349-いつかの君と俺だった僕の話(1)

『……以上だ。紙鳥は受け取れたよ。だが、ニッケル様、こちらでは暦まとい様であられる魂の第三王子殿下に届いてしまったから、俺は不審者扱いされるかとビクビクしたんだぞ? とりあえず、協力鳥殿の末裔殿の人型化も成功した。二人の間に良い感情も芽生えている様で微笑ましいよ。人型についてはまだまだ一時的だが、私が教えれば十分応えてくれるだろう。こちらで生まれ、そちらで魔道具として生まれ変わったものもいるのだろう? それが励めばもしかしたら……。いや、それはまだだな。紙綴にもよろしく。だが、くれぐれも……』

『分かってるよ、鉄輪かんなわ聖女……様との約束を違えたりはしない。……ありがとう』

『おい、頭巾! 俺は、離れていても、今だって、お前の事を一番の友達だと思ってる。本当に、今回の事はあの方とお前とのあの約束を果たすのに役立つのだな?』

『……だから、ありがとうと。十分だよ、本当に。俺もお前の事、お前だけはいつまでも友達だ』

『俺だけ、とか、言うな! 俺は、コヨミ様の事も、今でも大切に思っている。それは分かっていてくれる……よな? 確かにあの方とお前達と一緒にそちらで過ごした日々は大切だ。代わりなどないし、あの方の真実を伝えようとするお前の事は、尊敬しているよ。だが、俺と共にコヨミ様に異世界の……そちらの事をお伝えした日々もお前は……忘れてはいないよな? 雀殿の事もだ! あと、そう……竜殿……飛竜はさすがにもう代替わりをされたよな。そうだ、蛇の事も、頼んだぞ。あいつはお前の……また、いつか、話せるよな……お前の新しいともだ……』


 ……会話が途切れた。当たり前だ。


 異世界との通信なんて、出来る方がおかしいのだから。しかも、僕が居る魔力が満ちた世界と、あいつが生きる科学の世界との間で、だ。


 それが可能なのは、あの人が俺……僕に残してくれた、そして聖女様……がくれた紙綴とこのフード……頭巾のお陰だ。


 それに、鉄輪。大丈夫だよ。


 僕はコヨミさんの事も、大切に思っていない訳じゃない。何しろ、あの人をこちらに連れてきたのは僕なのだからね。

 異世界……こちらに渡られたコヨミさんの事を案じていた事も知っている。そして、コヨミさんの末裔さんの事も君は心配なのだろう。


 優しい鉄輪。


 君が言う新しい友達とは、きっと皆のことだろう。どうかな、僕はどう、思われているのだろう? 

 色々、嫌なこともしたからね。


 友達を名乗るのは……おこがましいだろうな。


『……大丈夫?』

 紙綴の破片に訊かれた。


 大丈夫だよ。優しいな、紙綴。


 君もあの方……あの子の事が大好きだから僕の側に居てくれているんだよね。

 100や1000では数え切れない長い、長い間を僕なんかに付き合わせてごめんよ。でも、もう少しだから。

 心配ないよ、鉄輪、紙綴、それに、蛇も、辛い思いをさせてるよな。あいつらの所になんか、居たくはないよな。

 ……待っていてくれ。竜殿は、飛竜殿と僕の大切な国を愛してくれているあの人に、会えたのだから。


 僕はあの子との約束を守る。絶対に。


 コヨミさん、貴方はその為に貴方の末裔さんを利用している僕を、どう思うかな。

 ああ、それから雀さん。君にも、嫌われたくはないのだけれど。


 ……あとは、暦まといさん第三王子殿下、君が今手にしているもの。紙綴が開かれて……僕の書いたものを読んでくれたら……。


 ……ああ、時が来た。ついに僕は、知ってもらえるんだね。は、嬉しいと思っているよ。も、きっと、喜ぶだろう。


 ……僕は今、幸せだ。


 こんな時は、思い出してしまうな。


 このフードを身に着けていなかったあの頃、俺だった頃の昔の事を。


 いけない。鉄輪と話すと、僕はやっぱり俺になってしまう。


 いや、丁度良いのかな。


 暦まといさんも、今正にその俺の過去を読んでいるのだから、ね。




 あれは遠い遠い、昔の話。この国、コヨミ王国さえ存在していなかった頃の事。


「ついに聖女様が顕現されたらしい」

 そんな噂が聞こえてきて、皆が色めき立った。

 俺が生まれたこの国は、魔獣国。魔獣という国名だけれど、魔物でも魔道師でも魔獣人でも、暮らしたい者は自由に暮らせる、割と居心地の良い国だ。意外だと思われるかも知れないが、人族も割と多い。獣人の方が多いけれど。長い間この国を治めておられる女王陛下は常にお強く、そしてお美しい。実は月からいらしたのだ、とまことしやかな噂が囁かれ、劇や戯曲が作成される程だ。

 同じ様にいつまでもお若く美しい王配殿下は確か人族の王子であられたらしいのだが、こちらも既に滅亡した国だ、いや国民は魔獣国に移り住んだのだ、と噂のあるお方だ。

 ただ、俺達国民はお二人や王宮の方々が好きだったし、敬意も持っていた。


 そんな事も知らない人族からは魔の国などという穏やかではない名で呼ばれているらしいが、知った事か。

 土地が欲しい、金が欲しい、美しい女や男が欲しい等という下らない理由で殺し合い、奪い合う連中に何と言われても、関係ない。むしろ、この国に近寄らないでくれるならこれ幸い、だ。


 だが、聖女様が顕現されたとなると話が変わってくる。

 何しろ、この大陸が出来てからかなりの年数が経つが、全く初めての事だ。聖霊王様が予言をされたのは何百年前だったろうか。そうでなくても聖霊王様や聖霊殿、聖霊獣殿達は達は聖霊界から出られる事が非常に少ない。

 聖女様のこの噂も、精霊王様が聞かれたというお話を精霊殿や精霊獣殿から断片的に伺った程だ。

 この大陸のどこからしいが、どの国なのか、それとも国とは言えない集合体に姿を現されたのか。それすらも分からないまま、多くの国民がここではないかと狙う場所に降りていった。

 人に化けることは不快だが、肝心の聖女様に不審がられては本末転倒なので。

 ああ、聖女様に何か邪な真似を、などという不埒な輩は少なくとも俺達の国にはいない。そんな人族がいたらむしろそいつをぶちのめす。

 同じ空間で、聖女様の魔力を感じる。それだけで俺達には数十年分の栄養になるのだ。視界に入って下されば、それで充分。遠くでも良い。


 実際に見た、という噂だけでも、と各地に仲間が飛んだが、中々噂さえ拾えない。


 そんな時、俺は偶然、噂になる前の種の様なものを拾う事ができたのだった。

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