347-出発の兄上と私達

「兄上え、行ってらっしゃいませ!」

「いや、殿下? イケメン王子顔がすごいことになってますから。まあ、ね、あたしが聖魔法全開にしてますから良いと言えば良いんですけどね?……こほん、第二王子殿下、聖女様の昔日を映す写本のご閲覧ならびに聖国から離れし民主国へのご留学の門出に伺えましたこと、聖教会本部名代としまして厚く御礼申し上げます」


 ……涙と、鼻水はニッケル君に悪いから堪えるよ、うん。

 だけど、セレンさん、ごめんね。立派な祝詞をありがとう。


 兄上が留学に向かわれるのはやっぱり寂しくて。

 聖魔法の認識阻害兼対魔法対物理防御壁がなかったらきちんとするんだけど。……聖魔力、防御壁に加えておきます。ごめんなさい。


 今見送りに来てるのは聖教会本部名代のセレンさんだけ、ということになっている。私は所謂空気です。


 後日、ハンダさんの叙爵の際に兄上もセレンさんの婚約者候補のお一人と発表された時に「そういえば……」みたいになると好都合なんだって。

 因みに兄上の案。策士な所も、素敵です。


「ニッケルもありがとう。婚約者である筆頭公爵令嬢の見送りにも行けなかったのに僕の方に来てもらうのは正直気が引けたのだけれど、やっぱり嬉しいよ。まあ、筆頭公爵家への訪問不可の理由が理由だから、僕も、例えば母上であられても同じく伺えはしなかったのだけれどね。母上も当主殿とは親友だから、本当は盛大に見送りを為さりたかったのだろうけど」


 ……そう。

 王家の皆様は、今回の筆頭公爵家……ナーハルテ様のお見送りは元々遠慮することになっていた。


 本来なら王家が出席しても良い、大国での挙式。

 然しながら、コヨミ王国の友好国はコヨミ王国におこる七月の祝月の意味を良くご存知であるから、普通は三月末からはそういった慶事には王家が招かれないことも往々にしてあるのだ。

 だが、今回の理由はそれではない。


 望まれたお嫁入り、幻獣王様からのお言葉が頂けるとほぼ確定(私は内情を知ってるけどね)、高位幻獣に近いとされトマリコン王国では神聖視される飛竜カバンシさんがお送りするということから、コヨミ王国の王家は「敢えて見送りをいたしません」としたのである。

 トマリコン王国は感謝感激。

 え? ってなるよね。分かります。


 実は、トマリコン王国では、慶事の送り事に最初に接する王族は祝福を得るとの言い伝えがあり、その故事に倣った、という訳なのである。

 つまり、送りの際にコヨミ王国の王族が見送らない、帯同しない為に、迎えるトマリコン王国の王族が最初に接した王族となる、ということだ。


 王族でも知らない者がいる(傍流の方達ね)程の伝承。

 不勉強、と眉をひそめられることもないのだけれど、これを申し出たコヨミ王国の女王陛下……母上。


「なんという素晴らしいお心遣い! ありがとう!」と、トマリコン王国の王族の方々からは感謝の文や品や、内々に白様が伝えられた魂の転生者たる第三王子に関わることについては特秘扱いとし、両国の友情の証として、聖国について問題があるならばいつ何時でも手助けを、という確約まで公文書として頂けたのだ。


 勿論、第三王子については特殊な誓約魔法による魔力文で記されていて、母上と父上がご覧になられたと同時に霧散したそうだ。……すごい。


「ニッケルも、母上と父上、それから姉上と兄上とも親しくしているようで何よりだよ。僕もできる限り知識を吸収してくるからね。七月には一度帰国するつもりだ」


「そうなんですか! 殿下、第三王子殿下って、女王陛下だー王配殿下だー王太女殿下だー王太子殿下だー恐れ多い! ってできる限り遠巻きにしてそうなのに……すみません」

「大体あってるし、そもそも私はこの場にいない筈だから気にしないで。その通りなんだけど、お陰様でお一人お一人となら何とか……くらいにはなってるんだよこれでも。まあ、兄上は別格だけど!」


「そういうことだよ。……じゃあ、そろそろ魔馬車が出るからね。本当にありがとう」


「行ってらっしゃい! インディゴ、兄上を頼んだよお!」

「行ってらっしゃいませ! インディゴさん、月白ちゃんがよろしくって! 使命を果たしてね!」

『行って参ります。身命を捧げ、尊き御身をお守り申し上げます。……月白殿にもよろしくお伝え下さい。誠にあの魔馬魔馬としてのお志が高く、身が引き締まる思いです。……では』


 今日は騎士団魔法隊の筆頭魔馬、インディゴが兄上の魔馬車を引く。

 一応、王宮の魔馬車の幌を被せてあるけど、実際は戦車みたいな魔法隊の馬車なんだよ。

 さすがに魔法隊の隊長閣下を護衛に、とはいかなかったけど、騎士団魔法隊隊長にしてコヨミ王国騎士団上級大将閣下、そして図書室の主たる千斎・フォン・クリプトンさんが、全てにおいて第二王子殿下の護衛として相応しい者達です、と保証してくれた騎士団員さん達が兄上に付いてくれている。


 図書室の主としての千斎さんが保証すると言うことはつまり、兄上が聖女様について記された写本を確認するという留学の一番の目的を尊いと感じる人達と言うことだよね。


「兄上……」

「あんなに素敵な王子様が婚約者候補……。あたし、大丈夫かなあ。あと、月白ちゃんの初恋、どうなりますかねえ」


 多分、ここでライオネア様の名前を出したらいけないんだろうな。

 セレンさん、皆まで言わないで! みたいな視線を送ってきてるし。


「……殿下、学院の入学式と編入式のご挨拶以外にも何か、為すべきことがおありなんじゃないですか?」

 ……あ、そっちも?


 はい、あります。でも、まだ秘密。


 さすがは聖女候補の筆頭(内々)の一人。鋭いなあ。


 もうお一人、ナーハルテ様にこう言われたら私はごまかせるかなあ。


 ……かなり、厳しい。だからこそ、今なのかな。


 そう思うと、何だかやっぱり王子顔になってくるよね、しぜんと。

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