幕間60-新しい一歩を。
「新年度の入学式ならびに編入式の観覧を希望する者は抽選の受付締切は本日ですよ! 希望者はきちんと申し込みをすること!」
「はい、ありがとうございます! 礼!」
授業が終わり、一日の総括も無事終了。
今日は聖教会本部に伺えそうだな、と一人言を言ってしまった。
僕の名前はタンタル・フォン・バリウム。
子爵令息であり、男性の聖女候補として優秀な皆と日々切磋琢磨している。
ただ、僕は上クラスへの編入試験勉強の為に医療活動などをかなりの期間免除して頂いているのだ。それでいて、編入試験の成績として加味される聖魔法の講義などはきちんと学習させて頂いているのだから、編入試験に合格した今こそ、聖女候補として励まねばなるまい。
「あ、タンタル・フォン・バリウム君、すまない、君に皆から送りたいものが、あるのだけれど……」
教室から足早に退室していた僕へと遠慮がちに声を掛けてきたのは、僕も所属する中上クラスの代表者だ。
確か、騎士の家系だった筈。
「僕に?」
「うん、君は次年度から上クラスに編入するし、元々聖女候補として聖教会本部でも勉強していて、更にお家のこともあるだろう?中々会えないから、もしもの時は先生に預かって頂こうかと思っていたんだ。でも、今日は学院で会えて良かったよ。……はい、これ」
「……これは」
聖教会本部で使う、専用の筆記用具だ。
貴族出身でも平民出身でも、必ず決まったものを使用するというきまりなので、正直ありがたい。金銭的にというよりは、聖女候補はこの品については購入は不可。必要分を聖教会本部から頂く形なのだ。例外がこの様な贈答品で頂く場合である。
贈答品とはいえ、逆に聖女候補に取り入ろうとするために、などというものが触れると、その者に罰が下るという品である。どのような仕組みなのかは、僕には分からない。
だが、最近も、ついに英雄たる父君が叙爵の運びとなられる聖女候補セレン-コバルトへの貢ぎ物としてこれを贈ることを画策した某貴族が厳重注意を受け、財務局からの緊急監査を経て税の徴収の不正により貴族籍を剥奪されたという。
噂だが、財務局局長令嬢殿と、ご婚約者の副局長令息が大きくかかわっておられるとか。多分、噂は真実だろうな、と思う。
聖女候補セレン-コバルトが深く協力している獅子騎士様応援会の会計事情も、お二方の尽力で発展しているのだ。
元々学生の会としては例外的に卓越したものだったのが、経済的に不幸な学院生達にも優しい場として益々素晴らしい組織へと成長していることだし。
勿論、財務局の監査は慎重に精査された裏付けを伴うものだ。
因みに、筆記用具を購入しようとしたのは使用人だが、その者は無事に保護され、きちんとした家への就職を斡旋されている。
そう言えば、以前はこんなことも知ることができずにいたのだな、僕は。
「何でもっとたくさん購入させて頂けないのですか?」などと聖教会本部事務室の方に訊いていた自分の姿を思い出すと、顔が赤らむ気がする。
「緊張したよ。同クラスの聖女候補、タンタル・フォン・バリウム君への編入試験合格のお祝いです、って聖教会本部の事務室の方に申請してさあ。だから、ほら、ノートには君の名前」
確かに、僕の名前が。
では、彼? 彼らは僕を応援してくれているのだろうか。
「何故?」
「何故って? だって、中上クラスから上クラスの編入試験に合格、聖女候補としても頑張っているし、お父君の仕事も学んでいるのだろう? 君は俺達の誇りだからな」
「いや、僕はただ聖女候補であるというだけだし、父の業務など、本家が王国民として不適切な行いをしたにも拘わらず我が家を残して頂いたご恩に報いるべく王家にお仕えするべく努めているだけで。分家から本家当主となった父の苦労には比肩するべくもない。君も、お父君の様な騎士になるべく努力しているのだろう?」
そうだ、思い出した。
彼は、父君のご指示で敢えて騎士クラスではなく普通クラスに通っているのだった。学問もきちんと修めるべきというご判断は素晴らしいと思う。
「いや……貴族籍であられるのにその姿勢。やっぱり君は僕達の誇りだよ。失礼ながら君の本家筋だった連中のような……いや、本当に失礼だ、すまない。……上クラスでも頑張ってくれ。違うな、君は既に頑張っている。そのまま進め! 俺達が保証する!」
「平民出身の上クラス編入者がいるけれど、仲良くしてあげて下さい!」
「入学式と編入式の挨拶に立たれる第三王子殿下によろしく!」
彼に続いて、僕へと声援を送ってくれる級友達。
確かに僕は、平民差別という愚かしい行為を家ぐるみで行い取り潰しとされた上に、公正な断罪をされた第三王子殿下方ではなく平民の聖女候補に怨嗟を示し、取り潰しよりも重い罪人達となった本家筋よりは、という程度ではあるだろう。
しかし、自分を見てもらいたいからと初対面の聖女候補セレン-コバルト嬢に平民差別的な言いがかりをつけた様な小さい存在なのだ。
だが、それを敢えて彼らに伝えるよりは。
「ありがとう、皆。頂いたこちらは大切に使わせてもらうよ。ご挨拶をされる第三王子殿下に皆の気持ちが届く様に、真摯な態度で編入式に臨むと誓うよ。クラスは変わっても、同じ学院の生徒だ。何かの折には声を掛けてほしい。勿論、聖女候補としても。……では」
一礼すると、彼らは僕を拍手で送り出してくれた。
『これで良いのですね、第三王子殿下、セレン-コバルト
貴族として、聖女候補として。
もう、お姿を遠くから拝見するのが精一杯となるかも知れないけれど。
あの方達を思いながら、この国の為に、と日々増やしていく一歩。
この一歩は、僕にとっては決して小さくはない。
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