343-鉄殿と紙蝶殿と俺

「御手をお清めになられますにはそちらを。そののちに、あちらの和室にお願い申し上げます」


 俺達は、平屋建てのお宅に入らせてもらうことになった。


 上等な胡桃材の上がりかまちで靴を脱ぎ、手洗い場で手を洗い、それから和室に入る。


 手を清めた水の清涼さを思いながら、この場にチュン右衛門さんがいてくれたらな、とふと考えた。


 すると。


『先程は失礼をいたしました。貴方様の故郷より、末裔殿のお心をお伝え申し上げます。赤き石の末裔殿へ。……どうぞ』


 紙蝶殿が三枚の紙に分かれ、一枚は俺に語りかけ、二枚は鉄殿の所に行かれた。


 そして、俺は聞いた。


 まとい殿が体験された数々のこと。まぬけ王子だった頃の俺を見てくれていた民が確かにいたこと、イットリウム、カントリス、カルサイト達のこと。スズオミとライオネアが見事に引き分け、セレンの婚約者候補と認められたこと。


 俺は、婚約者候補のうち一人が兄上だとはな、とつい苦笑をしてしまった。

 そして、まとい殿が俺と同じく兄上を慕ってくれていることも。

 姉上と上の兄上、母上と父上に対してはまだ緊張されるけれどちゃんと親愛も持って下さっているのが伝わってきた。それはとても喜ばしいことだった。


 俺の無属性魔力発動に内々に秘めた喜びを見せる執事長達も……。


 実にありがたいことだ。

 他にも兄上のお姿を借りて獣人売買組織を壊滅など……。実に素晴らしい。


『私に届きましたこちらもご確認下さい』


 そう言われた鉄殿の姿は大柄な紳士から巨大な狸……魔獣熊のような大きさになっていた。

 騎士団副団長アタカマ殿よりも更に大きいのではないだろうか。


「これは。まさか、初代国王陛下がこちらから異世界に渡られた時の……ご記録?」


 そう、こちらの鉄殿と、求者と名乗られていた頭巾殿、そしてチュン右衛門殿のご先祖様……。

 他にはセレンの父君の相棒、飛竜殿の里の初代殿と聖女様のご関係まで……?


「鉄殿、これは! 聖女様と貴方……様はえにしがおありなのですか? いやしかし、俺がそれをお伺いしますのは!」

 

 いくら異世界に魂の転生をしたとは言え、俺は誇り高きコヨミ王国の第三王子。


 女王陛下たる母上さえご存知ない大事を誓約さえなき状況でお聞かせ頂くなど、あってはならぬ……!


『縁につきましては、左様にございます。私は高位精霊獣にして高位精霊に存じます。そして、ありがたくも、聖女様に実際にお目に掛かります栄誉を頂戴しましたものにございまする。以降は是非に、鉄輪かんなわとお呼び下さいませ。……我が真名にございます。こちらの世界では真名をお伝えします側もお受け頂きます御身にも影響はございませぬ故。そして、大事をお伝えしますことはあちらの世界の末裔殿にもご理解頂いておりまする。どうぞ、紙蝶の記録をお受け取り下さいませ。あちらの大書店支配人殿からにございます』


 大書店支配人殿。


 言わずと知れたあちらの一大書店の管理者殿か。


 確かにあの方々ならこの膨大な記録をご存知なのかも知れないな。


 それにしても、知識量が多い。


 こちらで何故か魔力発動に成功したとは言え、拙かった俺の魔力でよくもまあ、これ程の偉大なる知識を吸収できるものだ。


 コヨミ王国にいた頃の俺ならば、多少どころではなく困惑していたことだろうな。




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