251-紙綴さん(?)と私

「し、失礼申し上げます。伺いたい事がございまして、先程、貴方様のお連れ様は……アベリア、と仰いましたか?」


『コヨミン様、姿勢を低くして!』

 的確な黒白の指示。


 うーん、やっぱりただでは済まないのかな。


 アベリアちゃんの事を? 何故?


 あの時、周囲にはカンザンさんや草さん以外には私達の話を聞いていた者などいなかったのに。


 皆、自分が求める屋台の品に夢中だった。

 しかも、カンザンさん達でさえ聞こえていたかどうかという程度の会話。


 まさか。獣人売買組織の掃討対象?


 黒白が防御魔法、私は反作用の聖魔法を掛けて、リュックちゃんは拘束用のロープを放出。

 三位一体、即席ながら私達の呼吸はかなりのものだと思う。


 反作用の聖魔法は、武術で言うなら合気道。何かをされれば、全てが相手に向かう。


 自らは相手を傷付けない聖魔法の特徴を大きく示したもの。

 という訳で、さあこい!


 構えていたら。あれ。何もない?


 声を掛けてきた相手は距離を取ってそのまま。


 申し訳なさそうな表情……だよね。

 

 完全に獣のお顔の狼の獣人さん。

 清潔感のある、きちんとした身なりの人だ。いまいち表情が分からないけれど、とにかく私達に遠慮しているのは分かった。

 獣人さんだから、組織の連中って事はないかな?


「で、ニケ様!ご無事ですね?」

 駆け付けてくれたお二人から飲み物等を受け取り、テーブルに置きながら「大丈夫」と伝える。


「そこの貴男、まずは名前を。とりあえず害意がない事は分かりましたので会話は続けても構いませんが距離はそのまま保ちなさい」


 人型朱々さん、格好いい!


「す、すみません。本当はそちらのお嬢様がアベリア、妹の猫獣人です。の名前を言われたのは分かっていたのですが、お、私はこの通り狼そのままの獣人ですから、お嬢様がご不快なお気持ちになら、れるかと思いまして、こちらのお坊ちゃまに……申し訳ございません。見た目のままの狼の獣人なので聴力に長けておりますので盗聴等はしておりません。名乗りもせずにお話をしましたのは私は名前を持っていない為です。あ、アベリアは血の繋がった妹ではなくて、遠くの国で一緒に過ごしていた妹的な子で。クリームホワイト色のかわいい子で、獣人狩りのれ、者達から逃がす時に離れてしまって」


「全て真実ね。そして、アベリアちゃんを先に、他の子達も後から逃がせたけれど本人は瀕死の重傷、他の子達を助けてくれたはぐれ魔法師に暫くお世話になって、きちんとギルドにも所属したけれど獣人という事で適切な評価をされず、犯罪に手を染めた、と。因みにこちらのお坊ちゃまとお嬢様は人を姿で判断されたりはなさらないから、そこは認識を改めなさい」


 犯罪?

 あ、いつの間にか防音魔法。さすがです朱々さん。って、あの、アベリアちゃんの血の繋がらないお兄さん? え、じゃあ私、かなり失礼だった?


『お気になさらないで。お立場上当然、むしろ茶色殿の教えの賜物と思って下さいな。そう、犯罪と言えば、の例のナーハルテの寝所に入ろうと画策した連中の一人よ。今は筆頭公爵家侍従達の指導を経て改心して、ある組織の一員。これについてはまだお伝えできないけれどあたくしを信じて。殿下の為になる組織だから』


『朱々さん、この同時念話私にだけですか?』

『ええ』


「あ、失礼しました。その、人族の若い女性からは怖いと言われる事が多いものですから。あ、でもそうですね、決めつけてしまいました。申し訳ございません。アベリア、妹の他の子達ははぐれ魔法師のおっさんが孤児院に送ってくれました。逆にそれで、アベリアの行方が分からなくって、この国の孤児院にいるらしいって最近知って……」


 朱々さんとナーハルテ様に深々と頭を下げる狼獣人さん。……実は良い人そうだね?

 でも、あのカケスさんが依頼した事件の……なんだよなあ。 

 うーん、でもセイジさん達が指導されたらしいし朱々さんが言うなら。 

 いや、そもそもあのアベリアちゃんのお兄さんだし!


 自分の身も顧みずアベリアちゃんとお友達を逃がそうとして戦う、って中々出来る事じゃないよ!


『ええ、元副局長もこの者も、ナーハルテの髪にさえ、触れる気はなかったわ。そして心から反省し、コヨミ王国の役に立ちたいと考えているし、アベリアちゃんを思う気持ちも本当よ。精霊王様に誓います』

 精霊王様に誓われたという事は、朱々さんはこの人を許しているのだろう。


 ナーハルテ様の鳥の召喚獣で、ツンデレが出てしまう位にナーハルテ様の事が大好きな、ある意味私と思いを同じくする方。

 そうだ、そもそも、アベリアちゃん達を襲ったあいつらが元凶なんだよ!

 あと、きちんとした評価をしないどっかのギルド!


 あとは求者のあの指輪?

 まあ、売買組織とどっかのギルドと違って、指輪だけは指輪の力のせいばかりではなさそうだけれど。


「妹様は現在、孤児院できちんとした生活をしてお、います。そして、少なくとも数日中には新聞等に獣人売買組織の完全瓦解の報告が出ます。妹さんにお会、会いたいと思うなら、まずきちんと手紙を書いて許可を頂いてから辺境区の孤児院に行って下さい。コヨミ王国辺境区孤児院で調べれば、住所も通信水晶の通信番号も番号帳に記載されています。収容者が多い孤児院ですが、きちんとした手段を行えば必ずアベリアさ、ちゃんと会えます」

 ちょっとだけ間違ってしまうナー嬢、かわいい。


 あれ、でも朱々さん、狼お兄さんの事、伝えてないんだよね?

 

紙綴かみつづさんにアベリアちゃんのお兄さんの事が書いてあったから、お伝えしたの』

 リュックちゃんが伝えたの?

 紙綴って何?


『紙綴さん、フードさんがハンダさんにくれたの。コヨミンさんにあげる物。勝手に中身の確認をしてごめんなさい。あたしには紙綴さんは開けなかったから、直接訊いたの。お話は出来たよ』

 

 確かに紙綴……手綴の手帳だ。

 背表紙にそのまま紐が見えている。 


 多分、和綴じ、ってやつだ。 

 上手く私のシャツのポケットにイン。ナイスシュート、リュックちゃん。代わりにロープがリュックちゃんにイン。

 良く分からないけれど、多分良いよ。 

 あのたくさんの書類と一緒に預かったけど、それだけは兄上じゃなくて私に渡す物だと求者が言ったんだよね。


 なら多分あいつ、こうなるのも分かってたんじゃないか? 紙綴さん? も、リュックちゃんになら、って事なのだろうから。


『正解! この紙綴、殿下にしか開けないし記せないから貰ってね! リュック嬢みたいに話せる魔道具や人は居るけど! 殿下なら糸を解いて再度綴じる事も出来るよ!僕も結構色々書いておいたから暇な時にでも全部読んでみてね!』


 うわ、やっぱりだ。


 紙綴さんに音声魔法を組み込んでた!


 あいつ、やっぱり何だかなあ、な奴だったよ!






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