幕間-47 大司教と聖魔法大導師の会話
「……やっぱり来たね」
聖魔法大武道場を会場とする栄誉を得た剣術試合を二日後に控えた日。
コヨミ王国聖教会本部の双璧の二人が、酒を酌み交わしながら一つの封書を話題にした。
卓上に置かれた書状入れの中のそれは、見た目だけならば高級な手漉き紙に某国の聖教会公印が押された気品溢れる書状。
だが、実際は。
「ああ、この大陸において聖女様が唯一顕現されたというあの国……聖国。それが聖女候補セレン-コバルトの聖魔力に目を付けて婚約者候補に名乗りを挙げるのはまあ、当然だな。ところで、聖国から学院への留学生は、今はいないのだったな?」
「そう。ニッケル第三王子の入学式のやらかし。あれを招いたのが聖国からの留学生だったらしい。それ以外にもその留学生、学院で色々したらしくて、学院長が正式な手続きを経て送り返しているよ。また留学生を受け入れてほしいとは言ってはきているらしいけど」
「そうか。それでは、よほどの理由がなければ留学生の受け入れはあるまいな。ならば、この書状のみの話か」
「うん」
コヨミ王国が国となる以前よりも昔の、彼らでさえ直接には知らない、伝説の聖女降臨があったというその国には、今では聖女候補さえ現れた例がない。
前回の聖女候補誕生すら数百年以上前である。それも、正しく自国の出身かどうかさえ、怪しいものだ。
それ故に、聖国が毎年の様に聖女候補が現れるコヨミ王国をどの様に感じているかは言わずもがな。
そんな国が慇懃無礼に「聖女候補セレン-コバルトの婚約者候補になってやっても良いぞ」という内容を丁寧な文言と魅了魔法付で送って来たのだから、この二人の口調が多少砕け、荒くなるのも当然と言えた。
封書の封は切られてはいない。
文面は全て、当代一の聖魔法使いとされる聖魔法大導師が透視魔法で看破したのだ。
魅了魔法についてはこの二人の魔力と技量からすれば些細にも程があるものだった。
「まあ、きちんとした手続きを踏もうが、あんな国の馬鹿者共に我が国の聖女候補の相手が務まる筈もないが。……彼女はあの『キミミチ』? とは全く異なる、努力を良しとする聖女候補だ。苦手とするダンスにも懸命に取り組んでいるのだろう? 若き飛竜も手助けをしたらしいな」
「それは同感。あの子には色々あったしこれからもあるだろうけど、とても良くやっているよ。飛竜君が練習の練習相手をしてあげて、憬れの君と練習出来たのも喜んでいたみたいだね。大丈夫だよ、彼女はもう、ああはならないだろう。あと、馬鹿者共、確かに! 自分から言った訳でもないのに君に対して、『当代一の聖魔法使いと名乗るとは何たること!』とか難癖付けて踏み込んできた位の馬鹿な連中だもんね。百年、もう少し前? の笑い話だよね」
そんなふざけた理由でコヨミ王国にやって来た聖魔法使い共と魔法対決をさせられたのは確かに百年かもう少し前の事。
無論、全員を徹底的に打ちのめしたのだが。
まぐれだ、と叫ぶ相手には更に大司教が相手をして差し上げた。勿論、ぐうの音も出ない程までに。
それ以降は一応、当代一の聖魔法使いと名乗る事を認めてやらなくもない、という態度で接してくるのだからあの国の臆面のなさは大したものだ。
二人、そしてコヨミ王国聖教会にとっては何とも腹立たしい国である。
無論、王国としても、である。
「そもそも、あの国は……。コヨミ様が悪しき奴等を罰され、何とか国としての形を示された後に、あの国で抑圧されていた者達を救いに向かわれたら、こともあろうにコヨミ様に対して『聖霊王様を尊ぶ者達を追い出した非道なる連中の長が!』とのたまったのだぞ?」
大導師はグラスではなく瓶を掴んでワインを飲む。それ程に非礼な国なのだ。
昔の事、と相手は言いそうだが。二人に言わせればあの国の本質は変わっていないのだ。しかも、全く。
「そうだよね、鬼の召喚獣浅緋殿は手が滑って落雷を落として……」
「ああ。若い司教、百斎はうっかり台風の如き風魔法を使ってしまったなあ。学院長はついつい咆哮を放って、精霊王様直参の高位精霊殿は地を揺らして」
「そう、高位精霊殿は格好よかった! さすがは僕の……ああ、これは今は言ってはだめだね。そうだ、コヨミ様! コヨミ様は発言者、高位聖職者だけに加重が掛かる重力魔法をつい、発動されていたのが凛々しくてね! 本当に、多頭蛇殿が念話で『申し訳ない。こいつらには必ず罰を与えます故、国の民には何とぞ……』と言われるから炊き出しや食料支援とか、困窮していた人達への医療活動とか薬品の支給とかだけを済ませてきたんだよね」
高位精霊殿のことを語った瞬間の、大司教百斎の表情。それを見ないふりをして、大導師浅緋は言う。
「本当にな。そののちに、多頭蛇殿が天におられる聖霊王様からのお言葉として『聖国の愚かな者達よ、反省を。そして、聖教会本部はこちらの者達の国に。反論は許さぬ』というお言葉を示されたのだ。そうして、多頭蛇殿自らが聖国の高位聖職者の土地家屋だけをこっそりと破壊され、それを聖霊王様のお怒りとされたので、表立ってコヨミ様や我が国の前身を非難する事はなくなったが……。酒が不味くなるから出すべき話題ではなかったな。そもそも、あの国の高位聖職者とは何なのだ一体? 聖女様のご威光と現世に残られた多頭蛇殿を権威の象徴として私腹を肥やして!」
「まあ、それもやっと終わりにできるかも知れないのだから。そうそう、茶色殿と魔道具開発局局長君のお陰で無用でしかも害悪の塊と言える類いの手紙や贈り物やらは全部相手に無事返却出来てるけど、当代一の聖魔法使いさんはどうお考えなのかな?」
「おい、お前が第一の使い手になるのは嫌だよ! と逃げようとするから私が今の地位に就いたり馬鹿者共と魔法対決をさせられたりしているのではないか? まあ、一応この書状、受付箱の解析魔法その他を全て弾いて残っていたのは事実だ。それにしてもこの残滓、魅了魔法。馬鹿にされたものだ。私や
「
大司教百斎と聖魔法大導師浅緋、それぞれの名を気の置けない者同士の気安さで呼び合い、笑い合う。
魂の転生を経て第三王子となった初代国王陛下の末裔がその慎ましやかな佇まいを評した皆に愛され大切に磨かれている聖教会本部正門前の銅像の由来はこうであったのだ。
そして、この場の二人の互いが称えるそれは、工夫を凝らして害悪や害のある思念や魔法を込めた品や手紙を全て相手に戻す受付魔道具の事。
高位精霊獣茶色殿と魔道具開発局局長による開発品。
聖教会本部に据え置かれた物には更にこの場の二人が魔法を付与して、弾かれずに残った品は全て指定した場所に転送される仕組みとなっていた。
指定したのはこの場所。二人だけの歓談室だ。
「本当に、設置をしておいて良かったよね。マトイ様の婚約者、筆頭公爵令嬢ちゃんにはこんなふざけた書状は来てないみたいだけど」
「いくらあの国でも大国の血族でもある我が国の筆頭公爵令嬢にその様な事をする程愚かでは……ないとは言い難いがな。やはり、聖魔力がいくら凄かろうとセレン-コバルトは所詮平民、とでも考えているのでは?」
「あとはネオジム-コバルト博士の出自かな。エルフ族の血統とか、奴等は好きそうだよね。元邪竜斬り殿、ハンダ-コバルト殿が叙爵を受ければ風向きも変わるかな……そうなれば良いけどね。彼の父は……。いや、この話はやめよう。とにかく婚約者を、とはあのスコレス殿が認める情報源からも伝えられているから急いだ方が良いよね。……今回の剣術試合が終わったら、僕らも選考を急ごう。せめて候補だけでも」
「そうだな。試合前日を恙無く過ごし、本番を迎える為にも」
今度は大導師も瓶ではなくグラスを手にした。
軽く、グラスを合わせる二人。
「うん。そうしよう。それにあの国、獣人売買にも拘わっているらしいしね」
「先般の組織とも売買契約を結んでいたらしいな。……獣人には人権がない、等と言う存在を聖霊王様がお認めになる筈は無いのに。それなのに獣人を自国に集合させたいのか?」
「だから聖女候補が現れないのだ、悔い改めよう、と改心する様な心根ならねえ。……現れないなら他所から、という短慮さが愚かだよ。とりあえず、
「魔法隊と第二王子殿下はお前に任せる。そうだな。フード……殿は何やらマトイ様にお渡ししたらしいが、それは茶色殿に。とにかく、明日からの前日と試合当日を無事に終える事が我々の使命だ。騎士団団長殿、副団長殿と令嬢と子息も気合を入れているだろうし、当日は特別な来賓も見えるのだろう?」
「うん、その予定。そうだよね、試合内容は聖女候補の婚約者候補選定に大きく影響するだろうし。あ、そうだ。明日と当日に第三王子殿下をご案内するのは浅ちゃんか僕か、今から飲み比べで決めようか?」
「言ったな?」
笑い合う二人。
彼等の歓談は、まだまだ続きそうだ。
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