260-ゴーレムと俺

「うおい、アルちゃん! ゴーレムを作ってくれ!」


 俺が叫ぶと、愛する妻アルミナ・フォン・コッパー侯爵(我が家の当主は妻である)は笑顔で応えてくれた。


 コッパー侯爵家の鍛錬場は広い。

 そこに、安全面を考慮して芝生を全面に生やしてあるのだ。


 その上でアルちゃんが四方を魔法壁で囲む事によって物理と魔法の両面防御に優れた構造にしてくれている。

 要するに、俺の様に魔力はあるがあまり魔法構築が上手くない者でも魔力を流せば良いので、あまり周辺を破壊せずに済んでいるのだ。実にありがたい。


「スズオミとライオネア様には休む様にと伝えているのですから、一体だけですよ」


 スズオミはアルちゃんの提案で俺が茶色殿に依頼して近侍の適性を診断して頂いている。

 ライオネア嬢は元邪竜斬り殿の叙爵に伴う聖女候補殿のダンス練習のお相手。

 確かに俺だけ体を動かすのは悪いよな。


 必ずこの後は体を休めるから、と誰に言うともなく呟きながら準備運動をしていたらゴーレム用にわざと芝生を敷いていない露出した土の箇所からアルちゃんがゴーレムを生成してくれた。

 この土は辺境区から取り寄せた特別な土。

 魔獣が多く生息していた場所の物で魔力の浸透力が物凄い。


 その土が盛り上がり、銅像みたいな姿の土人形がそびえ立つ。

 でかい。俺の身長が2メートル15センチくらい。多分俺の3倍はあるなこのゴーレム。

 その額にはアルちゃんが魔力を込めた印。

 さすがは聖教会専任講師資格保持者。

 手際も良いしゴーレムも相変わらず強そうな立ち姿。いや、実際強いんだよなこいつら。


 アルちゃん、妻は以前の聖女候補一の聖魔力保持者にして王立学院や王国士官学校でも教鞭を取っていた人。

 元は俺、アタカマ・フォン・コッパー現騎士団副団長も教え子の一人だった。


 優しく厳しく美しいアルミナ様に憬れた連中は多く、俺もその一人。


「先生の魔法より強くなったら結婚してもらえますか?」と訊いたらじゃあこの子に勝てたら、と言われて見せられた巨大なゴーレム。強かった。


 最初の頃はひたすらボコボコにされた。


 獅子獣人に半獣化した若き日の金紅騎士団団長、つまり金ちゃんと試合をした時みたいなボコられぶりだった。

 いっそ気持ちが良い位にやられたので、何度も闘いに行ったのだった。楽しかった。


「そろそろあきらめないの?」と言われたのは金ちゃんと薔薇ちゃんと俺が騎士団に入隊する事が決まった頃だったな。


 金ちゃんは公爵令息なのに惚れ込んだ男爵家の薔薇ちゃんを親族の伯爵家の養女にして、どこからも文句が無いようにして結婚を決めていた。


 俺の親友とそのお相手はかっこいい、と心底思った。


「親友があきらめなかったのに、俺があきらめるのは嫌なんです」

 多分100回目くらいの挑戦だった。

 ボコボコ、ではなくてボコ、位に善戦できた。

 次はいけるかな、と思った。


 んじゃあ、次の約束を、と思ったら。


「私が貴男をあきらめたくないの。結婚してもらえますか」

 何故か、求婚された。


「……やっぱり、気付いてなかったのか」

「ええ、このゴーレムさん、最初の頃の子よりかなり強いわよ?」


 笑いながら拍手で迎えてくれたのは金ちゃんと薔薇ちゃんだった。

 

 え。

「貴男はとっくに、勝っていたの。ただ、私が強くなる貴男を見ていたかっただけ。卒業おめでとう」


 それからすぐ、金ちゃん達に続いて俺達も結婚式を執り行った。


 実家の侯爵家にはよくやった! と褒められた。


 元々、初代国王陛下に商業的な才能を認められた平民の商人が初代である我がコッパー侯爵家はアルちゃんの聖魔力とか商才とか色々を称え、下にも置かぬ扱いで大歓迎。


 あ、アルちゃんの年齢が俺より割と上な事は俺みたいなのには年上の方が良いに決まってる、と皆が賛成してくれた。


「ゴーレム、俺な、嬉しいんだ。息子が好きな子の為に尊敬する強い相手と試合するんだよ。それに、あいつもお仕えしたい方が出来てな」


 ゴーレムの額の刻印を避けて、上手く頭部に蹴りを入れる。

 もしも敵方のゴーレムならば弱点を狙うが、こいつは俺の鍛練に付き合ってくれる頼もしい奴だ。

 ちゃんと倒すのが礼儀ってもんだ。


「スズオミとライオネアちゃんも若い頃の俺と金ちゃんみたいになってくれたら良いよなあ。そしたら、聖女候補殿と筆頭公爵令嬢殿はアルちゃんと薔薇ちゃんか。あれ、殿下は? ゴーレムお前か!」


 俺の事を高めてくれた、アルちゃんとの仲を取り持ってくれた大事な存在だから、だが。

 にしても、失礼が過ぎるな、俺!


『本当にね』


 感情の無い筈のゴーレムにツッコミを食らった気がした。


「ツッコむたあさすがは俺の好敵手だな!」


 笑いながら返した俺の蹴りは、我ながら最高の蹴りだった。


 崩れていくゴーレム。


 さらさらと流れていく土達に、『息子だけじゃなくてお前も試合、頑張れよ!』と励まされた気がした。




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