344-鉄輪殿と俺
『……以上にございます』
視線を移動してみたら、鉄輪殿は深い土下座をしていらした。
何故だ?
正直、吸収した知識には聖女様が聖国のお生まれではないこと等、俺が何故に意識を保てているのかが分からないほどに重厚な内容もあったのだが、もう何も言うまい。
土下座?
本当に、何故。
俺は、今、感動に震えているのに。
ニッケル・フォン・ベリリウム・コヨミ第三王子は、我が国の民やそれから周囲から、まぬけではなく、きちんと王子として大切に思ってもらえていたということを伝えて頂けたのだぞ?
土下座ならば俺が行い、謝意を示したいくらいなのに。
いや、それはいけないな。この身体はまといさんから頂いたかけがえのない、大切なものだ。
ならば、鉄輪殿のお言葉を心して聞かねば。
『斯様に、貴方様は異世界に飛ばされます様な罪などは犯してはおられませぬ。それどころかあのまま成長なされれば第三王子としてその責を十分に果たされておいでかと存じます。そして、時が参りましたら筆頭公爵令嬢殿とも穏やかにお過ごしになられましたでしょう。貴方様をこちらにお連れしてしまいました件につきましては、その一端を担いましたことを御身から
和室の畳にもふもふとした毛を更に強く押し付けながら言われているのだが。
いったい、この方は何を言われているのだ?
「とりあえず鉄輪殿、人型になってはいただけまいか。それから、土下座はやめて頂きたい。聖女様と親交があられた高位精霊獣にして高位精霊殿であられる貴殿に斯様にして頂くのは心苦しいので」
これでは、ありがとうとお伝えしたら毛が抜ける勢いで「とんでもない!」とされそうな気がする。
「寛大なるお心遣い、ありがとうございます。そして、どうか、鉄とお呼び下さいませ」
人型に戻られた鉄輪……いや、鉄殿は恐縮しきりだ。
それでも一応、土下座はやめて頂けた。良かった。
とりあえず、流れ込んできた知識を整理させてもらおう。
頭巾殿と共に初代国王陛下を異世界に送られた鉄殿は、末裔殿たるまとい殿が次の異世界への転生者になられるお方とご存知だった。実際に異世界に渡られたのは、頭巾殿。
そして、『キミミチ』は、かつて鉄殿と頭巾殿が成された異世界の芝居の如きもの……異世界への興味をお持ち頂くための縁だったということか。正に、まとい殿の転生の為に作られた存在。
まだ世に出てはいないその続編もまた?
「……ご明察に存じます。貴方様方、そして聖女候補殿を現実とは似て非なるものとしましたのも、末裔殿に全てをお伝えせずに異世界への興味をお持ち頂く為に、でございます。続編は、可能でございましたら末裔殿にもお渡し申し上げたく」
「一輪先生がまとい殿に『キミミチ』を勧められたのもたまたまではなかった、と。続編は、まあ、それは喜ばれるだろうな。俺もぜひ攻略したい」
「弊社の乙女ゲームのご愛顧に社長としまして厚く御礼を申し上げます。そして、重ねてのご明察、素晴らしく存じます。……初代殿はこちらの世界から旅立つ際に異世界をお救いになること、異世界の様子につきましてはある程度はご存知であられました。末裔殿もそうです。ですが、事実とは異なる部分もございました」
「ああ、まぬけ王子と仲間たちと自滅系聖女候補かな?」
これはすぐに分かるな。
「……穴がありましたら入りたい心持ちに存じます」
俺は、慌てて鉄殿が再度の土下座にならないように止める。
「それは、『気』の為にですか」
生来魔力を持たないことが必然であるこちらの世界のものがあちらに行くこと……それにより魔力を持つもの達から発せられる悪しき『気』に良い影響があることは初代国王陛下があちらに渡られてからの記録でも明らかだ。
精霊王様直参であられる白殿からまとい殿とそれから第三王子ニッケルだった俺もご説明頂いている。
誓約と制約に縛られた内容はまだまだ存在するのだろうが、それは当然のことだ。
「……本当に貴方様は賢き方。誓約と制約の件も含めまして、左様にございます。コヨミ殿が持たれた異世界への印象とは別の印象を暦まとい殿にお持ち頂く為に事実とは改変をさせて頂きました。……断罪されるべきは貴方様であるという、事実とは全く異なる内容を。……申し訳ございません。貴方様はあちらにいらして、第三王子ニッケル・フォン・ベリリウム・コヨミ様であられれば、今頃は筆頭公爵令嬢殿と……」
「……そうか、あの、公爵令嬢呼びはそういうことか。」
合点がいった。
まぬけ王子と仲間たちと自滅系聖女候補、それに公爵令嬢呼び。他にもあるのだろうが、『キミミチ』にわざと含ませられた差異。
……ならば。
「まとい殿に、転生するのは
「……はい」
「そうですか。鉄殿、もしかして貴方は私がナーハルテのことを思っていたとお考えなのですか」
「……少なくとも貴方様と筆頭公爵令嬢殿は国の為の婚約者としては成立していらしたかと」
「まあ、好いてはいましたよ? ただしそれは、敬愛です。恋愛感情ではない」
そう、スズオミがライオネアのことを他人から侮辱された時に本気で怒ったのと同じ。
もしも、他国の王族がナーハルテのことを「所詮家柄と顔だけ」などと言おうものなら俺もガチ切れしたと思う。まあ、王族として許される切れ方になるだろうが、そこはそれ。
そういうものだ。他国の王族とて許すまじ! とライオネアが出てきたら?
それは、逃げる。
まあ、それよりも。
「恋愛感情というなら、お蔭様で俺はそうかも知れない、という方に巡り会えましたからね。……こちらで。それも、鉄殿、貴方のお力によってです」
「私の……?」
とにかく、俺は貴方に対しては謝意しかないのだ、とお伝えするにはこれを述べるしかないのかと思い、まだ確信してはいないことを話したのだが。
『何という慶事! して、どちらのお方にあられますか?』
念話が聞こえた。
しまった。俺は口を滑らせたのかも知れない。
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