247-求める者と俺

 俺達が、最初に訪ねたあの建物。

 その奥の一角に、求者の部屋があった。


 隠し扉の奥の小さな部屋。


 俺達全員が感知出来なかったのに、今は何故気付かなかったのか、という程に存在を主張している。


 多分精霊殿の力だったのだろう。もしかしたら、緑ちゃんとカバンシは気付いていたのかも知れないが。


 副団長令息は多分、違う。あいつは感知していたら副団長殿か俺達に指示を仰ぐタイプだ。

 そういう所が評価されて精霊殿達は助力をしたり限定の念話の力を授けたりされたのかもな。


『さすがはハンちゃん、やるねえ。そんな感じで俺はちょっと幾つかそれっぽい所を聞いたから確認しとこうかと思ってる』

『気にするな。お前の勘は卓越している。そして、そこに入室出来ている。……そういうことだ』

 緑ちゃんにカバンシ。ありがてえ念話。


 そうか、入室自体が困難な制限魔法付の亜空間だったのか。


「はい、取りあえずの分だよ。また後日いくらでも捜索? してね。因みに今日の殲滅作戦に参加してくれた人達なら皆許可無しで洞窟への転移は可能だよ。本物の第二王子殿下も含めて、ね! あ、騎士団副団長殿とご令息は皆さんとなら入室可能だから」


 そう言いながら求者は取りあえずでこれかよ、みたいな書類とか多分すげえ事が書かれた地図とか、えらい量の資料を筆頭公爵令嬢から拝借した魔道具にドサドサ入れていく。吸い込まれたのかもな。


 そう言えばこの魔道具、今、自分から開かなかったか?

 まあいいのか、第三王子殿下絡みの魔道具だもんな。


 確か、白様の直弟子に近い存在だったか。魔道具殿、だなこりゃ。

『どっちでも良いですよ! できたらちゃん呼びで呼んで下さい!』

 念話も可能かよ! すげえや。


 あと、求者が言ってたな。

 か。


 副団長殿達が今日の俺ら(というか多分俺以外)のうちの誰かと、っていうなら、こいつの元部下達にこの部屋を発見なんて出来る訳がねえな。


 すると、緑ちゃんの声がした。


『話したい事、求に話すといいぜ』

 やっぱり、こっちもお見通しなのか。


「求者よ、ちょっと外すぜ。この建物の中って、見ても良いんだろ?」


「どうぞ。気になる品があれば持って行って。精霊達から聞いているなら、その辺りもね」

 どうせ今後も君達の好きに使ってもらう所だからご自由に、と言うフード……求者に俺は伝えた。


『まだ少しだけ話してもいいか?』


『……何故、この言葉を話せるの?』

 コヨミ王国の言葉でも、大陸共通語でもないこの言葉。

 さすがに驚いたみてえだな。フードで顔が見えなくても分かるぞ。


『俺も縁があんだよ、あんたの生国に』


『そうか。……訊いても?』


『別に構わねえ。話が通じる相手にならあの国の話が出来るのは悪くねえぜ』


 俺はあの国に捨てられた訳じゃないからな。


 俺が伝えたいこと。

 それは、あの国ではない別のムカつく国の話から始まる。


 どっかのゴミ貴族の家に商品を届けに行った花屋の母が口にするのもおぞましい目にあって、数ヶ月の後に泣きながら詫びながら「お腹の子供を生みたいし育てたいの。だからさようなら」と別れを告げたのを「君のせいじゃない、それにこの子は僕達の子供だよ何故謝るの」と言ってのけた当時はまだ恋人だった父が結婚後、二人でいつも笑顔で育ててくれたのが俺。


 数年後、俺の魔力体力がエラい量だと聞きつけたムカつく国のゴミどもから俺達を守ろうとした父が転移させてくれたのがあの国の近く。


 父はかなりの実力の魔法師だったらしい。


 ムカつく国は遥か昔に聖女様が生まれた国らしいが、上層部は聖女様に失礼な行いをして聖霊王様からの怒りを頂き、それ以降は聖魔力持ちが決して生まれなくなった国。


 要するに、色々ムカつく国だ。


 表立って話すと捕まることもあるような話だが、あの国の庶民なら、皆が知っている話だ。


 そんな国だから、魔力持ちも決して多くはなく、父もそれなりの待遇を受けていたらしい。

 それでも、あの国は父のような善人が生きる国ではなかったのだ。


 国から逃げたあと、父がそれからどうなったかは知らない。

 追っ手から俺の目を逸らすために俺を父から託された防御魔法の魔石に守らせて、母はゴミどもにわざと自分の姿を見せる為に駆け出した。


 そして……。


 気付いた時には俺は辺り全てを吹き飛ばしていた。落雷だ。


 多くの黒焦げの中、母の体だけは俺が抱いていたのでいつもの優しい姿のままだった。


 俺が起こした凄まじい落雷。


 それを見付けたあの国の人達が、俺を育ててくれた。

 父と母の墓は、彼らが作ってくれた。

 父の分には髪の毛を一房。そして、割れてはいたがあの防御魔法の魔石。

 髪の毛はきちんと俺と似た魔力の、父の髪の色だった。


『もしもの時には僕の分までお母さんを守ってね。出来たら他の女性達も。ハンダ、君は優しくて強い、僕の自慢の息子だから』


 その時思い出せた、嘗ての父の言葉。

 彼らの優しさと、父への思い。


 有難くて。俺は泣いた。


 俺が男と女性への態度を変えるのは、まあ、そういう理由だ。

 俺は、母と父の事を心から尊敬しているから。


 鍛錬とか生活とか色々厳しくも丁寧にしてもらえて俺もぼちぼち一人立ち、って時にコヨミ王国の中央ギルドのギルドマスターのジジイに紹介してくれたのもあの国の人達だ。


「もうここには来るなよ!」と言って見送ってくれた皆。


 俺は泣いたが、あの国に行かねえとも戻らねえとも言ってねえぞ。


 多分、次に俺が泣いたのはネオジムが結婚を承諾してくれた時と、セレンが生まれた時。これは嬉し泣きだな。


『人達、と君は言うんだね』


 俺の話を聞いた求者は、言った。


『ああ、あんな良い人達を、それから良い国を、俺はあんまり知らねえ』


『今は?』

『良い仲間だな。めちゃくちゃ良い仲間だ。それに、いい国。……なあ、あんたも一緒に色々やれねえのか?』


『ありがとう。でも、あの人との約束があるから僕はこのままで。……懐かしい言葉で話せて嬉しかったよ』


 あの人って誰だ、それは訊けねえ。

 俺はそこまで野暮じゃねえ。


 大切な人がいる奴は、黙ってても分かるんだよ。


『……またな』

 

『君のご令嬢はあんまり僕とはまたな、をしたくないと思うよ?』

『違いねえな。まあ、あんたはその方がいいんだろうが』


『そういうこと。じゃあね。暫くは皆の前に現れないようにするよ。君も色々あると思うけど、ご令嬢の婚約者候補選定と叙爵、頑張ってね! ああ、これはおまけだよ。もう少し後にしようかと思っていたけど、これもあの方にお渡ししてね。まさか、同郷者に会えるとは思わなかったからさ!』


 嫌な事を思い出させて、あいつは去っていった。


 俺の目の前にふわふわと浮かぶのは、手帳?か。


 とりあえず、「どうしたら良い?」と魔道具に訊いてみたら、今度こそ間違いなく吸い込まれた。


 どうやら、さっきまでとは何処か別の所に入れたらしい。


 騎士団団長閣下と副団長閣下、それにご令嬢と令息……スズオミの試合、って言ってもらえりゃあ楽しみだな、で済んだのにな。


 懐かしいな。あの国。


 少なくとも魔の国、等と俺の前で呼ぶ奴は許さねえ。 

 あの国には魔獣国、って立派な国名があるんだ。


 あの国は誇りを持って言える、俺の大事な故郷なんだからな。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る