350-いつかの君と俺だった僕の話(2)
「そうか、そんなことが……ありがとう」
お礼を言い、種のままでは食べられないものの、実の成長がここの土壌に合致した食用の果実の種を何種類か村長に渡す。
「噂をお伝えしただけなのに……。ありがとうございます」
深々と頭を下げられた。
全く、こちらとしては種を渡しただけなのに、という気分だ。
噂というものは、軽視してはいけない。
魔獣国の様に新聞などがある訳でもなく、国からの伝達は魔皮紙の通知一枚が立て看板に貼られただけ、その上、字が読めない者が多いこの地域。
噂による伝達は何よりも有益なことがある。
その噂の真偽を気配で察知できるのは俺が魔獣国の国民、魔獣族だからだろう。
「……この辺りか」
村で聞いた森の近くに着いた。
特に荒れた道を通った、という事もなかった。
普通の広さと言えば言えるし、やや狭いと言えば狭いとも言える程度の広さの森。
その森が見える草の上に、魔法で陣を張る。
索敵と、防御の魔法。
……大丈夫そうだな。
『……違う。在る』
捕まえた。
聖魔法の気配だ。巧妙に細工しているが、森の葉の葉脈や、奥で流れる小川の水の音。
そういったもの達から、微かに感じられる。
これだ。噂の正体。
『得体が知れないのに、何故か気分が良くなる風があの森から吹いてくることがある』
『森の中に入ろうとしても、何故か入れない。近付けない』
『本気ではないが、火の魔力を溜めて森に火を示そうとした者は魔力を奪われ、半年間、毎日お詫びをし続けたら魔力を返してもらえた』
全て、あの村の様に、この森から近い(とは言っても身体能力の高い人間が徒歩で丸一日はかかる距離)村で聞いた噂だ。
最後の半年間、とは自分の村での心からの祈りだと聞いた。
この者は半年間、村と村の水場以外には移動が不可能だったらしい。
それ以外の場所に行こうとすると魔力壁が生じたそうだ。
どこの村でも、他の村にはこの噂を話さないでくれ、と言われた。
それなら何故俺には話すのかと尋ねたら、「最初に噂を聞きに来た者にだけは噂を伝えよ」というお告げを各村の村長または村長の身内が夢で聞いたと言うのだ。
俺はそれぞれの村で密かに魔力を用いたが、驚くべきことに俺に噂を伝えた者達は皆真実または真実と信じている内容を話していた。
偶然にしては出来過ぎている、とこうして俺は噂の森にやって来た、という訳だ。
さて、これからどうするか。
聖魔力を感じるからと聖女様がこの森に、と考える様ではあまりにも短絡的すぎる。
一度、魔獣国に戻るか。
そうだ、国の皆もそれぞれこんな場所や噂を見付けているかも知れないし。
そう考えて、転移と同時に陣を解除するつもりで俺はもう一度魔力を用いた……筈だった。
「何だ? どうして俺が用いていない術式が?」
それは、強制転移魔法だった。
ある程度の魔力を感じると作動する仕組みらしい。
森から離そうとしているのか。
外部の者を追い払うのには悪くない方法だな。
俺は強制転移をされながらも、どこに飛ばされるのかは知らないが、この術式が再現できたら面白いな、なんて呑気なことを考えていた。
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