302-空席の貴賓席の俺達

『第三王子殿下達のお陰で地上闘技場の芝は完全回復したので、灰殿、若い二人を連れていらっしゃいませんか。殿下達は屋台等を楽しみに行かれました。護衛は茶色殿もご存知のものですからご安心を』


 これは、大司教様の声だな。

 声は、どこからだ?


 あれだな、多分。


 可愛すぎて逆にむかつきそうな熊耳の人型美少年獣人、第二王子殿下の傍仕え見習い殿の袖口留めカフリンクスが怪しい。


 灰殿……て言うか、当代の辺境伯閣下の特殊な通信魔道具だな。


『そうさせて頂きましょうか、どうかな、公爵令嬢殿、侯爵令息殿。第二王子殿下の近侍見習いと手合わせでも』


「よろしいのですか!」「是非に!」

 ライオネア嬢の声が弾んでいるのは珍しい。

 令息……スズオミの上気した表情は年齢相応で好感が持てる。


 二人とも、そりゃ嬉しいよな。

 俺も手合わせ願いてえや。だが、これはきっと。


『では、ハンダ殿。これで婚約者候補をお決めになれます様に』


 いちいち余計な一言を残して、灰殿は三人まとめての転移をされた。


「よしアタカマ、私達も行こう」

「そうだな。俺達がボロくしちまった芝だからな。じゃあ、ハンダ殿、婚約者候補の件、宜しくお願い申し上げます」


「それは私からも。お願いしたい」

「……はい」


 金の魔石殿の助力と元々のお力で、副団長殿の巨体をものともせずに団長殿は灰殿に続いて二人同時の転移を行われた。


 ああ、まあ、なあ。


 婚約者候補。

 俺も、腹くくるしかねえわな、さすがに!

  

「あ、ありがとう、茶色殿」

 すげえ、絶妙な感じで旨い茶が出て来た。緑茶だ。


「では、聖王国侯爵からの書状についての話を始めましょうか」


 皆もそれぞれ好みの飲み物をもらった後で、第二王子殿下がこう仰った。

 

 やっぱりな。若い二人には聞かせたくねえ話だ。

 まあ、第二王子殿下だって十分にお若いのだが。

 国の中枢、という意味ならかなりの経験をお持ちだからなあ。


 聖王国。

 大を付けるのは奴等の自称だから第二王子殿下に外されてやがる。ざまあみろ。


 あの国は、聖女様が顕現されたという伝説がある国。平民の噂話では聖女様を近隣の小さな村からさらってきた、なんて噂もあるくらいに聖教会関連と貴族の富裕層には信用がない国だ。

 聖教会関連の富裕層、なんてこのコヨミ王国では何の冗談かと言われるよな。だが、情けないことに真実だ。


 そんな国、聖国。

 若い頃の俺の母を傷付けたくそ野郎がいる国……だった。


 母と父と俺があの国を出た後も多分、あいつらは俺を調べてはいたのだろう。


 魔力が強いと評判だった俺を攫いに来やがった連中から俺達を守って、逃がしてくれた父と、俺を庇った母。


 多分、俺は母が奴等に殺された瞬間、雷魔法で周囲を焼き尽くした筈。

 魔力暴走と言うやつなのか?


 正直そうだったらしい、くらいの記憶しかないが、落雷で焼け焦げた大群の中にいた内の一人が当時の侯爵くそ野郎だったのはきっと、そうなのだろう。

 そいつの跡継ぎ? が、何故今更。


「……魔獣国の女王陛下からも公式文書で仔細を知らせて頂いているし、そもそも、10歳以下の子供に殺人罪は適応されないと大陸法で決められています。しかも、ハンダ殿、貴方は我が国の国民。この件について何を言われても懸念材料とすら言えません。然しながら、聖王国の現在の侯爵家当主、貴方の兄を自称する者が、自身の推薦する者をセレン殿の婚約者候補にと申し入れております。無論、この書状は聖教会本部並びに王家、共に受理してはおりません。汚れた魔法共々、加味されて先方に返送されています。ただ、斯様な存在がいるという事のみ、ご承知置きを」

 成程、受け取る価値の無い書状にはたっぷりお礼をして下さってるのか。

 しかも、存在しない書状なのに内容は把握されている、と。すげえなあ。


「私からはカンザン殿からの情報を。件の侯爵家は正妻の子よりも愛人の子を次期当主にと望んでいた当主がで亡くなった為、正妻と正妻の子が愛人とその子供達を全て追い出したとか。前当主の不慮の事故の際にたまたま現場にいた腹違いの弟には同情しているし、感謝もしているとの事。邪竜斬りの英雄である事、準辺境伯爵位に就く事、元邪竜殿を召喚竜としている事、奥方が高貴なエルフ族の血族である事、令嬢が類い稀なる聖魔力保持者たる聖女候補である事、いずれも聖王国……大、とやらは要らぬそうだとカンザン殿も言っている。そこの侯爵家として鼻が高いと考えている……以上だ」


「おい、ハンちゃん? おい、って! ほら、食え! 主様のおかかのおにぎり!」


「申し訳ございません、第二王子殿下、ご許可無く御前での不調法を行いました事をお詫び申し上げます」


「気になさらないで、ネオジム博士。何なら着席して。あ、ありがとうございます、茶色殿」


 カバンシの真面目な報告、やばい魔力が出てた俺に巾着袋から取り出した殿下お手製のおにぎりを渡してくれたしてくれた緑ちゃん。

 それから、フォローを入れてくれたネオジム。

 

 すんません、第二王子殿下。


 それにしても相変わらずうめえな、第三王子殿下のおにぎり。

 あと、カンザン! あいつ、現役の時より情報の精度上がってねえか?


「まあ、僕もハンダ殿のお気持ちは分かるから気になさらないでね。何しろ、あの国の奴等ときたら、事もあろうに筆頭公爵令嬢殿が聖魔力保持者、全属性保持者になられたならば我が国で聖女候補として励まれるべきだとか、ニッケルには他の相手を、とか……まあ、とにかくうざい! 姉上と兄上なんか、外交で一番嫌なのはあの国の使節団と会話をする事だと言われているよ。全く、ねえ……」

 

「第二王子殿下、茶菓子はいかがですか」

 

「ありがとう、茶色殿」

「あ、鮭のおにぎりどうぞ、殿下」

 茶色殿は当然としても、緑ちゃんて、意外と色々気遣いの人? 鬼? だよな。


「落ち着いたかな。取り敢えず、確認だが、第二王子殿下、公爵令嬢、それに侯爵令息を聖女候補セレンコバルトの婚約者候補とする形で良いだろうか。あの国については納得出来ない事が多いだろうが、故に、情報共有を。それに、其方ならば、求む者とも情報を遣り取りできるかもな」


 聖魔法大導師様だ。


 求む者……求の事か。

 さっきの話の流れだと俺が魔獣国の出身だとか色々はこの面々にはバレてるんだよな。


 多分、求も同国だって事も。


 魔獣国は、コヨミ王国と国交正常化は果たしていない……というか、方針としてどの国ともそういう関わりは持たない国が、コヨミ王国とはかなり信頼関係があるのだ。


 だからこそ、俺の故郷の皆はコヨミ王国の中央冒険者ギルドのジジイに俺を託してくれたんだよな。


 天涯孤独の俺があっという間にコヨミ王国の国民になれたのはジジイが保証人になってめんどくせえ書類申請とか諸々全てをを引き受けてくれたからだ。感謝はしてるんだ、これでも。 


 準辺境伯爵位をお受けしたら、ジジイにも、少しは恩返しできるんだろうか。


 やっぱり、求の野郎には言ってやりてえぜ。


 お前も俺達と一緒に動けば良いんだよ。

 最近、本当に姿を見せねえけど、どうせまた、何かをしてんだろうな。


 たまにはこっそりと、連絡でもよこせよ。とか思ってたら、伝わったりしねえかなあ。


『ありがとう。色々やってるよ。あとねえ、実はいるんだよ、僕にも。もしもの時は動いてくれる存在が』


 ん?


 何だ、今のは。


 俺にしか聞こえなかったのか、と思ったら、茶色殿がすっ、と茶のお代わりを出してくれた。

 今度はほうじ茶。


 第三王子殿下が教えて下さった方法で茶色殿がご自分で煎られたのだろうか。香りが高い。


『ただ今の会話はご内密に願います』

 そうか、茶色殿はご存知なの……か。


 ああ、何も聞いてねえし、見てもいねえよ。


 人型になられた茶色殿のバシッと決まった衣装のポケットが一瞬だけ光っていた事とかも、な。







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