幕間-43 母上と自分
「ライオネア様、奥様がお帰りでいらっしゃいます。よろしければ、と仰っておられますが」
「もちろん、伺うよ」
自分ことライオネア・フォン・ゴールド公爵令嬢は王立学院の寮住まいである。
剣術試合まで2週間を切った昨日から気分転換にと久しぶりに家に帰って過ごしていたのだが、何と、母上にお会いできる事になった。
いつぶりだろうか。
確か、スズオミとの婚約が決まって以来?
お会いする機会、共に過ごす時は少ないかも知れないが確かに絆を感じる存在、それが自分の母上だ。
そして自分は両親に愛されていると強く感じている。
お二人はお互いを強く思っておられるし、自分もお二人を愛している。
「母上、失礼申し上げます。ライオネアです」
「良く来てくれました。お入りなさい」
母上の私室の透かしの薔薇模様が美しい扉は魔力で開く。
さすがに我が家のメイドは長身の自分が持つ迫力にも戸惑いは見せない。学院のご令嬢達とは違う。
そう、母上の部屋に魔力を込めて入室する自分を礼をしながら見守ってくれている。
部屋の奥には息を呑む程に美しい、白い王国騎士服を身に纏った我が母上。
金色の髪に、薔薇色の目。背は自分よりは少し低いが、女性としてはかなりの高さ。そしてぴしり、と整った姿勢。
自分の理想とするその姿がそこに在る、とお会いする度に身が引き締まるお人である。
「時間が無くて、余り話は出来ないのですが、いつも伝令鳥と手紙をありがとう。私からのものが少なくて申し訳ないわね。でも、愛しています、ライオネア」
母上の置かれたお立場を鑑みたら多いとも言える頻度で手紙の返信や伝令鳥、時には映像水晶で会話もしているのだから自分としてはむしろお体を休めて頂きたいくらいである。
「自分も母上を愛しています。貴重なお時間を頂いている事、存じております。お会いできまして嬉しいです、母上」
「ありがとう、私の愛しい子。試合の観覧に母は仕事で行けませんのでこれを渡したいと思いました」
たまたまではなく、都合をつけて下さったのかと自分が喜ぶその間に、母は
そして、
それは薔薇の花弁を模した
これは!
「貴女にこれを。私が持つ物と揃いの品です。既に貴女はこの剣に相応しい。此度の試合、全力を。母は何処におりましても、貴女を見守っております」
「有難きお言葉、心に刻みました。謹んで頂戴します」
「励みなさい。そして、あのお方と貴女の姫君、そして聖魔法の子女を守るのですよ」
「畏まりました、母上」
騎士の礼をしていたら、いつの間にか母上の姿は消えていた。
が、自分の手には細剣が残された。
帯剣と、薔薇と獅子が刻まれた二本刺の剣鞘まで!
あのお方とは、第三王子殿下だろう。
姫君とは言わずもがなのナー姫。
そして、聖魔法の子女とは、セレン嬢か。
騎士団近衛特務隊隊長にして大将閣下たる自分の母上、デライトリア・フォン・ゴールド。
美々しい白の騎士服は特務隊の証だ。
現在の社交界の薔薇という二つ名よりも、実は薔薇騎士と呼ばれた名の方が先であったという。
学院在学時には応援会が存在した事。薔薇騎士と女子学院生から呼ばれ憧れの君とされていた事。
この話は自分に応援会というものが存在する事を知り、その旨を父上にお話した所、
母上はまた、学院時代の剣術大会練習時に白熱の余り意図せずに獅子の獣化を起こしかけた父を見事に魔力と剣術で押さえ込んだという伝説の方でもある。
細剣はレイピアとも呼ばれる
この事は選抜クラスの内々の件として、知る者は少ない。
それから、若き日の父が母に求婚し続け、共に騎士団に入隊した際に婚姻の運びとなったそうだ。
我が国では恋愛による貴族間の婚姻も少なくはないが公爵家ではさすがに、と躊躇した男爵位の家柄の母上を祖父母も気に入り、血族の伯爵家の養女とした上で大歓迎でゴールド家に迎えたというこちらの逸話は貴族間の熱烈な純愛として知る者も多い。
お二人の名は変えられてはいるが書物にもなっている程だ。
それからの母上は社交界の薔薇として長年様々な場でその名前を知られている。
同時に近衛隊の薔薇としても称えられており、真の所属が特務である事は無論秘匿事項である。
様々な噂、流行、その他諸々。
自分も稀に多忙な父上に代わり連れとして参加するが、あの場の母上は戦の場とはまた別の意味の戦いの場で扇(実は高性能の鉄扇)を武器に戦っておられる。
そうだ、自分もそろそろ30キロの扇の予備をお二人の馴染みの武器防具職人にお願いしなくては。
多種多様な事業に熟知され経済界の重鎮とされるコッパー侯爵であられるアルミナ様の聖魔力保持者としてのお立場を知る者は少ないが知る者は同時にそのお力をも知っているのと同じく、母の真の姿を知る者はその存在に畏怖を抱くと言う。
スズオミのお父君、騎士団副団長閣下が母を恐れるのは社交界での影響力よりもこちらだろう。
あの方も両親の馴れ初めをご存知なのだから。
母上、ありがとうございます。
自分も正々堂々、彼と剣を交えたいと願っております。
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