238-兄上とスズオミ君と求者と私達

「……お初にお目に掛かります、第二王子殿下。コヨミ王国騎士団副団長令息にしてコッパー侯爵家令息、スズオミ・フォン・コッパーに存じます。弟君、第三王子殿下には多大なるご恩情を頂戴しております事、兄君にあられます御身に、重ねて御礼申し上げます」


 本当に隠匿されていた簡易転移陣の一つでスズオミ君が現れた。


「うむ、ご苦労。此度の貴殿の活躍並びに我が王弟ニッケルへの友誼、誠にありがたく思う」

 服や顔に付いていた土とか色々は綺麗になっていた。


 急いで清浄魔法を掛けたのだろう、丁寧な礼と併せてお疲れ様。

 私も第二王子として対応する。


 今、兄上っぽいよね? 私。


「……スズ、お疲れ。もう色々バレてるから主様相手のつもりで大丈夫だから緊張すんなよ」


 緑簾さん、そういう所だと思うよ、浅緋さんに叱られるのは。


 せっかく私、兄上らしくしたのに!

 一応、まだ認識阻害解いてないからね?


「ありがとうございます、召喚獣殿。そちらは、精霊殿であられますか? 失礼を致しました! 申し訳ございませんが、自分は精霊殿を認識出来ないのです。ならば視認可能なお姿という事は精霊獣殿? もしかしたら聖霊殿か妖精殿であられますでしょうか」


 求者の件って、スズオミ君はある程度知ってるよね、確か。

 その上でこの丁重さという事は、やっぱり、求者には存在感とか雰囲気があるんだろうな。


「いや、僕は噂の求者だよ。そんなに畏まらずに。ほら、座って。あとは茶色君……ありがとう、完璧だね」


 スズオミ君が座るであろう場所に、既にお茶とクッキーは配置済。

 多分、このクッキーは彼の口に合うと私も思う。


『殿下、こちらを』


 ナーハルテ様が常備している品だろうか、ベルベット生地が印象的な携帯用の箱型時計入れ(だと思う)をリュックちゃんが出してくれた。


『これ、ナーハルテ様が用意された白黒用の私物じゃない? 開けて良いのかな』


『確かにそうですが、大丈夫。お願いします』


 私がそれを広げると、リュックちゃんが寿右衛門さんに告げた。


『茶色殿、そちらは是非こちらにお置き下さい』


「ありがとうございます、拝借いたします」

 そう言った寿右衛門さんが取り出したのは、映像水晶ペンダント。


 なるほど。

 ケースを開いて、蓋の部分に映像を映すのか! 

 それが更に魔石が煌めく天井に照射される。


 すると、映ったのは……敬愛する兄上だ。


「こんにちは、第二王子殿下」


 丁寧に置かれた映像水晶ペンダントに向かって、直立した求者が美しい礼をした。


「初めまして、求者殿。バナジウム・カルノー・フォン・コヨミ第二王子です。騎士団副団長令息、先程の挨拶は大義であった。では、早速本題に。獣人の皆は我が国の辺境区にて一時的に保護させて頂きましてから、帰る事を望む方は故郷に帰郷、又は移民手続き等をと考えております。辺境伯閣下にはご了承を既に頂戴している故に」


「ありがとうございます。代わりに組織の全員の身柄並びにこの私有地の全権を貴国に。勿論、この魔石の洞窟と内部の魔道具も同様でございます。この地の精霊殿達にはお伝えをしておきました。ただ、今回の件で皆様は眠りに入っておられます故、工事等は暫くお待ち頂きたく存じますが、多少の採掘等はご了承頂いております」


 ええと、この状況は……。


『寿右衛門さん、私、眼鏡外して良い?』


『どうぞ、ご随意に』

 フィンチ型眼鏡を外す。


 これで、第三王子殿下に戻った筈。


 因みに、眼鏡を掛けたら兄上に戻れる仕様。ありがとう、羽殿、イットリウム君。


 スズオミ君は軽く礼をしてくれた。

 本当にお疲れ様。


「ニッケル、色々と言いたい事があるだろう。だが、ありがとう。君が先頭に立ってくれたからこそのこの成果だ。僕ではこうはいかない。また、フード殿との折衝は今回限定だ。あくまでも獣人の人々の保護というフード殿と僕達の思惑が一致したからに過ぎない。もしも、君達に害を及ぼすならば……」

 兄上のお言葉が有難い。


「勿論ですよ、第二王子殿下。俺達が許しません。……なあ、フードさん?」


 あ、口調は軽いけれど、緑簾さんは本気だ。

 指を置いた魔石のテーブルに亀裂が生じた。


「当然でしょう。その程度の覚悟はありますよ。ああ、第二王子殿下、魔法局の元副局長についてのご配慮、感謝申し上げます。第三王子殿下、彼らを人質にしようとしたり、色々と言ったりもしたけれど、あの者達はきちんと悔悟すれば国の為に尽くす存在になるから。確か元副局長は今回の功績で再度の入局を認められたのに、更生施設の教師になる事を志願したのでしょう?」


 魔力で亀裂を速やかに補修しながら求者が言う。


 視線は兄上ではなく私に向けられていた。


「……そう、彼とその家族はむしろ平民、庶民になった事で上手くいっている様です。貴族階級の長たる王家に属する者としては何とも言い難いですが。他に特筆すべき点は副団長令息、君に頼めるかな。……ああ、着座のままで良いからね」

 兄上のお言葉に、綺麗な姿勢を更に伸ばすスズオミ君。


「それでは、失礼申し上げます。嘗ての魔法局副局長が寄進を迫っていた者達は経費のごまかし等、事情聴取にて大小はありますが罪が発見された者ばかりでした。また、親族を第三王子殿下の婚約者に、という妄言については本人も自らが犯した罪とは言え、何故あのような、と後悔しきりとの事。筆頭公爵家への侵入教唆も同様です。魔道具品評会への親族参加の為の画策は、元副局長達の存在に紛れた他の者達の仕業でした」


 おお、スズオミ君凄い。口調が滑らか。


「追加で俺とハンちゃんカバちゃん達の調査結果を。筆頭公爵家への侵入罪に問われた獣人の魔法使い崩れ連中への差別行為が認められた件だ。連中の出身国の魔法学校は大陸魔法学会の強制査察を経て全員裁きを受ける事になったそうだ。今後は学会が責任をもって推薦する人物へと総入れ替えになる予定。が、侵入罪に問われた他の獣人達はフード、あんたも知ってる奴らじゃねえのか?」

 緑簾さんが求者に言う。


「そうだね。獣人売買組織の連中から子供達を逃がす為に戦っていた若い獣人達に冒険者ギルドを勧めたのは確かに僕だ。だが、貴国の様な統率のとれたギルドはまだまだ少ないからね。彼等がはぐれ冒険者となる事もやむを得なかったのかも知れない。後は、僕が元副局長に渡した指輪が作用して彼が不可解な行いをした可能性は否めないね。……だから、彼を保釈出来る理由を渡したつもりだったのだけれど」

 求者の表情は勿論分からない。


 だが、分かる事もある。

 話に出て来た保釈出来る理由。


 それが、あの箱。

 カケスさんは現在では低魔力保持者や庶民、平民を蔑んでいた自分を内省して、魔法局という嘗ての職場ではなく更生したいと願う若者達を導く施設の指導者になりたいと願い、邁進している。


 彼の下に居た人達や依頼を受けたはぐれ冒険者達もそれぞれ再出発を始めているらしい。


 私が知る限りでは他にも黒白、橡、珪……。


 皆、過去はともかく今はそれぞれ充実していて。


『第三王子殿下、僕の事を善人なのか? なんて思わないでね。君は今まで通りの君で居て欲しい。……それがあのの願いだから』


 求者?


 天井の兄上は真剣な表情をしていらした。

 他の皆もそう。寿右衛門さんにさえ聞こえない、念話。


 それを聞いて浮かんだのは私の何処に、こんな思考が存在したのかすら分からない言葉だった。


『……思わないよ。でも、いつかその人の話は聞かせてくれるのかな。きっと、コヨミさんではない、別の人だよね。私にとってのあの方の様に、貴方の、大切な人のこと』


『ありがとう』

 それは、何に対して?


 自分でも不思議な私の言葉に? 

 それとも、その人の事を訊いたから?


 答えは、無い。


 ただ、確かにその時、求者は笑っていた。


 作り笑いでもなければ冷笑でもない、自然な笑顔で。










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