幕間-54 白きお方と飛竜と

「ほら、ハンダ。そろそろ寝ろ。ネオジム殿とセレンもとっくに部屋に戻っている。いくらセレンの婚約者候補が決まったからといって、だらだらと飲み続けるのは止めろ」


「……ああ、そうだな」


 やっぱりな。

 動きは悪くない。


 元々、この程度の酒量でハンダが潰れる筈はない。

 それ程に、セレンの婚約者候補が決まった事が心を揺らしたのだろうか。


「ご令嬢は……良いんだ。むしろお願い申し上げます、だ。第二王子殿下も……ぶっちゃけお互い羽虫避けだし。ありがてえっちゃありがてえ。……問題は……だ。ありゃあ、本気だもんなあ……」


 酒ではなくて思考に酔っているな。

 これならば、一人でも平気だろう。


 俺としては……が「選抜クラス編入試験にはとうの昔に合格しているだろう」と聖魔法大導師浅緋殿に言われて本気で驚いていた事がおかしかったくらいで、不満はないのだがな。


 俺が、竜族の憬れのお方にお目にかかったあの時。

 初めて直接会話をしたあの日には見込みはあるがまだまだ……であったのだが。


 多分、ハンダも、彼の成長を評価してはいるのだろう。

 だが、である事。


 それ故に、婚約者候補の中の最たる脅威となるのだ。


 「就寝前に歯を磨けよ」と伝えてからあいつが使わせて頂いている医療大臣閣下所有タウンハウスの主寝室にハンダを送り込み、扉を閉めてから俺は苦笑した。


 ネオジム殿とセレンが退出前に軽い片付けと清浄魔法付与は済ませてくれていたから、酒宴の後片付けは明日でも良いか。


 俺も、ハンダの隣室に滑り込む。


「さて、と」


 さすがは、医療大臣閣下のタウンハウス。


 各部屋に、映像と通信が可能な水晶が備え付けてある。


 ならば、と、聖魔法大導師殿から貴賓席の客だけにと特別に先に渡された此度の剣術試合の像でも楽しむかと、茶の支度をしようとしたら。


『飛竜よ、この度、幻獣王様が其方の故郷に帰郷の許しを求めて下さり、認められたぞ。この鱗が証じゃ。……若かったとは言え、其方程の竜があの様な場に流れたのには何か已むなき理由があったのでは、と長も、そして飛竜の里の皆も思うていたらしい』


 驚いた。


 突然の、しかも、任務を終えられて、一時精霊界に戻られた白きお方からのお言葉。

 これは……。

 映像水晶を媒介にしておられるのか。


 その上、映像水晶越しに物質転移により俺の空いた方の手にへと届けて下さったそれは、紛れもなく飛竜の里の長の鱗。


 この色艶、魔力の深み。忘れる筈もない。


 これを与えられた竜は、例え罪竜であっても、里に入る許可を得た事になるのだ。


 俺の場合は、罪と言うよりは禁忌に触れた為だが。


 だが、何故?


 厳密には、幻獣ではないが近しい存在である竜の為に幻獣王様や幻獣殿達が助力をされる事はままあるが、しかし。


『其方に回りくどく説明する必要はなかろう。恐らくじゃが、其方がコヨミ王国の禁地に落ちたのはあのもの……求者の仕業じゃ。これは幻獣王様、そして我が主精霊王様も同様のご見解であられた。無論、我と茶色も』

 何という事か。


 まさか。 


 いや、精霊王様の直参であられる白殿が両王様のご見解を話されているのだ。だとしたら。

 誤謬ごびゅうなど、ある筈もない。


『それから、の。済まぬがその手に持つ映像水晶の写しを我にくれぬか? 其方ならば、今我が用いた方法を使えようぞ。それは狐のものがマトイの『気』を足して作り上げた物であろう? 恐らくその水晶でもこちらに届く筈。マトイの『気』の確認と、精霊界のもの達の楽しみの為に頼まれてはくれぬか?』


 確かに、これは大司教様が「マトイ様と八寸剣鉈のお陰で力が余りまくったから作ったよ!」と、魔道具開発局に依頼をして外部に渡す写しを作る前に貴賓席の客の為だけにと作成して下さったもの。


 第二王子殿下と炭殿と緑とハンダと俺とに渡して頂いたそれは、かなりの貴重品だ。

 炭殿は「良きものをありがとうございます」と喜んでおられたな。

 先代と先々代への一番の土産となるだろう。


 騎士団団長と副団長には、地上闘技場で渡して差し上げたという。


 いずれ公式の写しが配布されるが、本日は王宮や学院の賢きお方の部屋、第三王子殿下の事情を知る大臣達の自宅やタウンハウス等、限られた場所への映写とそれから会場周辺の屋台近くに張られた映写幕への投影等と限定されたもの。


 そうだ、あの記者に化けた聖国の連中は聖魔法大武道場に小型の魔道具を持ち込もうとして没収されていたらしいな。


『……畏まりました。申し訳ございませんが、一度だけ私も像を拝見したく存じます。その後でもよろしいでしょうか』


 少しだけ考えて、こうお答えした。すると、『無論ぞ。我も嬉しい。八寸剣鉈のお陰で概要を知られたが、斯様に早く、像でも見られるとはのう』


 まさかの、映像水晶を通じての白き方との試合観戦となった俺。


 そして、観戦の後、あれやこれやとお話をさせて頂いた後で、


『では、お手元に』


『ありがたいのう』

『こちらこそ、誠にありがとうございました』

 俺が魔力を込めると、小さな魔石に似た物……剣術試合の写しはそのまま部屋に置かれた固定の映像水晶の中に吸い込まれていった。


 恐らく、いや、確実に精霊界の白きお方に渡った事だろう。


『ありがとうございます』


 幻獣王様、精霊王様、白きお方、そして、彼方におわす、飛竜の里の長。


 写しの気配が消えた時、俺、否、私は手の中に残された鱗を見詰めつつ、心の底からの謝意を捧げたのだった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る