242-地下居住区個室の私

『コヨミン様、どうですか?』


 落ちた……。と思ったら、何故か穴の中にも部屋が。


 頭は咄嗟に守っていた。ありがとう、王子様ニッケル君の反射神経。


 頭を抱えて、きちんと足で着地。

 捻挫、骨折もなさそう?

 もしかして、黒白が?


『はい、ご覧下さい。数センチ程、浮いておられます』

 本当だ。浮遊魔法かな?


『軽めの風魔法です。白黒とお互いの主をお守りできるようにと練習しておりまして』


「ありがとう、助かったよ」

『頭部をしっかりと守っておられたので安心してはおりました。ですが、お気を付け下さい』

 寿右衛門さん……は、いない。

 良かった。


 とりあえず、中を見てから戻ろう。

 足は……あ、動く。今度こそ着地。


 床には清潔感のある平織の絨毯。

 ベッド、机、椅子。簡単な棚。

 清浄魔法が付与されてる!


 あとは、トイレとシャワールームが別だ!


 私は未使用だけど、多分上下水道の魔道具も設置されてるね。

 それっぽい管があるし、魔力も感じられる。


 冷水の給水魔道具に、小型の冷蔵魔道具まで部屋の奥に備えられていた。

 キッチンはないけど、これ一人暮らしなら快適だよね。かなり広めの1Lだ。


 窓がないのは仕方ない。その割には空気が澄んでいるのは洞窟内と同じ。

 キッチンは共通の場所を使えば良いのだろう。

 ベッド……これも多分、魔石製。でも程よい質感。

 畳まれた寝具類は清潔なリネン。枕はふかふか。


 あ、枕の下にもう一つ枕が。……この手触り、そば殻?

 仕組みがいまいち分からないけれど、個室希望者は個室に配置してもらえる、ということかな。


『恐らくは。奥に皆で寝られる大部屋、大人数で使用可能な洗面、化粧室に大浴場まで揃っていました。ところで、何か私に仰りたい事はございませんか、主殿?』


 うわ、穴から覗く怒りの表情のイケオジ!

 いや、ごめんなさい寿右衛門さん、そんな表情も渋くて素敵、とか思いました!


「すいませんでした! 不用意でした! 穴を覗く前に寿右衛門さんに声を掛けるべきでした!」

「ご理解頂けたならよろしいでしょう。頭部はご自身で守られたご様子ですし。お戻り下さいますか、恐らくは簡易転移陣がございます。室内への清浄魔法は一定時間で自動的に掛かる様ですから、ご自身にのみお掛け下さい」


「うん。本当にごめんなさい」

 もう一度謝ってから黒白と一緒に周囲を確認すると。


『ありました、こちらですね』

 黒白が教えてくれた場所はよりによって、ベッドの上?

 あ、そうだ、正座してたから土足じゃないや。


 ベッドに腰を下ろして、足元に清浄魔法。そのままひょい、と、ベッドの上に。

 うん、やっぱり素晴らしい反射神経。


『穴、塞がりましたね』


 うん。


 驚いた。

 本当に、私が戻った瞬間に穴は塞がったのだ。


「先程主殿にご注意申し上げました際に映像水晶にてあの個室も写しておきました。居住区としては見習いたい程の設備ですな。あとは、精霊殿のご静養を妨げない魔石の採掘場を見付けられたら良かったのですが」

「時間がないよね。そうだ、カバンシさんに念話!」


 肝心のお言葉を伝えなきゃ。お願い黒白。

『もしもし、カバンシさん?』


『どうした、殿下。そろそろこちらに戻れるのか?』

『宜しければ私が承りますが』

 あ、そうだね、寿右衛門さんからの方が話が早そう。


 魔石の充満した空間は普段よりも念話が明確に聞こえた。


 個室に通じる穴を生じさせない様に、靴を履いて書棚の前に移動した。


 よく見たらこの国の新聞もあった。

 読み出すと熟読してしまうから今は読まない。

 学院の図書館棟か、大書店なら探したらきっと見付かるよね。


「主殿、地上では皆さん健康に問題なく、首輪も全て解除されたそうです。首輪自体は放置して下さっています。それから、やはりネオジム殿にはカバンシ殿が連絡済でした。さすがのご配慮です。また、辺境伯閣下には第二王子殿下が御自ら。何れも受け入れに支障はございません。精霊殿達からのお言葉もお伝えしました。ただ、破落戸ごろつき共が目覚めそうとの事です。適宜ナーハルテ様とセレン様に聖魔法をお使い頂けるそうですが」


「急ごう。魔石の採掘場は確認したいけど、きっと皆さんは連中と顔を合わせたくないだろうから」


 ごろつき。 

 寿右衛門さんにしては荒れた言葉遣い。一応連中には定住先があったけど、そういう事じゃないよね。


 紳士な寿右衛門さんも、いや、寿右衛門さんだからこそ、腹に据えかねてたんだろうな。


 静かな怒り、というのかな。さっきの私へのそれとは全く異なるもの。


『早く戻りましょう』


 黒白、その通りだね。


 今度こそ、地上へ戻ろう!

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