのだ? 俺は、聖女様がこちらに立ち寄られた残滓ざんしかとも思ったのだぞ? だからこそ、一度魔獣国に戻り、女王陛下に奏上しようかと……いや、待て」

 

「左様にございます。分析をされ、功を焦らない。正に我々が求めておりましたお方。まずは、聖女様がこちらにいらした経緯と、貴方にお願いしたいことをお話してもよろしいでしょうか。何かお召し上がりになるならば、ご用意申し上げますが」


「何か、飲み物を。あと、話を聞きながら食べられる物を頂けるか。贅沢は言わない」


「ただ今。勿論、分析の為の魔法は幾らでもお掛け下さいませ。必要とあらば、毒味もいたします」


 鉄輪がパン、と手を一つ打つと、目の前の丸太の机の上にはワインと水と木製の器、白、とはいかないが、かなりきれいな色のパンと器に入ったジャムが出現した。チーズも何種類かある。


 魔法で確認したが、それは混入などは全く無い、ただの良質な食事だった。


「頂こう」

「はい、どうぞ。少ししましたら、話を始めてもよろしいでしょうか」 


「……ああ」


 もう流れに沿うしかあるまい。


 俺は腰を下ろし、ワインを自分で注いで飲んだ。


 香りが少しだけ残る、良い味のワインだった。


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