293-聖魔法大武道場剣術試合第二試合の決着
「止血は要らぬ。この聖魔法大導師が確認した。昏倒もなし。だが、気を付ける様に!」
地上闘技場内に聖魔法大導師の声だけが響いた。
その間も、二人の剣戟の交差は続く。
……と、騎士団団長金紅が鮮血もそのままに、再度距離を取った。
正に野生の、高い跳躍。そして静かな着地。
……ウ……ウウ、グルゥ……。
着地の後に金紅の喉元から漏れる音があった。
獅子の咆哮か!
聖魔法大導師浅緋
金紅の両の脚に踏まれた芝達は意思を持つかの様に進んで魔力を吸収させ、そして枯れていく。
「……ついに、か」
終わらせたくはねえけどな、と、副団長アタカマは笑顔で斧槍の柄を芝に埋め込み、おらああっ! と叫ぶ。
斧槍からアタカマへと魔力が渡り、そして金紅の周囲と同様に芝達が枯渇していく。
強き存在に、自らを差し出すかの様に。
芝達は干からび、露出した土達さえもが乾き切った。
それを受けたアタカマが斧槍の柄を抜き、再度両手に握りしめた頃。
魔力に溢れはち切れんばかりの肉体を伸縮自在な魔石の防具の中で示した両者は、それでも笑っていた。
時間は……ある、が、あと5分?
正確を期するならば5分は無い。
然し、浅緋は余計な言葉は発さずに、頭上の時を示す魔道具と茶色の伝令鳥を見、そして平静を装った。
二人の最後の、本当に最後となる打ち合いを邪魔せぬ様に、と。
そして、枯れた芝の一つが風に舞い、落ちていった……その時。
同時に二人が動いた。
まず、アタカマが斧槍を振るった。
目にもとまらぬその剣戟を凧型盾で見事に払った金紅がすかさず獣の手刀を打つ。
「……まだまだあっ!」
短く柄を掴み、再度斧槍を穿つアタカマ。
然し、金紅が払った手刀は斧槍の槍の部位を払い……落とした!
「……いや、いける!」
刺突は一度ではなかった。
欠けた槍の部位ではなく、なんと斧の部位で高速の刺突を行ったのだ。
凄い。
決着は……付くのか?
もう、終了間近だし、このままでも……。
両者の勝利で良いのではないだろうか。
地上闘技場の観客達がそう感じる程に、あまりにも高い領域の闘い。
だが、視線を外さずにはいられない。
そんな状況の中で地上闘技場内の観客達は、驚愕する。
まさか、と。
金紅はあの刺突を全て、受け止めていたのだ。
当然ながら、代償として凧型盾と金の防具と獅子の毛に守られていない部位からは血が吹き出している。
終了間近の流血。
かなりの量である事が見て取れる。
だが、試合が止まる、などとは金紅もアタカマも、観客達さえも思わなかった。
止めるか、続けるか。
悩む浅緋の眼前で、まだ闘いは続く。
アタカマは、突く。
金紅は受けながら、手刀を振るう。
観客達は……見届ける。
それぞれの思いの中で、時は過ぎていった。
浅緋もまた、停止は不可能、と感じていた。
いつの間にか、アタカマの体からも血が流れ出していた。然し、深くはない。
何よりも動きが速い。
打ち合い、押し合い、躱し合う。
その動きの数を数えていた浅緋の手が、上がる。
……ここまでだ、と。
「そこまで、そこまでだ! 勝者、騎士団団長、金紅・フォン・ゴールドぉっ!」
勝者と言われた金紅さえ何故、と思いながらも聖魔法大導師の指示である為に組み合いを解いた二人の内、アタカマが気付く。
「……まだ打ち合いたかったが。仕方ないな。ありがとう。今まで良く堪えてくれた」
そう。
アタカマが礼を伝えたのは相棒の斧槍。
槍の部位だけではなく、斧の部位まで欠けていたのだ。
恐らくは、金属か鉱物の疲労。長年騎士団で用いられ、丁寧に保全されてきた品。
無論、アタカマも常々十分に気を配っていたのだが、此度はそれ程に激しい試合であった事を斧槍自身が示していた。
例えば、これが戦場ならば柄を用いて戦う事もあるだろう。
だがここは試合の場。戦場ではない。
聖魔法大武道場という神聖な舞台で不完全な武器を使用させる訳にはいかないという大導師の試合停止は尤もな判断だった。
「確かに、私には手刀も凧型盾もある。アタカマも私の凧型盾を使うのは本意ではなかろう。……然し」
残念だ、という言葉を飲み込む金紅。
充実した試合だった。
だが、それ故に、決着をきちんと付けたかった、と思わずにはいられない。
その思いを清々しいものに変えてくれたのは。
「……いやあ、獅子獣人化した金ちゃ、団長と闘えたからなあ。俺は楽しかったぞ! あ、芝と地面もありがとうな! そうだ、大導師様! 散々血を流したのに試合を止めずにいて下さった事に御礼申し上げます!」
やはり、アタカマのこの笑顔だ。
お前は、全く……。
金紅は、獅子の姿のままで笑う。
二人とも、流血は既に止まっていた。浅緋の瞬時の聖魔法によるものだろう。
そして、地上闘技場内から歓声と拍手が起き始めた時。
『良い試合を見せてもらった。斧槍よ、共に在ろうぞ』
言うなり、アタカマの体を包んでいた金剛石が壊れた斧槍を包み込んだ。
「……これは!」
金紅が驚き叫ぶと、すかさず。
「見たかあ、皆! 試合の勝者は確かに金紅・フォン・ゴールド! だが勝負の勝者はぁ、金剛石に認められたぁ、アタカマ・フォン・コッパーだあっ!」
今までの分、とばかりに大司教百斎の実況が響いたのだった。
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