幕間-56 苦そうな記憶と戸惑いの俺

こよみ、誰とも付き合ってないの? 勿体ない! なら俺とどう?」


「友達ね、分かった、じゃあ、遊び行こう?」

 

「二人きりも、手を繋ぐのも嫌なの? 友達なのに」

「……あ、ゴメン! しつこくして悪かったな。やっぱり俺達友達だよな、うん! じゃあな! また、ノート貸してもらうかも!」


 まといさんの唯一と言って良いだろう、こちらでの苦い記憶。


 かわいいとかスタイルが良いとか俺達はお似合いだからとか、勝手に値踏みされて、1対1ではなく友達なら、と伝えているのに二人きりになりたがり。


 まといさんのご友人達が怒り、窘めるのもどこ吹く風で。なのに、何故かいきなり友達に、と言われ安心したものの、どうして?

 と、ここまでがまといさんの記憶。


 実際は、心配を掛けまいとご家族には隠しているつもりでも常とは異なるまといさんの様子に気付いていた母君と姉君がご友人から事情を聞き、伝手つてを使い、相手の親よりも上の立場から穏便に対処させたのだ。


 様々な証拠書類も押さえて。

 迷惑を掛けたかも、と気に病むまといさんに、悪いのはあっちだからとにかく忘れて幸せに過ごしてと伝えた母君と姉君。

 足りなければ、父君も打って出るおつもりだったのだろう。

 姉君、お姉さんが、俺にならば、とまといさんも知らない内情を話してくれていたのだ。


 正直、不快ではあったが、まといさんの心と体が無事で良かった。


 そして、社会人となり、まといさん自身ももう会うこともないだろうと思っていただろうに。


「今俺、雑誌の記者でさあ。ワナンカってゲーム会社知ってる? 割と売れてるゲーム出してる会社なんだけど、何だか人気のゲームの続編が出るらしくて、社長さんに直接会うために尾行……違った、予定を確認してたら、この大学に入るのを見掛けてさあ。さっき話してたよな? 昔のよしみで何か気付いた事とか教えてくれよ! 痛え! 静電気か?」


 何がよしみだ。 

 近寄るな触れるな。

 この人は貴様が触れて良い方ではない。

 

 静電気。雷魔法を軽めにしたのだが、それだと思われたなら好都合。

 少し焦がして、二度とまといさんの前に姿を見せぬ様にしてやるか……。

 魔力の残量など、気にせずに。


「あ、そちらの方も! 何か知りません?」

 

 チュン右衛門さんにまで話し掛けるな!


 先程の紳士ならば好意的に見られるが、お前などが!


「……知りませんし、その様な方も見てはおりません。それよりも、一般の方に対する取材姿勢に疑いを持たれても仕方ないその態度、失礼では?」

 

 あれ。

 念話と同じ声だが……おかしいな。


 チュン右衛門さんの声が、音声に聞こえるのだが。


「いや、この人と俺、高校時代に親しかったんですよ。だから気安くなっちゃって。なあ?」


「親しくはない。高校の同窓生以外の関わりもない。そもそも、友人以上になろうとする感情を押し付けてきて、騒ぎになる前に穏便に止めて頂いた事を忘れたのか? 証拠書類はまだ保管してあるが?」

 

 俺の口調がおかしいかも知れないのは、もう直す気もないからだ。

 構わない。金輪際視界に入れるつもりもない相手なのだから。


「いや、その……悪かった、です。はい」

 こいつの記憶の中のまといさんとは違いすぎるのか。

 それとも、俺の口調が強すぎるか? 

 ずいぶんと弱腰になったな。構うつもりもないのだが。


 どうしてやろうか、魔力を込め直すか? と思ったその時、俺の膝の上のスマホが鳴った。

 知らない番号だ。


 こんな時に、と思っていたら手が伸びてきた。


 手を伸ばすな、しつこい。

 静電気では生ぬるい。いっそのこと全力の雷魔法をぶつけるか? と思ったが、違った。


 座ったままの俺の視界に入るのは、爽やかなストライプのシャツに、白いパンツ。 


 髪と目は雀の様な綺麗な茶色。いや、やや赤がかった茶色、雀茶色だ!


 どちらにしても、涼しげな目元が印象的な、美青年と言って良い、青年の手だった。


 全体の心象は、紳士か執事か、という感じで。


 座ったままで見上げた俺に微笑む表情が……え?


 何だ? 心臓が鳴っている。


 俺、突発性の病気なのか?


「……失礼を。はい、そうです。はい」


 青年は、勝手知ったる様子で俺のスマホのスピーカーボタンを入れて通話音声を俺達にも聞かせたのだった。


『おい、お前! 何うちの社長の恩人の関係者さんに失礼な事をしてんだ! お詫びして早く帰社しろ! 二度と関係者さんとそこの大学には近寄るなよ!』

  

「え、社長? あ、俺のスマホも鳴ってる……」

 

「どうぞ、出てください」


 青年が促す。


「はい、はい、社長? え、はい……あ、すみませんでした! 二度とまと、いえ、暦さんと大学には近付きませんから!」


「一輪先生の恩師の学部長先生があの者が属する会社の社長氏の友人で、卒業論文をかなりお手伝いされたらしく、卒業出来たのは……と恩人扱いだそうです。これでもう二度と近付きませんのでご安心を。独断で失礼を致しました」


「え、ええと」

「はい。あの者が末裔殿に致しました所業、私も姉君から聞き及んでおりました故。もしも再会してしまった際には一輪先生にご連絡をと姉君から申し使ってございました。雷魔法をお使いのその最中に、念話にて一輪先生に内々に連絡をいたしました。無事に済みましてようございました。それにしても私、先程から飛んでいますのに地に足を付けているかの様なのです。羽も何だか、違和感が。何か変化がございますか?」


 まさか。いや。


「チュン右衛門さん。変化も変化! 俺と会話してるの、気付いてなかったのか? あと、羽じゃなくて手だよ、それ!」


「……え。あ、本当に。私の、羽……! 羽は何処に?」


 取り敢えず、スマホを俺の手元に戻してもらい、チュン右衛門さんを写真に収める。


「まさか、人型。何故……」


 羽ではなくて、人の手でスマホを持ち、画面上の自分の姿を確認して途方に暮れるチュン右衛門さん。


 それから、俺達はその後の連絡がないからと心配をしてくれた一輪先生が駆け付けてくれるまで、二人でああだこうだと推論を話し合った。


 やはり、あの紙鳥と名刺、そして魔力のせいなのか、と。


「こよみん、無事……だね? 誰そのイケメン! え、嘴打法ちゃんなの? あ、戻った!」


 結局、先生がいらした後はすぐにチュン右衛門さんは雀に戻るのだが、もう少しあのままでいてくれても、と思ってしまった俺は自分で自分が分からなかった。


 何故だろうか。


 いつの間にか落ち着いていた心臓の激しい動きも結局、病ではなかった様だが。


 良かった、のだが。

 

 少しだけ、釈然としないな。









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