304-ケーキ屋さんとあたし
「もう一度確認をするけど、大丈夫なんだね、セレンさん」
「本当よ。あちらで倒れたりしたら、同伴をして下さる殿下にもご迷惑をお掛けするのよ。それは理解しているのね?」
「先程はご迷惑お掛けしました、殿下。お母さんも、本当に大丈夫だから。魔力で分かるでしょ?」
分かるけど、と心配そうなお母さんはそれもまた魅力的な表情だ。
殿下は殿下で、元々のイケメンぶりにマトイ様の何だろう、癒し系みたいなのが加味されて、とても良い感じ。
「確かに魔力は落ち着いておられますから。場合によりましたら先方には私からもお話しをいたしましょう。あ、あちらです。コッパー侯爵家当主殿のご指定の店は」
渋くて穏やか、完璧人型じゅったん様も眼福。
そしてさすがのご配慮。素敵。
このキラキラした方々に加えて聖女候補のあたし、セレン-コバルト。
いきなり地味だね、とか、正直に言わないように!
この四名で向かう先は、王都で1番人気のケーキ屋さん。
何と、市場調査にいらしているコッパー侯爵家のご当主様とお茶会なのだ。
あ、見えてきた。
しっかりとしたレンガ造りの屋根に、外から中が見やすい、明るい店内。
看板は……これ、巨大な魔貝!
巻き貝に『焼き菓子とケーキの店』と彫られただけのものなのに雰囲気がある。
静かなのに存在感抜群、みたいな?
柱とかには細かく砕かれていても魔力を失っていない魔石がふんだんに入ってる。
お客様とお店を守るという意識が高いんだ、凄い。
基本的にはお持ち帰り専門のお店で、一般のお客様と貴族階級向けの品物は前者が一階、後者が二階と分かれている。
そして、二階の喫茶室だけは予約制。
そこが、本日の待ち合わせ場所。
因みに貸し切り。
パリッとした制服を着こなした警備員さんが出迎えてくれて、ドア係の方がじゅったん様と軽く言葉を交わしてから招き入れてくれた。
お作法が優雅。良かった、聖教会の準礼服で。
あたしだけ場違いで失礼な所作をしてしまっても、多少は多めに見てもらえる筈。でもなるべく頑張る!
同伴頂いた殿下の評判が落ちたら嫌だし。
ナーハルテ様に顔向けできないのはもっと嫌だ!
二階への階段を上る。
ドア係さんが手を添えてくれたので有難くお受けして、背筋を伸ばして階段を上る。
外からは見えない位置、ドアのお店側には小さく魔法陣が描かれていた。防犯用かな?
「第三王子殿下? 素敵! 聖女候補様とお母様も!」
「さすが殿下の執事様はきりりとされてるわね!」
一階のお店にいた女の子達。
かなりの小声で話しているのにごめんね、聞こえちゃった。
店内の装飾タイルも魔石で造られたものだから、あたし達(じゅったん様とお母さんは勿論、きっと殿下も)の魔力、研ぎ澄まされている。
「材料とかでお値段は変わるよね。贈答品も色々だから。一階は装飾が控え目なのは、むしろ誰でも気軽に楽しめる様にという配慮だよね。あ、スズオミ君はきちんと贈答用を予約したらしいよ。美味しかったでしょう?」
ありがとうございます、殿下。美味しかったです。
気絶明けに「ケーキ!」と叫んだのはあたしです。
その節は、本当に申し訳ありませんでした。
あと、この会話は緊張しているあたしへのお気遣いですね。ありがとうございます。
階段の手すりにまで魔石がちりばめられていてきらきらしている。
それでいて、階段自体は上りやすい様に幅を広めにしてあり、軽く見上げると天井には綺麗なタイル画がはめ込まれていた。
雰囲気あるなあ。
こんな所でライオネア様とお茶を飲んだり、ナーハルテ様と第三王子殿下のお話しをしたり出来たら……。
「ええ。その為にもこの様な機会を大切になされませ。本日は気負うことなくお茶を楽しまれる事をご招待主も希望しておられますから」
二階には居ないドア係さんの代わりに見惚れる様な仕草で扉を開けて下さるじゅったん様。
その柔らかな眼差しで、あたしもやっと気付く事が出来た。
ああ、そうか。
今回のお誘いは、近い内に叙爵されるお父さんの娘であるあたしにお茶会の経験を積ませようとして下さったものなんだ。
勿論、これだけの方々だから、それだけが理由なんて事はないだろうけど。
それでも、先に気付けて、気付かせて頂けて良かった。
少しでも、そのお気遣いにお答え出来るように。
呼吸を整えて、魔力をなるべく安定させよう。
背筋も伸ばして。
出来る限りきちんと、ね。
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