294-聖魔法大武道場剣術試合第二試合決着後の俺

「皆、此度の剣術試合への歓声と拍手、代表して感謝を申し上げる。ありがとう。騎士団副団長アタカマは先程控え室に戻ったが、心配は一切ないので安心して試合の余韻を楽しんでほしい」


 俺は今、控え室に置かれた映像水晶を見ている。


 その中では雄々しい獅子の姿のままで、金ちゃん、金紅騎士団団長が声を張り上げていた。

 隣には、金ちゃんのご令嬢と俺の息子。

 鬣が輝く金ちゃんは勿論だが、若い二人もとても凛々しい。


 俺こと騎士団副団長アタカマは金ちゃんが述べた通り、先に控え室に転移させてもらっている。


 ここには、俺と金剛斧槍殿だけ。


 無論、俺が怪我をした、とかそういうのではない。


『誰も心配してねえよ、それより良い試合をありがとうなあ!』


 この声は、元邪竜斬り殿だな。


 地上闘技場は一瞬の笑いの後で、また大きな拍手の渦。


 これならば剣術試合の閉会関連は金ちゃん達に任せて良さそうだな。


 心配ない。本当に、だ。


 何しろ、念の為にと付与されたのは大陸一か世界一かの聖魔法使いであられる大導師様の治癒魔法だ。


 それでは、何故かと言うと、俺の防具になって下さった金剛石殿が俺と一緒に試合をしてくれた斧槍の修補をして下さった為に、俺の大きな体は殆ど聖教会本部から頂いた絹の肌着一枚になってしまっていたからだ。


 勿論、超一級品の絹だからかなり上等な服に見えない事も無い。

 騎士団副団長としての任務中、戦闘中の姿に比べたら全身返り血だらけとかではない分、上品な部類だ。


 しかし、第二王子殿下と第三王子殿下を初めとした賓客が見えている中で長くあの場にいるのもな、という事で大歓声に応えて後は金ちゃんに任せて転移させてもらっている、という訳だ。


『斧槍殿も気に止むなと。戦闘が激化したのもそうだが、魔力を過剰に吸収したのが最たる理由。経年もある。騎士団には馴染みの魔石や鉱物達から良き材を募り斧槍を生み出せる手筈を整える。故に、この金剛斧槍はアタカマ・フォン・コッパー、貴殿の物とせよ、とのお言葉じゃ』


 見事な輝きの斧槍となられた金剛石殿のお言葉は有難い事この上ないが、良いのだろうか。

 柄など、以前の斧槍の利点は全て残されている。

 握るだけで良さが分かる、持てば軽くて相手に与える加重は重い。魔力の吸収率が半端じゃない。……とにかく凄い。

 

 しかも、自力で浮遊してる。

 これじゃあ、国宝級の金ちゃん家の長剣殿と同じかそれに近い存在って事じゃあ……許可無く個人所有にして良いのか? 一時的に国に預けるか? いや、斧槍と金剛石殿のご厚意を無碍にするのはなあ……。


 全く、本気の、獅子獣人化した金ちゃん……金紅騎士団団長と本気の闘いが出来た、それだけで十分満足だったのにな……いや、息子の立派な姿を見る事が出来た、それもあったな。


 勝敗? 

 途中からはどうでもよくなってたな。

 試合に負けて勝負に勝った、と俺の事を大司教様が言って下さったが、褒め言葉が過ぎるんじゃねえかなあ。


 そうだ、スズオミの次の婚約者! 面倒くせえのに目を付けられる前に!


 今までは、お相手がゴールド公爵家だから余程のバカ以外は俺やスズオミに余計な真似をする連中も少なかったが、婚約者の空席状態はまずい。


 お相手……。あいつ、やっぱり聖女候補殿に惚れてるよなあ、あれは。


 一応、あいつは侯爵家の令息だが、あちらが叙爵される予定の準辺境伯位って、侯爵家より上になるんだよなあコヨミ王国だと。


 叙爵やその他の一切合切は辺境伯家に委ねられており、それだけに空位の事も多い地位。

 この位に元邪竜斬り殿が就かれる。

 聖女候補殿も注目の的だし、話題になるだろうな。


 元邪竜斬り、ハンダ-コバルト殿とは辺境区でかなり仲良くなれたと俺は思う。


 気持ちの良い方だし、元邪竜であられるカバンシ殿や奥方のネオジム博士も得難い方達だ。


 コッパー侯爵家うちも周りも絶対にそんな家は無いが、準辺境伯位に目が眩み、すり寄ってくるゴミ共がいないとも限らないから、ほぼ同時に聖女候補殿の婚約者候補は発表となるだろう。


 元邪竜斬り殿や元邪竜殿に側室を勧める奴は……と思いかけて止めた。

 叙爵式前に流血沙汰はまずいからな。


 金ちゃんの奥方、薔薇殿がその辺は上手くやってくれているのだろう。

 今日の試合も観覧したかったろうに、令嬢に細剣を渡して事前に備えていたのもあの人らしい。


 そうだ、スズオミ!

 今まではともかく、今日からのスズオミならば、婚約者候補……無理なら候補の候補に、と俺が頭を下げたら考慮してはもらえないだろうか。


 何しろ、立派になっちまったが元はあのかわいいヒヨコちゃんだった紅い伝令鳥殿が付いて来て下さるからという理由のみならず(いや、大事な事だけどな!)俺と、息子があの聖女候補嬢を迎えたいと思っているのだから。

 アルちゃ……妻も、聖女候補殿の事は認めていると言っていたなあ。


『失礼を。これで副団長閣下にはご安心頂けますでしょうか』


 頭を使っていたら、魔力の気配が……って、あ、あれ? 茶色殿! 起立しねえと!


『ああ、座したままで大丈夫ですからそのままで。落ち着かれましたらこちらにお召し替えを。第二王子殿下からに存じます。そしてこちらは』


 高位精霊獣殿のご指示なので座位で従うと、渡されたのは二枚の書状。


「あ、金剛石殿の授与証明書と、斧槍の授与証明書。本物ですね……」


『いずれも第二王子殿下が手配をなされました。印は一枚は聖教会本部の公式印、もう一枚は第二王子殿下と騎士団魔法隊隊長殿です。確認頂きましたら署名と魔力印をお願い申し上げます。すぐに提出して参りますので』


 流し読みでも、俺の手元に金剛石殿と斧槍が渡る事が正しい手段で認められたと示す内容だと分かるものだった。


 だが、こんな、一瞬の早業みたいな時間で用意出来る書類ではない筈のものが何故二種も?

 それに、俺に合う大きさの正装って予備だろうがそれでもそんなすぐに用意出来るのか?


『こちらの正装は、……の為に第二王子殿下がご用意をなされました。特別な大きさではございますが副団長閣下ならば、と。ご本人も是非にと仰っておられます。閉会いたしましたらそちらにご案内いたしますので』

 茶色殿が言われた


 それで、全てが理解できた。


 あの方の為のあつらえならば、確かに俺が着られる大きさの正装だ。


 書類作成のあれこれも、あの方と第二王子殿下との間で遣り取りがあったのだろうか。


「茶色殿、有難く署名と魔力印を示させて頂きます。それから、申し上げにくいのですが、タキシードへの着替えをお手伝い願えますか。鎧と運動服なら秒単位で替えられるのですが、こういうのはどうも……」


『畏まりました』


 そう言うと、茶色殿は見事な人型になられ、素早く俺の召し替えをして下さった。


 そうだ、スズオミへの従者指導へのお礼も碌にしていないじゃないか、俺って奴は!


「若い方達の闘いと熟練者の競い合い。良きものを見せて頂きましたのでお気になさらずに。まあ、それでは一言だけ宜しいでしょうか。今のご令息ならば候補で力不足という事はございますまい、候補の候補では役不足かと」


 ありがとうございます、茶色殿。


 感謝を表すには足りないが、せめてと思い、俺は二枚共に丁寧に署名をして、魔力印には必要以上に魔力を込めて二度、押印をしたのだった。









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