284-聖魔法大武道場剣術試合第一試合決着とあたし

 試合の残り時間は5分を切った。


 どうしよう、どきどきする。


 お母さんが背中に手を置いてくれた。沈静の魔法かな? ありがとう。


 そうだ、あたしが興奮してどうするの。きちんと見届けなきゃ!


 地上闘技場内はとても静か。


 皆がお二人を見守っているんだ。身が引き締まる。


「次で決まるな」「「ああ」」

 お父さん、カバンシ兄ちゃん、緑さん。


 この三人が言うなら絶対だよね。

 

 ライオネア様の、それからスズオミ様の邪魔をしたくはない。……でも。 


「ライオネア、今です!」「ライオネア様!」


「スズオミ君、負けてないよ! いけえ!」


 あたしだけじゃなかった。


 ナーハルテ様と、あたしの声。

 それに、第三王子殿下のお声が重なった。


 きっと、朱色様と魔道具さん達がお二人にお伝えしたんだ。


 今だ、と。


 あたし達の声を合図にしたかの様に、二人が動いた。


 綺麗に距離が取られて、それから。

 

 輝く様に美しい、剣戟。


「……そこまでぇ! ……良く闘った! この聖魔法大導師が認める! 此度の試合、両者引き分け! 然しながら、両者勝利と判断し得るものであった! 良い試合だったぞ!」


 聖魔法大導師様が興奮冷めやらないお声で告げられた。


 地上闘技場内が轟音と言っても良い位の雄叫びに包まれる。


 ライオネア様の細剣がスズオミ様の長剣のぎりぎりに入り込んでいた。

 ご自身の愛用の長剣だからかなのも知れないけれど、短めな細剣がスズオミ様の元まで届いている事が奇跡的。


 スズオミ様が持つライオネア様の長剣も、ライオネアの近くにあった。細剣に滑り込まれているにも拘わらず。


「綺麗な引き分けだな。両雄並び立つ、と言うところか」


 カバンシ兄ちゃんの格好いい解説の通りだと思った。


 あたしは少しだけ、泣いてしまった。


 そんな中で、お二人は同時に叫ばれた。

「「……たいへんな無礼と存じますが、引き分けではございません。勝者はおります」」


「このスズオミ・フォン・コッパー「ライオネア・フォン・ゴールドに存じます!」」


「気持ちは分かるけどな」緑さんが笑った。


 騎士さんの礼かな? 

 すごく綺麗な礼をされながら聖魔法大導師様に申し上げるお二人。


「「自分は違う!! 君が勝者だ!」」


「息が合ってるなあ」お父さんは楽しそう。


 譲り合う二人の中に入る様に、大司教様の声。


「闘技場内の皆、聞いたかあ? 互いに互いを勝者とする厚い友情! もう一度、この二人に惜しみない拍手を! そうだ、皆も忘れているかと思うので確認だ! この友情に溢れる若者達は此度の試合にて清々しく婚約を解消した! 私の隣の両家の父君達も認めている! 今日この時からはこの若き両名何のしがらみも無く、純粋に互いを高め合う存在となった! もう一度、我々で彼等を称えよう!」


 そこに、賛同の意を示されたらしい騎士団団長閣下と副団長閣下が起立されて肯いた。

 

 闘技場内は少しだけざわざわとして、それからものすごく盛り上がった。


「……そうか、そう言えば。あのお二人、婚約者同士だったっけ……」「忘れてた! 試合が良すぎて!」「まあ、婚約解消おめでとう! それよりも良い試合をありがとう!」


 そう、そうなんだ。

 お二人はこれで、婚約関係じゃなくなって、本当にお互い切磋琢磨し合える友人同士になれたんだ。


 お父さんとカバンシ兄ちゃんみたいな感じ?


 それなら相棒、って感じで素敵だなあって思っていたら、聖魔法大導師様がお二人にお声掛けをされた。


 それから、騎士団団長閣下と副団長閣下が拍手を。


 そこでやっと、お二人も地上闘技場内の皆に応えられた。


「ここから二時間、休憩とする! 会場外で飲食するも、座席でも良し! 併設施設でも良いぞ! とにかくきっかり二時間、それをゆめゆめ忘れるな!」

 大司教様のお茶目なお言葉も飛ぶ。


 それからお二人は第二王子殿下とお側仕えの方のおられる貴賓室に礼をされて、その後でナーハルテ様と第三王子殿下の貴賓室にも礼と何か合図みたいな仕草を送られていた。


 そして最後に、あたし達の貴賓室……。


 あ、お父さん達へのご挨拶だね。お二人とも礼儀正しくて律儀だなあ。

 

 あ、あれ? 何だかお父さん達じゃなくてあたしの方を見て下さってる?


『あ・り・が・と・う』『僕の事も見ていてくれたかな』


 念話でライオネア様があたしにお礼?


 え、スズオミ様もやっぱり念話。

 何だか照れ顔で? 見てましたけど、え、え、ええ?


 雄々しくて素敵な鬣と獅子のお耳からいつもの凛々しくてお美しいお姿に戻られたライオネア様と、汗まみれなところがいつもの爽やかさと相まって何だか色気? みたいな感じのスズオミ様。


 何だろう、あたしの顔……熱い。試合に興奮した反動? 今頃?


 それからお二人は聖魔法大導師様、大司教様、それから団長閣下と副団長閣下と連れだって地上闘技場を退場された。


 観客からは拍手喝采。


 勿論、あたしもそうするつもりだった。


 だけど。


「セレン? 顔赤いな。何か飲むか?」


「大丈夫よ、ハンダ。セレンにも色々あるのよ。……ああ、私がお茶を」


「だな」「ああ。……まあ、セレンが落ち着いたら少しだけ我々も休憩としよう」


 心配してくれているらしいお父さんと、何だか訳知り顔なお母さん。

 緑さんとカバンシ兄ちゃんも、分かってるっぽい感じ。


 分かってないのは、あたしだけ?

 それとも、お父さんもかな?


「とにかく落ち着いてからね。さっきの試合の事をハンダ達とお話したいでしょう? はい、飲んで。風魔法で少しだけ冷ましたから」

 そ、そうだった。 


 それに、次は騎士団団長閣下と副団長閣下の第二試合も控えてるんだ!


「うん、落ち着く!」

 そうだよ、まずは落ち着こう。


 そしたら、お二人の試合の色々、皆に解説してもらうんだ!


 何だか、また顔が熱くなってきた気がしたけれど、少しだけいつもと違う感じ。


 「まあとりあえず落ち着いたら何か食おうか」

 お父さんに言われて、確かにそうかも、と思う。


 もしかしたら、あたしは興奮のし過ぎでお腹がすいているのかも知れないなあ。


 あたしは、そう考えながら、お母さんが出してくれた貴賓室備え付けの良い香りのお茶を頂いたのだった。









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